2話
6年前。当時21歳であった俺は大学3年生であった。
その日は雨が降っていた。大学から家に帰る途中、女子高生らしき人物が道ばたで佇立していた。
その女子高生は、雨が降っているにも関わらず、傘をさしていなかった。そして歩いていた俺の方を見つめてきた。とても不気味だった。
彼女を丁度通り過ぎようとした時である。
「城島さん、だね」
彼女が俺に話しかけてきた。いかにも、俺は城島 正という名であった。
「君は?」
俺は怪訝な目で彼女を見つつ、尋ねた。
「初めまして。私は黒ノ 彩。君に、謝罪をするために待っていたんだ」
謝罪したいと言う割に、彼女は全く悪びれていなかった。
「家で待っていれば良かったのに」
俺はやはり訝しく思いながら言った。
「ああ。ショッキングなことだと思うのでね。少し早めにワンクッション入れ置こうと思って」
彼女は言った。俺はやはり納得できなかったが、構わず彼女は歩き出した。方向は、俺の住む家である。
俺は追いかけるように彼女の後をついて行った。そして彼女をこのまま我が家に招いて良いものか、吟味する。
黒い髪。その髪は腰の少し上の方まで伸びていた。先ほど見た限り、整った顔をしていた。眉は細く、目もきつね目のように細かった。唇はぷっくりと赤かったと思う。知的な、賢そうな、それでいて美しいといった印象の顔であった。
そして、彼女の身体を見る。雨でびしょ濡れの彼女。身長は高め。白衣のようなものを着ている。その白衣の下から、高校の制服が見えることから、やはり女子高生だろう。
彼女の観察をしているうちに、家に着いてしまった。今朝方ぶりに見た我が家は、しかし様子がおかしい。
周囲は雨が降っていて暗い。我が家には既に父と母と姉がいるはずなのに、家の明かりがない。
俺は鍵を取り出して玄関に差し込む。すると鍵は開いているようで、やはり不自然であった。
俺は先ほど会った黒ノという女性を忘れて、家に入る。そして皆を呼ぶ。そうしながら、リビングのドアを開けた。
「……っ!?」
俺はその光景に、言葉を失った。リビングにはよく分からない肉の塊が椅子に置かれている。その椅子はそれぞれ、父と母と姉が座る定位置である。
テーブルと椅子、壁やキッチンにまで血が飛び散っていた。臭いもきつい。
「いやあ、凄いだろう。思いのほか血が吹き出てね。でも雨が降っていたから、都合が良かったよ」
黒ノはそう言って俺の隣に並んで、リビングの光景を一緒に眺める。
「済まないね。人体実験によって、君の家族を殺してしまったんだ」
俺は何も分からないまま、黒ノを見る。
「仕方がなかったんだ。本当は未来のない老人や障害者だけにしたかったのだが、足りなくてね」
黒ノはとても満足そうに語る。
「それに、私は今度こそ成功すると思ったんだよ。死ぬはずがなかったんだ」
まるで、あの肉の塊がそれであるかのように。
「君の父、母。そして姉。みんな死んでしまったよ。でも安心してくれ。君はまだ若いから、代わりに別の人を用意することにした」
黒ノは、俺の顎を引っ張って自身の顔に近づける。すると彼女の顔が視界いっぱいに映り込む。
「それに。君はとても私好みだ。こんなイケメンが、死んでしまうのは惜しい」
年下であるはずの彼女にうっとりと見つめられて、俺はただただ恐怖していた。