6話
「んじゃあ、次は私かなぁー?」
先ほどから大人しかった、水卜が言った。
「ああ、そうだな。次はお前の番だ」
俺がそう言うと、水卜は起立した。立つことによって、彼女の背がやはり小さいことを再確認する。小学校高学年から、中学1年くらいといったところか。
「水卜心香。21歳でぇーす! 私の罪は……」
そして彼女は、とても愉快に、楽しそうに自らが犯した罪を言い放った。
「放火でぇーす!」
沼澤や黒ノと同じく、18歳で水卜はその罪を犯した。18歳である彼女は、自宅から近い高校に通っていた。
彼女の学校ではいじめが発生していた。いじめの対象は水卜本人ではなかったが、彼女は自身の正義感により、行動に移る。
それが放火であった。彼女は後先考えずに、自身の通う学校にガソリンをまき散らし、火を放ったのである。
結果、校内は大炎上した。いじめ犯どころか生徒や教職員にも被害が及び、大多数の死傷者が出た。
「水卜。お前のその行為によって、いじめられた対象はどうなったんだ」
俺は水卜に尋ねる。
「さぁー? 分かんなーい」
俺は絶句した。どう言葉を掛けるべきなのかも、分からなかった。怒るべきなのか、哀れむべきなのか。それすらも、分からないのだ。
「じゃあ水卜。お前は結局、何の為に放火をしたんだよ」
俺はさらに水卜に尋ねた。とりあえずは、彼女を理解しようと思ったからだ。
「ええ? そんなの、決まっているじゃん」
水卜はそう言うと、ニヤリと薄気味悪い笑みを浮かべて、こう言い放った。
「悪い奴を、ぶち殺したかったんだよ」
可愛らしげな彼女とは思えない程に不気味な雰囲気に、俺は思わず鳥肌が立った。
火口や黒ノとはまた別の狂気が、彼女にはあったのだ。
「いじめられた奴なんて知らない。ただ、悪い奴がいるのは良くないことでしょ? だから殺してやったんだー。悪い奴はいなくなるし、私の正義は果たされる。みんな幸せだよねー!」
「お前の正義? 一体、どんな正義だ?」
「うーん? だからぁ、私が良いと思ったことが正義で、私が悪いと思ったことが、悪なんだよ」
水卜は、まるで当然のことかのように言った。なんて歪んだ正義を持っているのだろう。というか、これはもはや正義と言えないのではないか。
「狂ってる」
俺は素直に、そう呟いてしまうのであった。
「そうかな。日本の司法だって、同じようなものだと思うけれど」
俺の呟きに、またしても黒ノが異論を唱えた。
「水卜のやったことが、司法と同じだって? 一体、どこが同じだというんだ?」
「だってそうだろう城島先生。水卜さんは水卜さんの正義で人を罰した。この国もこの国の正義によって我々を死刑にしようとした。一体、何が違うというんだ」
またこいつは、次から次へと詭弁を弄する。
「お前たちは法を犯した。その罰として死刑が下った。一方で水卜が行ったことは、単なる虐殺だ」
「違いが分からないね。水卜さんだって、彼女なりの正義に周囲が抵触したから、水卜さん自身の手によって死刑を執行した。それと何が違う?」
黒ノは気分が良くなったのか、嬉しそうに立ち上がる。
「そもそも、なぜ水卜さんの正義は間違っていると言える? そしてなぜ、私たちを罰した法律が正しいと言えるのだろう。法律が正しいと信じ込み、そして違反者を罰する。水卜さんがしたことと同じじゃないか」
「同じじゃない」
俺は黒ノの言葉を遮るように言った。
「日本の法律は、国民が選んだ代表、つまり議員によって定められた法律だ。その議員は、時に国民の意見を参考に法案を提出する。国の法律は、そうやってできる限り民意を尊重して出来たものだ。人を殺してはいけない。刑法199条に規定されている殺人罪には、多くの人々が賛同している。一方で水卜の正義に、一体誰が賛同するというんだ。法律を信じることと水卜の正義を信じることとは、その重みが違うんだ」
俺が言い終えると、黒ノはフッと軽く笑った。俺が述べた意見が、水卜本人に伝わらないと思っているからだろう。
「ふん。バッカじゃないのぉ? 私の正義に賛同しない人達なんて、みんなクズなんだよ? そんなクズの賛同に価値なんてないじゃーん。クズがいくら集まったところで、私の正義は揺らがないんだもーん!」
案の定、水卜はトンデモ理論をぶつけて一蹴してしまうのであった。