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神爵様と、恋する聖女。

 

「じゃ、イルマ。ちょっとこっちに来てね」


 イルマはあの後、手を引かれてあの場を退出し。

 神爵に手を引かれて王宮のどこかの一室に入ると、ふわりと清浄な空気に身を包まれた。


「え?」


 そこは、部屋の中ではなかった。

 透明な半球形の天蓋に覆われた、緑あふれる空間だった。


 くるぶしくらいまでの柔らかい緑の草が生えており、中央に神々しい気配を放つ巨木が聳えている。


 円形の外周に沿って、色とりどりの花が咲き乱れていて、巨木の下には可愛らしい形の家が建てられていた。


 天蓋の向こうには、深い谷と、その奥にいつもより間近で聳える見慣れた神山がある。

 振り向くと、扉を閉めている彼の姿。


「ここ、って、王宮の一室じゃないの!?」

「いいや。ここは大聖殿の奥にある、神山の麓だよ」

「で、でも、今、どっかの部屋に入ったのに!?」

「扉みたいなものだね。そういう機能が、神爵に与えられる部屋には幾つかあるんだよ。ここなら、他の誰かに話を聞かれることはない」

「そうなんだ……」


 ーーーそういう魔導具みたいなものかな?


 と、平民であり特に学も優れているわけではないイルマは思い、考えるのをやめた。

 そして、先ほど彼に口止めされていたので聞けなかったことを聞いてみる。



「えっと、それで……本当に、グリム神父が、神爵猊下なの?」



「そうだよ」


 イルマの質問に、グリムはあっさりと答えた。


「まだ信じられないんだけど……髪の色とかも違うし……」

 

 そう。

 あの部屋で顔を見た時に、どこかで会った事があるような気がした。


 紫の髪に銀の瞳を持つ知り合いなんていなかったけれど、近くでその微笑みを見てピンと来たのだ。

 彼は、いつもイルマの愚痴を聞いてくれていた青年だった。


「髪と瞳は、服と一緒で魔導具で色を変えてるんだ。目立つから。君にも渡したでしょ?」

「そうね」


 ニコニコと答えるグリムの顔を見て、イルマは眉根を寄せた。

 確かに、彼の人差し指にも渡されたのと同じものが嵌っていたのだから、普通に気づかなかった自分が鈍いだけのような気がする。


「それに尊い・・ものを眺める為には、どこにでもいる人、と思われていた方が都合がいいしね」


 と、グリムは意味の分からない言葉を重ねた。


「何? その尊いものって」

「そうだね……例えば、教会にお祈りに来る老夫婦とか、礼拝堂で真摯に祈りを捧げる聖女達とか、あの教会に遊びに来る子どもたちとか……かなぁ」


 そこまで言って、グリムの表情が悪戯っぽいものに変わる。


「あるいは、お姉さんの事が大好きなのに、素直になれなくて、恋人を奪ってしまうことが悲しくて、愚痴を言いにくる聖女、とかもだね」

「んにゃっ!?」


 つん、とおでこをつつかれて、イルマは真っ赤になった。


「何それ! 意味わかんない!」


 そしていつもと変わらないグリムの態度に、何だかムカムカしてくる。


「やっぱり嘘でしょ!? グリム神父が、本当は神爵猊下だなんてっ!!」

「嘘じゃないよ。あ、それと今まで通り、グリムと呼んでくれていいからね」

「そういう話じゃないでしょ!? 助けられるなら、何ですぐに出てこなかったのよ!?」


 いつも通りに憎まれ口を叩くと、グリムはふと真顔になった。

 それは怒っているのではなく、真剣な表情をしているという意味で、人の行為を諭す時に彼がよくしている表情だった。


「イルマ。……奇跡というのは、安易に人に与えていいものだと君は思うかい?」


 その真摯な問いかけに、イルマは口をつぐみ……目を伏せた。


「思わ、ないけど……でも」

「責めている訳じゃないんだけどね。オレは昔、大聖女の代わりに教会に入って、厄災が世界を襲った時に神山に登った。瀕死の状態で頂上にたどり着いて『尊き人々をお救い下さい』と願ったことで、女神の祝福を賜ったんだ」


