公爵令嬢ウルミリアの疑問。
「ーーーロゼンダイト教皇」
突然、声を上げた一番歳若い紫の髪の枢機卿に、ウルミリア自身を含む全員が一斉に目を向けた。
最初に声を上げたこともそうだが、教皇猊下に対するあまりにも不敬な呼びかけに、驚いたのだ。
イマイチ分かっていないのはイルマくらいのものだろう。
そんな彼女も、とても不思議そうな顔でポカンとしている。
ーーー表情を作りなさい!
いつまでも感情豊かで顔に出る妹に、こんな場面でもそんな事を思いながら、ウルミリアは進み出てくる枢機卿を目で追った。
彼は、アルヴァと仲が良い枢機卿で、隣国の第二王子であった頃から数度、会話を交わしたことがある。
確か、名前は。
ーーータイグリム様、どうなさったの?
彼は決して、このような非礼を働く人物ではなかったはずだ。
だけれどタイグリムは、今も穏やかな笑みを浮かべていて、堂々とした振る舞いは、それが至極当然であるかのようで。
すると目の前に進み出た彼に、教皇猊下はさらに驚愕するような態度を見せた。
恭しく膝をつき、深く頭を下げる最敬礼をもって、進み出たタイグリムに接したのだ。
「教皇オズチ・ロゼンダイトより、タイグリム・ティアム神爵猊下に奏上の機会を賜ることをお願い申し上げます」
「許すよ、ロゼンダイト」
「ご厚情に感謝を。御身の素性を明かされますこと、ご決断なさった御心が奈辺にあらせられるかを明かしていただくこと、叶えばと願い奉ります」
耳を疑うようなやり取りに、イルマの呟きがぽつりと耳に入った。
「神……爵……?」
タイグリムがフッとイルマに対して目を細め、パチンと指を鳴らす。
すると、人差し指の指輪がぼんやりと輝いて、彼の纏う聖職衣の色を変えた。
黒地に金糸の左半身を覆う片マントはそのままに、中の前合わせが空色と白を掛け合わせた色合いへと。
空色は、〝慈愛と創造の女神〟を表す、唯一神爵のみが身に纏うことを許された色だ。
その瞬間。
一斉に我に返った全員が、ザッ! と膝をついて頭を垂れた。
ーーーイルマ!
ウルミリアも頭を下げながら、胸に手を寄せて立ち尽くす妹を心の中で叱咤する。
誰も正体を知らなかった神爵猊下がタイグリムであることを、教皇猊下の態度と衣の色から、全員が真実であると悟っていた。
「ロゼンダイトとクルシードの者たちだけでは、解決出来なかったんだろう? その上で、貴方自身と、アルヴァ、そしてイルマも助力を願った。だから出てきただけだよ」
「力及ばず、不甲斐無き我が身を謝罪致します。そしてご温情に感謝申し上げます」
頷いた様子を見せたタイグリムが、「顔を上げることを許すよ」と柔らかい声音で言い、ウルミリアは頭を上げた。
タイグリムはそこで微笑みを消して、厳然と告げる。
その声音は、流石は元・強国の第二王子だと思わせる王者の威厳を纏ったものだった。
「皆に言っておくが、この場で知った物事は、公表される以外の全てを秘匿事項とする。もし秘匿を破った場合、厳罰に処する」
そしてすぐに表情を緩めると、タイグリムは、立ち尽くすイルマに対して、そっと人差し指を自分の口元に当てた後、手を差し伸べた。
「聖女イルマ・ファルトネサ。君を神爵側付きに任ずる。受けてくれるかな?」
「側付き……? って?」
何故か、タイグリムと知り合いであるかのように気安い口調で首をこてん、と傾げたイルマに、タイグリムも同じように首を傾げて見せた。
「世話係みたいなものかな。もしこの手を取るのなら、君とアルヴァの婚約は認められない。神爵の身近にいることが求められるから、王子妃にはなれないんだ」
するとイルマは、ハッとした様子でこちらを振り返る。
ーーー信じられない。
その気持ちは、ウルミリアも同じだった。
イルマの身を預けるのに、王子妃よりも妥当で、教会も帝国も納得する地位で。
平民も祝福し、どこからの横槍も入らないだろう。
なんせ、神爵猊下のお望みなのだから。
そして、何よりも。
「そうしたらっ! アルヴァ殿下と、お姉様は婚約解消しなくていいの!?」
「もちろん。だって君のために明け渡す必要がなくなるからね」
目を輝かせるイルマに、眩しげに答えてから、タイグリムは頷いた。
「尊い想いを見せてもらったから。これは、そのお礼。どうする?」
「受けるわ!」
イルマが答えると、タイグリムはアルヴァとウルミリアに目を向けた。
「と、いうところでどうかな? 我が友」
「……色々と、申し上げたいことはございますが」
横で、アルヴァが眉根を寄せたしかめ面で、茶目っ気のある表情をしているタイグリムを見据える。
睨んでいるのかと思ったけれど、その目は少し潤んでいた。
「感謝申し上げます、神爵猊下」
「良かった」
アルヴァの横顔を見て、ウルミリアも目頭が熱くなる。
ーーー良かった。
心の底から、そう思った。
アルヴァと、そっと目を見交わして微笑みあっていると。
「なんと……神爵猊下と〝桃色の髪と銀の瞳の乙女〟が並び立つ光景を……まさかこの目で見ることが出来るとは……!!」
と、若い枢機卿が溢れんばかりに涙を流していた。
「さて。もう一つ伝えたいことがあるんだけど。ねぇ、カヴォン・ゴルムドア枢機卿」
イルマの手を握りながら、タイグリムが声をかけたのは中年の枢機卿だった。
ビクリ、と肩を震わせた彼に、冷たい視線が下る。
「〝桃色の髪の乙女〟の後見になるために、色々陰で動いていたよね。イルマを王子妃に据えるのを、最も強硬に主張していたのも君だった。……ちゃんと忠告したはずだよ。『想い合う二人を引き裂くようなやり方は、女神のご意志に反するのでは』とね」
「は……誠に……返す言葉もございません……」
「権力を求めるなとは言わないけれど。君は俗世の貴人である前に、神の使徒だ。それを忘れないようにね。そのせいで、オレが出張ることになったんだから」
「……今一度、身命に刻みお仕えいたします……」
冷や汗をダラダラと流して平伏するカヴォン枢機卿に、タイグリムはトドメの一言を加えた。
「一度は許そう。だけれど、二度目はないよ」
それで大体の状況を察した父公爵が『手温い』とでも言いたげな目で鼻を鳴らし、聖王陛下はその横で瞑目する。
この場でのことは秘匿する、とされた中に、カヴォン枢機卿のことも入るのだろう。
カヴォンの行動は、私情混じりで他人の気持ちを考えない行いではあったものの、タイグリムが出なければ、形としては正しかったのだ。
だからこそ、王室や父、教皇猊下も強く出れず、帝国への説得材料としても弱かったのだから。
ーーーでも何で、助けてくださるなら、もっと早くに対応なさらなかったのかしら?
と、ウルミリアは内心で疑問を抱いたが、当然ながら、それを表に出すことはなかった。
何で早く助けてくれなかったの? は、まぁ、苦しんだ側としては当然の視点ですが。
神爵を人の権力者と見るか、女神の名代として捉えるかで、この辺りの物の見方は変わります。
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一応、明日完結予定です!