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アルヴァ王子と枢機卿。

 

「アルヴァ。失礼するよ」

「……君か」


 コンコン、というノックと共に、深夜に執務室に現れた青年を、アルヴァは目元を揉みほぐしながら迎え入れた。


「疲れてるみたいだね。こんな夜中まで仕事をしてたら体を壊すよ?」

「どうせベッドに横になっても寝られやしない。で、聖教会の若き枢機卿殿が、名ばかり王家の跡継ぎに何の用だ?」

「荒んでるねぇ」

「荒まずにいられるか、これが」


 枢機卿とアルヴァは、気安い仲だった。


 彼は元は隣国の第二王子で、紫の髪に銀の瞳を持っているのだが、王位継承権を捨てて聖教会入りした変わり者だ。


 向こうの大聖女が教会入りを拒み、その対価に、聖女に近しいと言われるほど強い、治癒の力を持つ我が身を差し出したのだという。


 大聖女が好きだったのか、と、かつて問うたアルヴァに、枢機卿になる前の彼は肩をすくめただけだった。


「聖女イルマとの結婚が、そんなに嫌か?」


 分かっているだろうに、枢機卿はあえて問いかけてきている。

 昔からそういう奴で、アルヴァは口元を歪ませた。


「いいや。彼女は一生懸命で魅力的な女性だよ。もしウルがこの世に存在していなければ、私も喜んで受け入れただろうさ」


 問題なのは、その一点だけだ。

 昨日の彼女の悲しげな瞳を思い出して、アルヴァは苦虫を噛み潰す。


「でも結局、どうにもならなかったんだね」

「法を変えたり逆らったりするのは、容易いことじゃないんだ。……分かってはいたさ」


 それでも、一縷の望みを賭けてアルヴァは奔走した。

 近しい者は誰も、イルマを国母になどと望んでいなかったからだ。


 父王も、公爵も、アルヴァも、ウルミリアも、そしてイルマ自身も。


 だが、帝国の宰相は言った。


『定められた法に逆らうだけの、根拠が足りない』


 彼の目にかすかな憐れみが宿っていたのは、きっとアルヴァの気のせいではない。


 そして、教皇猊下は述べた。


『定めにございますれば。いと女神に近しき子を、お守り致すのにこれ以上の立場は望めませぬ』


 前例のない、二人目の〝桃色の髪と銀の瞳の乙女〟には、〝光の騎士〟の守りがない。


 彼も、苦慮の目をしていた。


 悪意のないそれぞれの思惑が、これ程の軋みとなってのしかかっている。


 誰を恨むことも出来ない。

 それが向けられるのは、せいぜい、女神様のご采配にくらいだが、そんな不敬なことを堂々と口に出来る訳もない。


 イルマは、確かに守られなければならないのだ。

 その至上の落とし所が『アルヴァの伴侶』という立ち位置だと、誰よりも自分が理解していた。


『帝王陛下と教皇猊下に、匹敵するほどのお立場を与えることが可能であれば、あるいは』


 そんなありえもしない助言は、宰相閣下の夫人であるという秘書官から。

 アルヴァが彼らに言われたことを伝えると、枢機卿は顎に手を当てて、ふむ、と思案した。


「なら、神爵猊下に奏上申し上げるのは? 彼の言であれば、教皇猊下も逆らえまい」

「どこにいる誰かも、知らぬのにか」


 アルヴァは、自分の身と枢機卿の発言を、嘲るように笑う。

 そう、確かに、神爵猊下であれば覆せるだろう。


 最も女神に近しき、申し子の言葉であれば。


 しかしその正体を知るのは教皇猊下のみで、存在は秘匿されている。


 彼が人前に姿を現すのを望まない、という一点において、その秘密は最大限に守られなければならない。

 何故なら、それがとてつもない権力を持つ神爵の一番の望みだから、という皮肉。


 力を借りたい相手自身が、その望みを口にする機会すら拒んでいるのだ。


 だが、神爵猊下の存在を疑う者はいない。

 

 数年前。

 魔の力が強まり、魔王獣と魔族王が同時に姿を現す、という未曾有の事態が起こった時。


 世界各地で、瘴気溜まりが大量に発生した。


 魔王獣と魔族王は討ち取られ、大きな災厄は大聖女によって清められたものの、小規模で広範な瘴気溜まりは地道な対処では到底追いつかず。


 最悪、再び魔の長となるほどの力を秘めた存在が、早期に現れることも危惧されていた。


 

