3話
俺は激昂して黒ノを殴ろうとした。しかし理性によって何とかその衝動を抑え込んだ。とはいえ行き場を失った感情を持て余した俺は、ともかく教室から逃げるように出て、そして上司の元に来ていた。
「そうか。耐えきれなかったんだね。分かるよ。仕方がないね。それでも、私は君に頑張って欲しいんだ」
飯塚は俺の上司であった。もっとも、実際に教鞭を執るのは俺の仕事であって彼の仕事ではない。彼の仕事は、俺の管理であった。
飯塚はいつものように、俺に寄り添う形で接してくれた。俺と飯塚はテーブルに向かい合う形で椅子に腰掛ける。
「飯塚さん。どうして、どうして……」
俺は、絞り出すかのように言う。
「死刑制度は、なくなったのでしょうか」
悔しかった。俺の家族は死んでしまったというのに、どうしてあいつは、黒ノは生きているのだろう。
「俺は、黒ノのような人間が少なくなるようにと、教師になりました。でも死刑という抑止力がなくなってしまったら、もう無意味ですよ」
俺は弱々しく言う。
「実はね、城島さん。死刑が犯罪の抑止力なるという説は、統計的に明確な証明がされていないんだ」
「そう、なんですか……?」
「そもそも城島さんの生徒たちは全員、元死刑囚だ。つまり彼女たちは、重罪を犯すことによるリスクを理解できない。死刑があったところで殺人鬼は現れるし、死刑制度がなくなったところで衝動を抑えられる人は抑えられる」
それは、そうなのかも知れなかった。先程俺は激昂して激情に駆られはした。駆られはしたけれど、それでも黒ノをその場で殴り殺すことはしなかった。死刑制度はもう、廃止されたというのに。
「飯塚さん。でもそれじゃあ、俺は納得なんてできませんよ。そんな理屈じゃ、納得できない」
「ええ、分かるよ。結局のところ私達は人間だ。どれだけ機械的に理屈をこねたところで、感情論は必須。だからね、城島さん」
飯塚は身を乗り出した。
「被害者はどうしたら報われるかを、考えましょうよ」
熱意を込めた眼差しで、俺のことを見る。
「ここで言う被害者というのは、城島さんじゃない。あなたは被害者の遺族であって、被害者じゃない。被害者というのは、あなたの父、母、そして姉のことです」
それは分かっている。納得はできないが。親しき者を奪われた。それはもう、被害者ではないか。
「彼ら彼女らは、どうしたら報われるだろう。確かに死刑によって報われることはあるかも知れない。しかしだ城島さん。私はね、それ以外でも報われることはあるんじゃないかと思う」
飯塚さんは俺の肩を優しく掴んだ。
「城島さんのご家族を殺した黒ノ。そして他2名の元死刑囚。彼女たちを矯正、教育し、社会復帰させる。国に貢献させることによって、城島さんのご家族は報われる」
飯塚はそして優しく笑い掛ける。
「そう信じることは、できませんか」