 それが、世界中の瘴気を祓った神爵誕生の、真相なのだとグリムは言う。


「オレは、権力であれ奇跡であれ、その力を無闇に振るってはならないと、そして、代償なしに恩恵を得てはならないと考えている。ーーー安易に得られる奇跡は、人を簡単に堕落させるから」


 神爵が無闇に力を振るい、我儘に行使すると、あっという間に人の理が崩れてしまうのだと。


「オレは、女神の名代だ。そしてオレに与えられた力は、人の身には余るものだ」


 だから、誰よりも臆病で、慎重であることが必要なのだと、グリムは口にする。


 他者を蔑ろにする者には罰を。

 心からの願いにひたむきな努力をする者には、奇跡を授ける。


 その為だけに力を使うのだと、グリムは言う。


「君たちは確かに願った。オレは近しく在り、君たちの友人だった。

 でも、それが助けた理由ではない。

 

 君たちは、努力をしていた。


 アルヴァは、自分に残された時間の中で出来る限りの交渉をして、それでも届かなかった。

 だから想いを胸に秘めて、君を愛するよう努める決意をした。


 ウルミリアは、愛する人を信じ、同時に君を想い、権力者として戦う力を与えようと務めた。

 自分の想いを諦めて、選択肢のない君が出来る限りの幸せを掴めるようにと、願った。


 そしてイルマ。

 君はただ一心に、我が身を貶めてでも、アルヴァとウルミリアの幸福を一年間、願い続けた。



 ーーーだから、奇跡は起こったんだ。



 君たち姉妹の、そしてウルミリアとアルヴァの、お互いを想い合う尊き絆と、苦悩と、努力が、オレの心を動かしたから」


 グリムはふわりと笑って、イルマの頭を撫でる。


「オレは、お互いを想い合う人々や、ひたむきな人々、そして幸せに笑う人々が好きだ。その姿こそが『尊きもの』なのだと思う。だから、どこにでも居たい。本当なら、世界中の尊い者たちを、壁のシミになって見届けたい」

「壁のシミ……?」


 せっかく良いことを言っていたのに、いきなり意味のわからない方向に舵を切ったグリムに面食らうけれど、彼は至って真剣なようだった。


「だから、正体をなるべく明かしたくなかったのも本当だよ。アルヴァ達で、解決出来るならして欲しかった。でも君の口ぶりから、もうどうしようもなさそうな事が分かったしね」


 それに、とグリムは少し申し訳なさそうに続ける。


「君が前例のない〝桃色の髪と銀の瞳の乙女〟になってしまったのは、オレが理由かもしれないから」

「……………え?」

「女神は、公平な方だ。だから人前には姿を見せず、誰とも対話をなさることがない。オレもかの方の姿を見たわけではない。……けれど女神は、決して、平等な方ではない」

「平等と公平は違うの?」

「全く違う」


 イルマが聖女になったこととの関係がよく見えない。

 でも、グリムは静かに頷いて、話を続けた。


「女神は、人が捧げたもの、積み重ねたもの、ひたむきな努力や崇高な想い。そうしたものに対して公平(・・)に祝福や加護をお与えになる方だ」


 与えられる者が生まれた瞬間、それは与えられなかった者と平等ではない。

 しかし、賢明な、あるいは懸命な行いに報いることは、授ける者として公平な行いなのだ。


 武勲を、業績を上げた者に、褒美を授けるのと同じように。


「だから君は聖女になった」

「……いや、意味わかんないけど!? 何でその流れで私が聖女なのよ!?」


 イルマ自身は、聖女になるまで全然大したことをしていなかったはずだ。


「そうかな。君は祈りに真摯だったし、懸命に生きていた。高位貴族教育も、聖女になるまでは文句を言いながらも真面目に受けていたし、ウルミリアに対する愚痴を言いながらも、彼女を慕っていたよね」


 ーーーいや、それはそうだけど。


 そんなの、ごく普通のことじゃないだろうか。

 それに、姉を好きなことを素直に認めるのは、なんか恥ずかしい。


「そんな君を、オレは尊いと思ってしまったんだよね……オレは昔から、誰かに特別な想いを向けている女性を、その気持ちごと好きになることが多くて。君が、大聖女に似てるなぁ、と感じていたんだ」

「……そう、なの?」

「アルヴァは知ってるんだけどね。オレは兄の婚約者候補だった女性とか、〝光の騎士〟を想う大聖女にそうした想いを向けていた。だから、オレが同じ好意を向けた君が、加護を受けてしまったのではないかと……」


