2話
「待たせたな」
職員室から戻って来た俺は、そう言って教室内に入る。すると教室内には既に火口が戻ってきていた。
「きゃあっ! 可愛い!」
俺の方を見た水卜が、見た目通りの可愛らしい声を上げた。
「これからしばらく、お前らには盲導犬の訓練を行ってもらう」
俺の足下には、三匹のラブラドール・レトリーバーがいた。その三匹の首には首輪が付けられていて、そこからリードが繋がれ、やがて俺の両手に収まっている。
盲導犬の訓練は、実は過去にも受刑者の教育に利用された例がある。人を殺したこいつらには、命の尊さを知ってもらわないといけない。
盲導犬の訓練には資格が必要だ。俺はたまたま盲導犬訓練士の資格を取得していた。人生、どこで何が役に立つのか、本当に分からないものである。
「火口。お前はこいつだ」
犬のリードを火口に差し出す。
「お、おう」
火口は恐る恐るリードを受け取った。こいつは小動物を虐殺している。たった今手渡した犬を絞め殺したりしないかが、一番の懸念点であった。
「水卜」
「はーいっ!」
水卜が元気の良い返事をして、嬉しそうにリードを受け取る。予想通り、彼女は動物が好きそうであった。
「黒ノ」
「あ、ああ」
黒ノは火口と同様、戸惑いながらリードを受け取った。
「じゃあ最初の授業だ。今受け取った犬に、名前を付けろ」
「はあ? やだよ面倒くせぇ」
火口が嫌そうに言った。命名すら面倒くさいとは、先が思いやられる。
「面倒でも付けろ。これから自分たちが訓練する犬なんだ。愛着を持って、愛情を注ぐためにも。そして責任を持って訓練するという誓いのために、名前を付けるんだ」
俺がそう言うと、生徒たちは自分たちの握るリードに繋がれた犬と向かい合った。
「そ、そうね。名前、名前ねぇ」
意外にも黒ノは、まだ戸惑っているようであった。普段の余裕そうな態度は見る影もない。何だかそれが、妙に可愛らしい。
「この犬の種類は……ラブラドール! そうね、ラブラドールって名前はどうかしら」
「良い訳ないだろ。犬の種類をそのまま名前にする奴があるか!」
しまった。黒ノがあまりにアホなことを言い出すものだから、思わずツッコみを入れてしまった。
「そ、そう……。そうよね。えっと、それじゃあ……」
俺の勢いに任せたツッコみを素直に受け止め、黒ノは再び思案する。
うーん。いつもこんな風に素直だったら、もっと別の人生を送れただろうに。
「お前は、こいつにどんな風に育って欲しい? その思いを、名前に込めたらどうだ」
犬の目線まで屈んで、右手の人差し指の先を頬の辺りに添えて、思案すること数分。見かねた俺は、助け船を出してやった。
「どんな風に育って欲しい……なるほどっ!」
黒ノは、閃いたように目を見開いた。そして、犬に向かってその名前を言い放つ。
「君の名前は、盲導犬だっ! よろしくな、盲導犬!」
俺は思わず頭を抱えた。