5話
4年前。当時の火口は18歳で未成年であった。
彼女はその性格ゆえに学校や家庭内での人付き合いが上手くいっていなかった。
日々積み重なるストレス。そのストレスを彼女は、犬や猫などの小動物を虐殺することで発散していた。
しかしそれにも飽きた彼女は、街の路上にて銃を乱射。交通機関をストップさせた上に、数人の死傷者が出た。
「以上だ」
火口は最後に短くそう言って、着席した。
酷い話だ。いくらストレスが溜まっていたとはいえ、小動物を虐殺し、さらに人まで殺してしまうなんて。
「そっか。ストレス発散なら、仕方がないな」
俺が考えていると、黒ノが言った。俺は思わず黒ノを見る。彼女はいたって真面目な表情をしていた。
「仕方がない? ムシャクシャして人を殺すことが、仕方がないと言うのか?」
俺は黒ノに言った。
「うん? だってそうじゃないか。衝動を押さえ込むのは難しい。それができないのは本人の能力の問題だ。能力不足が悪いというのは、あまりに理不尽だろう?」
黒ノの意見は、ある視点から見たら正しいのかも知れない。ある視点、つまりは加害者側の視点だ。
「黒ノ、そうじゃないだろ。能力不足が許されることかそうでないかは場合による。この場合は、人が死んでいるんだ。別に殺人鬼に限らず、そういった場合には責任が問われる。医者とかがその例だ。被害を被った方からすれば、能力不足は悪いことなんだよ」
「なるほどね。しかし先生。医者はその責任を認めた上で医者になっている。火口さんはどうだろうか。小動物を殺しても発散できなかったストレスを受けることに、彼女はいつ同意したのだろう」
黒ノの反論に俺は、少し押し黙ってしまう。
「じゃあ黒ノ。お前は一体、誰が悪いと言うんだ。間違いなく被害者は被害を被っている。そしてその遺族だって嘆き悲しんだはずだ。その責任を、一体誰が取ると言うんだ」
「ふむ、そうだなぁ……」
黒ノはそう言って、少し考え込んだ。
「そんなこと、俺が知ったことかよ」
そう言って割り込んできたのは、当の本人である火口であった。
「俺にストレスを与えたのは、この国自身だろうが。俺が苦しんでいる時に、この国は放置したんだ。だから俺は暴走した。その結果、何が死のうが、誰が死のうが知ったことか。誰かが責任を取らなきゃいけないなら、それは国が取るべきだろう。俺になすりつけるんじゃねえ」
なんて子供な意見だろう。我が儘で、自分勝手だ。何もかも国のせい。自分がしたことも、そうでないことも、全て国のせいだという。まるで、親離れできない子供の意見だ。
「火口。国はきちんと責任を取ったんだよ。お前という加害者を、死刑にする形でな。国はお前が全て悪いと判断したんだ。だからお前を罰して、遺族を強引に納得させた」
「だから、俺は何も悪くねえ。悪いのは俺にストレスを与えた環境だ。そしてストレスに苛まれている俺を放置した、国だ」
「違うよ火口。確かに国はお前を救う義務がある。それと同時に、お前は自分をコントロールする義務があったんだ。もしお前にその責任すらないというのなら、お前を死刑にした国に文句を言う資格なんてない」
俺がそういうと、火口は顔を伏せた。
――ガタンッ!
そして勢いよく立ち上がったかと思えば、教室を走って出て行ってしまう。
「トイレっ!」
囚人を一人にするのはまずいと思ったが、遠くからそんな声が響いてきた。そして教室外にいた監視役の人が走って追いかけて行くのを見て、まあ良いかと俺は判断したのであった。