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婚約破棄、当日。

 

 十日後。


 青いドレスを纏って品よく着飾って馬車に乗ったウルミリアの横で、同じく磨かれて白を基調とした聖女の衣を纏ったイルマが、ブスッと窓の外に目を向けていた。


「あーぁ。逃げようかな」

「それをしたら、今度こそ屋敷から二度と出さないわ。市井に行くのも禁止します」

「……だって、殿下にどんな顔で会えって言うのよ……」


 呻くようなイルマの言葉に、胸が痛む。

 アルヴァの顔を見たくないのは、ウルミリアも同じだった。

 

「お姉様が聖女だったら良かったのに。何が女神よ」

「イルマ。いい加減になさい」

「だって本当の事でしょ!?」


 イルマは、キッとこちらを睨む。


「お姉様だってそう思ってるんじゃないの!?」

「だからといって、どうしようもないでしょう」


 流石に、ウルミリアも苛立つ。

 

「どうにもならなかったのよ。そして貴女の身を守るための最善の選択なの。決まったことを愚痴愚痴と言っていても、何も変わらないわ」

「自分の身くらい、自分で……」

「守れると思うの?」


 言葉を遮ると、イルマが悔しげに顔を歪める。


「貴女は、〝桃色の髪の乙女〟なのよ。いと尊き身分なの。それを何故自覚しないの」

「してるわ!」


 イルマは、傷ついたような表情で叫ぶ。


「でも、その為に皆が迷惑してるなら、それは間違ってるじゃないの!!」

「間違ってなどいないのよ。必要なことだと判断されただけ」

「そのせいでお姉様は幸せになれないじゃないのよっ!」


 ウルミリアは、思わず言葉に詰まった。


「側妃の話も断ったって聞いたわ! ねぇ、私はお飾りでもいいのに、なんでなの!?」

「……そうして、貴女が正妃として大事にされているのを、わたくしはずっと側で見守るの? 貴女の代わりに本来の正妃の勤めだけをこなしながら?」


 奥歯を噛み締めながら吐いた棘を含む言葉に、イルマが息を呑む。


 口の端を震わせた彼女は、しばらく押し黙った後。

 一度目を伏せてから、ゆっくりと窓のほうを向いた。


 ーーーこんな言い方を、したかった訳ではないのに。


 最近は、いつもこうだった。

 イルマに幸せになって欲しいと、必要なことだと、どうにもならないのなら、ただ一人の妃としてアルヴァに大切にされて欲しいと……願っているのも嘘ではない。


 でも、自分の気持ちとの折り合いが、ウルミリアもついている訳ではないから。

 複雑な心境を胸の内に押し込めながら、イルマと反対の窓に目を向けて、流れる景色をぼんやりと眺める。


 それからは、会話は一つもなかった。


※※※


 ーーーそんなつもりで、言ったわけじゃないのに。


 姉の気持ちを考えても、いっつも間違ってしまう自分に、イルマは泣きそうだった。


 でも、本当に辛いのは自分じゃない。

 泣きたいのは、姉の方なのだ。


 お飾りで良かった。

 立場だけの問題だと思っているのも本当で。


 二人が、今までと立場は違っても、仲睦まじく暮らしてくれたらと。


 身を守る、だなんて、皆が皆そういう風に考えてくれてる訳じゃないはずだ。


 ほとんどの人には、アルヴァとの間に子を産むことだけを、望まれている。

 でもイルマがその相手だという事実は、どれほど姉を傷つけているのだろう。


 ーーー責任を押し付けたいなんて、思ってなかったのに。


 平民で言えば、好きな人の愛人になれと言われているようなものだと、分かってはいても、言わずにはいられなくて。


 でも今日が過ぎれば、本当に何もかも終わってしまう。

 絶対に正しくないのに、正しいことだと皆が思っている。


 ーーー女神様が、人の不幸を本当に望んでいるの?


