【おまけ】神爵猊下はてぇてぇがお好き。
ランキングお礼短編です。
ーーーはぁ、尊い。
グリムは、大聖殿の中庭でお茶をしている二人を見て、目を細めた。
ーーー至福過ぎて溶けそう。
「カップを置く時に音を立てない、と、何度言わせるのです、イルマ」
そう口にしたのは、公爵令嬢ウルミリア。
艶やかな銀の髪と、金の瞳を持つ落ち着いた美貌の姉。
曖昧に笑む淑女の所作は優雅で、その指先の動きまでもが洗練されて、見る者はその完璧な姿に、思わず感嘆のため息を漏らすだろう。
「っほんのちょっとじゃない! 良いでしょこれくらい!」
対するのは、よく日に焼けた快活な少女、妹であるイルマ。
桃色の髪を三つ編みで後ろに纏めて、銀の瞳は不愉快そうに姉を睨んでいる。
コロコロと感情豊かによく変わる表情。
天真爛漫で、彼女の浮かべる満面の笑みは、親しみを感じさせる天性の愛らしさを備えているのだ。
「良いわけがないでしょう。貴女は、神爵猊下の側付きとなったのですよ? この世で最も高貴な身分である、かの方に仕える以上、所作に問題があるなど許されざることです」
「グリムしん……グリム様はそのままでも良いって言ってくれてるわ!」
「神爵様と貴女が良くとも、周りが許すかどうかは別の問題です。貴女のせいで神爵猊下の品位を疑われて良いのですか? その呼び方も、人前では改めなさいませ」
「ぬぐぐ……っ! いきなり、お姉様みたいに完璧にできるわけないじゃないっ!」
「何がいきなりですか。もう貴女が公爵家に入って五年以上になります。そんな甘えがあるから、いつまでも覚えられないのです。もっと真剣に……」
二人はとても仲が良いようには見えないが。
「女神よ、今日も果てなき尊みに感謝を捧げます……」
グリムは、思わず呟いて天に向かって手を合わせた。
仲が良さそうに見えない。
それがいい。
ウルミリアが心の底からイルマを心配して、彼女が付け入られないようにと、あえて口うるさい立場を買って出ていることは、公爵姉妹と親しい多くの人々が知っている。
それが証拠に、どれだけ口答えされようとも、毎週欠かさず会いに来ては、こうして二人で礼儀作法の実践指導を行なっている。
その目には、このやり取りすらも楽しんでいるかのように、ふとした瞬間に慈しみの色が宿るのだ。
イルマも心の底からウルミリアを疎んでいる訳ではなく、指摘されたことを直そうと、生来の負けん気も相まって真剣に学ぼうとはしている。
それが証拠に、苦手な上に鈍臭くて進歩は遅々としているものの、彼女が来訪する日は朝から機嫌が良く、完璧な憧れの姉をそわそわと待っているのをグリムは知っていた。
だが、お互いを前にすると素直になれない、そんな二人。
ああ……。
「……あの東屋の天井になりたい……」
「お前は相変わらず、何を訳の分からないことを」
尊い光景に感謝の祈りを捧げているグリムに、声を掛けてくる男がいた。
見ると、桃色の髪王太子アルヴァが、婚約者のウルミリアを迎えに来たようだった。
精悍な面差しの彼は、そろそろ立太子の儀式を間近に控えている。
同時に婚姻へ向けての準備も進めており、公務の引き継ぎを本格的に進め始めているウルミリアは、城門内にある公爵邸から王太子妃に割り当てられた宮に移り住む予定で、今は住居を整えている最中だった。
「そろそろ時間だ。ウルミリアを返して貰うぞ」
「もう少し待ちなよ。君はそうやってすぐに間に入ろうとするね」
この旧友が、ウルミリアを大切に想っていることは知っている。
こちらの関係も甘くて尊いのだが、やはり姉妹の距離感や関係性と比べると、どうしても尊みという点においては劣ると言わざるを得ない。
正直、友人が恋人とイチャついている、という部分がマイナス要素である感は否めないけれど。
「イルマ。その、わたくしは決して、貴女をですね……」
ウルミリアとイルマの会話は、少し方向が変わった。
疎んじているわけではない、と言いたいのだろうけれど、同時にそれを口にするのは恥ずかしいのか、微かに頬を染めて言い淀んでいる。
「私が何?」
「な、何でもありません……」
結局口に出来ず、ウルミリアは小さく目を逸らした。
イルマの方も、少しもじもじしている。
『今日こそは、お姉様のことが好きって伝えたいのよ! それで、王太子妃宮のこととか色々お話したいわ!」
今朝はそう意気込んでいたのだが、本人を前にするとどうしても、突っ張ってしまうようだ。
ーーーああ、やっぱり良いなぁ……。
グリムは、問題を解決するのに私情を交えずに判断したつもりではあったが。
この二人の関係性を守る為に、という邪な想いがなかったとは言えず、こうして覗き見していることもイルマにバレたら怒られてしまうだろう。
ーーーあー、でも、それも良いんだよなぁ。
イルマに怒られるのは、決して嫌いではない。
第二王子だった頃も、神爵となってからも、立場を知った上でああした態度を取ってくれるのは家族かイルマくらいのもので、そういう部分も好ましいのだ。
「ああ……尊い……」
「お前は本当に意味が分からん。もう行くぞ」
「あ、ちょっと!」
アルヴァが近づいていくと、ウルミリアがそれに気づいて、柔らかな微笑みを向ける。
仕方なく後ろからついて行くと、イルマもこちらを見てパッと笑みを浮かべた。
「アルヴァ殿下」
「グリム様っ!」
花開くような公爵姉妹を見て、グリムもふんわりと笑みを浮かべる。
ーーーこの瞬間は悪くないんだけど。
それは二人を眺める時間の終わりの合図でもあるわけで。
さっさと邪魔をするアルヴァはやっぱり情緒というものが足りない、と、グリムは不満に思うのだった。
尊きを眺める至福は、あらゆる物事に優先されて然るべきだというのに。
神爵様はてぇてぇ至上主義者です。
初恋の人は、兄のために一生懸命頑張ってた婚約者候補で、次に好きになった大聖女は〝光の騎士〟が好きで、そんな『自分以外の誰かが好き』な人の話を聞くのが好きだったのが神爵様。
大聖女の代わりに教会入りしてみたり、決死の覚悟で神山踏破してみたり、自己犠牲精神に溢れているように見える彼は、実際は『尊い成分がこの世から減るのは嫌だ』という、鉄の動機によって動いた結果でした。
アルヴァは……まぁ厳密には百合ではないですが、結果的に間に挟まっていた男ですので、グリムの中では扱いが少し雑です。