4話
それから色々あって、各々が犬に名前を付け終わった。
授業はそれで一区切りとして、休憩時間を挟むことにした。
「それと、日直を決める。日直は日替わりで交代だ。とりあえず今日は黒ノ。お前が今日の日直を務めろ」
「ふむ。まあ先生がやれと言うなら、やってやるさ」
黒ノは、やれやれ、といった感じで言った。全くこいつは。素直にはい、と言えないのか。
「日直は授業の開始と終了に号令を掛ける。黒ノ。号令を」
「はいはい、分かったよ。起立」
黒ノが適当な声で号令を掛けた。全員が立ち上がって、黒ノの声によって頭を下げる。元死刑囚の彼女たちだが、一応は義務教育を終えている。授業開始終了の号令などの、一般的な学校の常識はあるようであった。
俺は休憩のために教室を出た。
「城島先生」
すると監視役の一人が俺に声を掛けてきた。飯塚さんと同じ雰囲気の、優しげな雰囲気の初老の男性である。
「石垣さん」
俺は彼の名を呼ぶ。彼は石垣 五郎。生徒たちのいた拘置所の刑務官である。
「城島先生。ちょっと話しませんか」
「ええ、良いですよ」
生徒たちの監視役は数人いた。石垣は生徒たちの監視を他の人に任せて、俺と一緒に廊下を歩いて行く。
「驚きましたよ。彼女たちが、あんなに楽しそうで」
石垣は感慨深く言った。生徒たちが拘置所に居た頃、石垣は生徒たちが居た棟の管轄であった。そのため、拘置所での生徒たちの様子をよく知っているのだ。
「拘置所に居た頃の生徒たちは、どんな感じだったんですか?」
俺は拘置所で過ごす生徒たちの様子が想像できなくて、気になった。
「普通、ですよ」
石垣は短く答えた。
「城島さん。私は長年、死刑囚たちを見てきたから分かるんですけどね。やはり死の恐怖ってのは、凄まじいものなんです。死刑囚たちは様々な態度を取っています。中には余裕そうに振る舞っている者も。でも分かっちまうんです。それらが全部、いずれ来る死に対する恐怖を誤魔化しているだけだと」
石垣さんは思い出しているかのように、語る。
「死刑囚はいつ死刑が執行されるか分からないんですよ。死刑を執行する日になった当日に、初めて知ることになる。それを死刑囚も分かっているから、毎日を怯えて過ごしているんです。今日は生きられたけど、明日は分からない、とね」
それはさぞかし怖いことだろう。
「生徒の一人である火口さん。城島さんも先ほど知ったかと思いますが、彼女は特に精神が脆くてね。我々刑務官の足音がいつもと違っただけで、それはもうビクビクと震えていましたよ」
「足音が違うだけで?」
「ええ。刑務官も人間ですから、死刑を執行するとなると、やはり違いが出てくるのかも知れません。彼女はそれで、ついに自分の番が来たのだと誤解して怯えてしまうんです」
火口のメンタルの弱さは先ほど把握しただけに、彼女にとって拘置所での暮らしが過酷だったのは想像に難くない。
「城島さん。先ほど私は、普通と答えましたね。彼女たちは、至って普通でした。他の死刑囚と変わらずに、死に怯えておりました」
「そう、ですか……」
俺は言葉に詰まりながらも、何とか返事をした。教室では、あんなにも飄々とした様子であった彼女たち。しかし拘置所で死刑を待っていた時は、死に怯えていたという。
「死刑ってのは、やはり罰なのですよ。そして死刑囚は、罰を受けるだけで精一杯なんです。反省をする余裕なんてありません。なので死刑囚に求められるのは、反省ではなく、ただ罰を受けることのみなんです。でもね、城島さん」
石垣は立ち止まって、俺に真っ直ぐ向いた。
「死刑制度は廃止となりました。彼女たちに、反省する余裕が与えられました。彼女たちは初めて、反省することを求められているんです」
石垣は、熱意を込めて、言い放った。
「城島さん。どうか彼女たちを、しっかりと反省させて下さい」
石垣はそして、頭を下げたのであった。