 考えたら分かるじゃないか。

 でもそんな簡単なことを、法が、しきたりが、くだらない慣習が邪魔をするのだ。


 ーーー変えてしまえば、良いのに。


 でもそれが叶わなかったから、今こうして、姉と共に馬車に乗っているのだ。


 父は、先に王宮に出仕していて、今は二人しかいない。

 重苦しい沈黙の中でゆっくりと馬車が止まり、「着きましたよ」と御者が声をかけて来て扉が開く。


 降り立った時に見えたのは、草地の緑に映える、いつもは煌びやかで優美な白亜の建物。

 それが今日は、無機質な牢獄のように、イルマには見えた。


※※※


「聖女イルマ、並びに、ファルトネサ公爵家ご令嬢ウルミリア様、ご参前」


 神の降り立たれる聖域へ入る際の、文言と共に。

 入ってきた二人は、アルヴァの目には、どちらも暗く沈んだ顔をしているように見えた。


 イルマは口元の笑みが引き攣ってあからさまだが、ウルミリアはいつも通り完璧な微笑みで、瞳だけが暗い。


 瞳はそれぞれ、銀と金。

 髪色はそれぞれ、桃色と銀。


 ドレスの色は、白と青。


 日に焼けて活発な雰囲気の、見るだけで人を笑顔にさせるような、明るい向日葵のイルマ。

 白く細く、どこまでも優美で、儚げな百合のように見る者の吐息を誘う、ウルミリア。


 気の強いところや顔立ちは似ているのに、正反対の二人の花の輝きは、陰っているように見えた。


 この場にいるのは、左にファルトネサ公爵と父王。

 父王の横にアルヴァ自身。


 中央の祭壇の前に、教皇猊下。


 右に、旧友の枢機卿と、さらに次期教皇と目されている枢機卿が二人の、計三人。


 この場で、ウルミリアとの婚約を白紙に戻す宣言と、イルマとの婚約を新たに結ぶ宣誓が行われる。

 それを承諾すれば、書面にサインを入れて、終わりだ。


 ーーー呆気ないものだ。


 どれほど大問題のように思えようと、アルヴァとウルミリアの繋がりは、その程度で終わってしまう頼りないものだった。


 静々と進み出てくる二人から少し視線を逸らして、祭壇の前に立つ教皇猊下の言葉を賜るために歩き出し。

 イルマを先頭に、アルヴァはウルミリアと共に一歩下がった両脇に控える。


 そして何気なく、チラリとその場に集まった人々に目を向けると。


 ーーー?


 アルヴァは、少々違和感を覚えた。


 旧友はいつもと変わらない穏やかな微笑み。

 彼が何を考えているかは、相変わらず読めない。


 比較的若い方の枢機卿は、イルマを見つめて誇らしげな様子。

 彼は敬虔な女神の使徒なので、実際にこの婚姻を素晴らしいものだと思っているのだろう。


 聖女を王妃に戴くことは数回あったが、〝桃色の髪の乙女〟であることは初めてだ。


 中年の枢機卿は、どこか嘲るように。

 彼は政略に長けた男で、ウルミリアを側妃にして公務に当たらせれば良いと言った張本人であり、この後、公爵籍を抜けるイルマの教会後見人に収まる手筈。


 権力欲のある彼は、それによって次期教皇の座は固い、とでも思っているのだろう。


 公爵は娘たちの運命を憂う色を瞳に浮かべ、父王は為政者として決定した事柄に対しては感情を見せていない。


 そして、教皇猊下はどこか安堵したような様子だった。


 ーーーどういう事だ?


 緊張しつつも安堵する、そういう不思議な雰囲気があり、イルマに対する決定にずっと苦慮していた彼とは思えない。


 最後に、ウルミリアは伏し目がちに誰も見ておらず、イルマは。



 なぜか不思議そうに、旧友に目を向けていた。


 

ついに来た婚約破棄当日。


イルマの表情の意味は? 


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