 ーーーそれらの瘴気溜まりが、ある日、突如として消滅したのだ。



 クルシード国にある神山から、世界に広がった浄化の波動によって。


 教皇猊下は、それを神爵猊下の降臨と御力によるものだと発表した。

 他に説明はつかない程の事象で、世界各国の聖なる力を持つ者たちは、その強大な波動を『間違いなく女神に寵愛を受けた方のものだ』と保証したのだ。


 大聖女も、例に漏れず支持した。

 国王陛下もアルヴァもそれを感じたし、いと尊き青の光が、神山から世界中に広がるのを確かに見た。


 ゆえに彼は、確実にこの世にいる。


 誰もその姿を見たことがなくとも、浄化と共に広がった治癒の波動によって、瘴気に犯された者も、魔獣によって傷ついた者も、皆、快癒したのだから。


 あれは、奇跡そのものだったのだ。


「居場所が分かれば、アルヴァは神爵猊下に、乞い願うかい?」

「叶うのならばな」


 アルヴァは即答した。


 ーーーウルミリア。


 幼い頃から、ただ一人愛しいと思った人。


 もう二度と連れ添うことはない、彼女と。

 十日後に、面会して婚約白紙と婚約締結を行う場に現れるウルミリアと、添い遂げられる可能性があるのなら。


「頭を地に擦り付けたって、仮にその頭を踏まれようとも、願うだろうさ。……弟でもいれば、継承権を譲ってやるものを」


 アルヴァは、ただ一人の直系子だった。

 傍系に譲るには、自身の瑕疵がなさすぎて理由として認められない。


 幼い頃から病気ひとつしたことのない、健康で頑丈な体。


 現聖王である父を凌駕するほどの、治癒の力。

 王足るに相応しく、ウルミリアに相応しく、と励んできたこの人生そのものが、枷となった。


「そうか」


 アルヴァの言葉に微笑んだ旧友は、ゴトン、と執務机に高級な酒を置いた。


「呑もう。少しは気が晴れるかもしれない」

「この生臭聖職が」

「女神は飲酒を禁じてはいないよ」


 紫の髪の青年は、そう言って茶目っ気混じりに片目を閉じた。


「そういえば、ウルミリア嬢は、この件に関して何て言ってた?」


 二つのショットグラスに琥珀の液体を注ぎ、お互いに掲げて一気に飲み干す。

 喉を焼くアルコールの感触に眉をしかめながら、小さく息を吐いた。


「……『イルマを愛して、幸せにしてやって欲しい』と。実際、望まぬ婚姻を強いられるあの子には、せめて私が誠実でなければならんだろう」


 それがウルミリアが側妃となることを望まなかった、最大の理由なのだから。


 聖女となったのが見ず知らずの誰か、あるいは王妃の役割を弁えたご令嬢ならば、あるいは彼女も、側妃となり、寵愛を受けてくれたかも知れない。


 相手が、イルマだから。


「あの姉妹は、仲が悪いと評判だけれど」

「まさか。そんなものは、目のついていない連中の戯れ事だ」


 あれほどお互いを思い合った姉妹も、早々いまい。


 ウルミリアが口うるさいのは、イルマが損をしないため。

 イルマの口答えは、尊敬する姉に甘えているだけ。


 二人にしてみればじゃれ合いの範疇だっただろう。

 一年前に、イルマが聖女となるまでは、確かにそうだったのに。


「……何故、こうなってしまったのだろうな」

「女神も、人の運命の全てを握っておられる訳ではないのだろうね」

「人の気持ちとは別のところに、窺い知れぬ深遠な御心があるのかも知れん」

「そう、女神は公平にして平等だからね。故に救わないこともあるんだろうさ。反吐が出そうだね?」

「おい」


 流石に聞き咎める。

 自分の口にした言葉も不敬スレスレだが、枢機卿の言葉は明らかに限度を超えていた。


「事実だよ。でも、公平であるがゆえに、人々は、本人なりに運命をねじ曲げようとも何も関わらないのもまた、事実だ。それが良き方向でも、悪しき方向でもね」


 枢機卿は小さく笑うと、するりと執務机に腰掛けて追加の一杯を注ぐ。


「そうだろう? アルヴァ。君が無理やり王位継承権を放棄するという選択をしても、女神は怒りはしないだろうさ」

「……出来るわけがないだろう」

「何故?」

「あの傍系どもが、イルマ嬢と王位を預けるに足るわけがないからだ」


 実際に王位継承権を放棄した経験のある目の前の青年を、アルヴァは見つめた。


「お前が我が一族の血を引いていれば、譲ったかもしれんがな」


 客観的に見て。

 治癒の力や経験、学びの練度……それら全てにおいて、傍系の者たちはアルヴァよりも下だ。


 奴らよりは、昔は病弱だった兄に万一があれば滞りなく代われるようにと、真面目に帝王学を学んでいた目の前の枢機卿の方が、遥かに適任だろう。


 ウルミリアと自分の為だけに、イルマを今よりもさらに不幸と分かる婚姻に追いやること。

 実権が少ないとはいえ、それでも民の為の王位を、劣ると分かっている者に譲ること。


 それらは、アルヴァには出来ない選択だった。


「ウルミリア嬢を、失いたくないという気持ちを我儘だとは、オレは思わないけどね」


 そんな旧友の言葉には答えず、アルヴァは二杯目をゆっくりと嘗めた。

 

どこぞの枢機卿登場。


この話、いうてめちゃくちゃ悪い奴とか登場しません。

アルヴァとウルミリア、イルマにとっては不幸ですが。


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