 グリムが、少し目を泳がせる。


 つまり。

 姉のことが大好きなイルマが、大聖女と似ていたから、グリムが好きになって。


 そのせいで15歳の儀式で、神爵から気持ちを向けられていたことから、普通より遥かに強い加護が。


「っ……グリムのせいなの!?」

「いや、分からないけど、そういう可能性もあるかなって……ほら、女神ってお節介なところあるし……単純に、大聖女と同じ力を秘めていたから似ていると感じた可能性もあるし……」

「会ったことないのによく分かるわねっ!? 後、言い訳するんじゃないわよ!」


 つまり、自分たちが苦労したのはグリムのせいかもしれない(・・・・・・)ということじゃないか、とイルマは顔を真っ赤にしていたけれど。


 本当は、そうじゃなくて。


 ーーーす、すす、好きって!!


 昔から憧れていて、思ったことを率直に言ってくれて、でも決して否定はせずに穏やかに話を聞いてくれていた、グリムが。


 自分のことが好きだという事実に、心臓がやかましくドクドク言うのを、必死で誤魔化していた。


「ねぇ、そういうの良くないと思うわよ!? もしそれが本当なら、貴方がしなきゃいけないのは、美味しいところを持っていくことじゃなくて、私たちに謝ることよ!? 良いこと言ってたのに台無しよ!?」

「いや、うん。それが本当かどうかはオレには分からないし、分からないことは真実じゃない。きっと君には、元からその素質があったんだよ」


 ははは、と誤魔化すような態度で、グリムは目を逸らして。


「一応、丸く収まったし。側付きになった君には、ここで一緒に生活してもらうことにはなるけれど、これまで通り自由に過ごしてくれて良いから」

「……そうなの?」

「もちろん。ここからは、いつもの教会にも、王城にも、大聖殿にも、他にもいくつかの場所に扉が繋がってる。だから、今までとそんなに生活が変わることはない、と思う。身の回りの支度は自分ですることになるけれど」

「それは良いわよ。元々、平民として生きてたから、一通り出来るし」

「じゃあ、これからここで暮らしてくれる?」


 はぁ、と溜息を吐いてみせたイルマは、チラリと返事を待つグリムの顔を見る。


「……分かったわ」


 ホッとした顔で、グリムは『ありがとう』と言ったけれど。


 ーーーもしかしたら、本当にグリム神父の言う通り、この件に彼は関係ないのかも。


 と、何となく思った。


 『イルマがここで暮らすことになるのを気にしないように』と、あえて自分のせいみたいに言ったのかもしれない、と。


 だって、イルマの知るグリムは、そういう人だから。


 本当に自分が大聖女に似ていて、本当に同じ力を元から持っていたのかもしれない。

 イルマを、本当に好ましく思っていてくれたのかもしれないし、男女の意味ではない好き、だったのかもしれない。


 でもイルマは、そこをハッキリさせなくてもいいかな、と思った。


 何が本当で、何が嘘だったとしても。


 アルヴァとウルミリアが婚約を解消しなくて良くなったのは、事実で。

 結果だけ見れば、全部丸く収まっている。


 イルマだって。


 昔から大好きなグリムと、一緒に暮らせるのが、ちょっとだけ。

 


 ーーーううん、本当は、凄く嬉しかったから。

 

 

完結です。予想外に文字数が伸びました。


『悪役令嬢と悪役令息があるなら、聖女の男版がいても良いだろ』って気持ちで書いてみました。


神爵、中国の年号と被ってるみたいですが個人的には気に入ってるので、今後もちょいちょい使うかもしれません。


『王太女の婚約者の立場を奪う神爵』みたいな婚約破棄テンプレ、誰か書かないすか?(書かない)


楽しんでいただけましたら、ブックマークやいいね、↓の⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎評価等、どうぞよろしくお願いいたしますー。

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― 新着の感想 ―
[一言] こう、格好いい事言ってるし業績から言えば間違いなく英雄の一人なのに最後の最後で百合を眺める男になるの本当に面白すぎる……w
[一言] ハッキリさせないラストも好きです!! あらすじからもっと違う内容を想像してました。 尊みが凄かったです! 面白かったです!
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