もりのおそうじやさん
動物たちが暮らす森の奥に、どんなものでもおそうじしてしまうお店がありました。
森の奥にあるものですから、ヒトのお客さまはほとんど来ません。
「ひま!」
ひま、と言いつつ、ログハウスの店舗内をちょこまかと動き回ります。
白いキャップを被った身長140cmの店長は、毎朝早くから、お店のすみずみまで、1人、おそうじをしています。
研究用の本棚をハタキで払い、棚板のホコリをふき取り、床モップをかけ、雑巾で床の黒ずみをしっかりと拭い去ります。
洗面所の鏡や窓をきれいな布で磨き終えて、ごみを指定のビニール袋に詰めると、ぐったりと倒れこみました。
長くなった前髪が鬱陶しいですが、近くには、あいにく美容院がありません。仕方がないので、自分で切り揃えます。
毎日の食事は、森の木の実や果実で凌いでいました。そろそろ限界です。ごみ袋を買うためにもいかなければなりません。
コンビニまで歩いて丸一日かかります。
森の中なら安全ですが、都会の夜道は物騒です。もうちょっと我慢することにしました。
「お客さま、なかなか見えないなー」
夜は、池の水を汲んで、火事に気をつけながら焚き火でドラムかん風呂を楽しみます。ワイルドです。
わざわざ森の奥まで風呂を覗きにくるような、ならずもののヒトはいません。そういうヒトは、そもそもここまで来られません。
残り湯で服を洗い、明日に備えて、ハンモックでぐっすりと眠ります。
年中アルバイト募集中ですが、お客さまがほとんどこないので、アルバイトも増えません。
来るのは動物たちと郵便屋さんばかりです。郵便屋さんにはいつも多大な負担をかけているため、丁重におもてなしします。
*
ある日のことです。
日が暮れ始め、そろそろお店を閉めようというときに、近くの茂みからガサガサと音がしました。
「おろ?」
ガサリ! 黒いスーツを着た、40代くらいのくたびれたおっちゃんが出てきました。
「いらっしゃいませー」
「あの、すみません。店長はいらっしゃいますか?」
「わたしが店長です!」
おっちゃんは目を丸くして、小さな店長を上から下まで眺めたあと、うつむきがちに咳払いしました。
「……失礼いたしました。ここで、どんなものでも掃除をして下さると伺ったのですが」
「はい! 法や倫理に触れないご用件でしたら、どんなものでも、きれいさっぱり、おそうじいたします! 料金は要相談です!」
「本当ですか!」
くたびれたおっちゃんは、小柄な店長を見下ろすように、ずいと詰め寄ってきました。
店長が笑顔のまま固まっているのを見て、おっちゃんはまた咳払いしました。
「すみません、取り乱しました」
「は、はい! ……ご用件をどうぞ!」
「無理なお願いとは承知です。妻が重い病に倒れてしまいまして。病のもとを消し去っていただきたいのです」
「かしこまりました! 少々お待ち下さい」
店長は、店の奥から、桐の小箱を抱えて戻ってきました。
蓋を開けると、一見して普通の台所用スポンジが入っています。
「こちらをお試し下さい! あらゆるものを吸収するスポンジです。頭の中に、吸い取りたいものを思い浮かべてご利用ください!」
スポンジからは、ほんのりと、森の香りが漂ってきます。
「ただ、病気のような頑固な汚れは、1度吸い取るともう使えません。あらかじめご了承下さい」
「……これで本当に病気が治るのですか?」
くたびれたおっちゃんは、いぶかしげにしています。
「よーし、ちょっと誰か手伝ってー!」
「にゃーん」
店長の呼びかけに、ぶなの木から黒猫がとびおりてきて、おっちゃんの胸あたりまでしかない店長の帽子の上に乗りました。
小さな店長は、頭に猫が乗っても、笑顔のままびくともしません。
「こちらに試供品がありますので、よろしければご覧下さい!」
店長は商品棚から「テスター」と張り紙のあるスポンジを手に取り、頭上の黒猫に翳します。
「まっしろになーれ!」
すると、黒猫はみるみるうちに白猫になりました。
くたびれたおっちゃんは、腰が抜けてしまいます。
「万が一、効果が出なかった方には、30日以内でしたら、全額返金対応を行っております!」
「……ちなみに、おいくらですか?」
「お値段は税込み価格300万円のところ、今なら半額の150万円ご提供しています! カードでのお支払いも可能です! また、1か月に1回として、10回払いまでなら利息なしの分割払いが可能です」
電気は屋根に取り付けたソーラーパネルによる自家発電です。通信は森のでっかい電波塔を経由して行います。
残念ながらATMはありません。
「カードで」
「かしこまりました。お買い上げ、ありがとうございます!」
小さな店長は八重歯を見せて、にっと笑いました。
*
「元気になったかなー?」
小さな店長は、銀行まで行くのが大変だなあと思いつつ、ワイルドなお風呂でまったりしています。
この森は、お友達の動物たちが見張っているので、こころのきれいなヒトしか入れません。
したごころのあるヒトは、きつねさんが化かしたり、おおかみさんが吠えたり、くまさんがおどかしたりして、追い返します。
数年前、自然の中でまったりお店の経営したいと思い立った店長ですが、なかなか生活が大変です。
*
数日後、めずらしく、新しいお客さまがやってきました。
「いらっしゃいませー!」
30代くらいのくたびれたOLじみたお姉さんは、消し去りたいものがあるというのです。
「入院費や治療費がかさんでしまって、借金を消し去りたいのですが……」
小さな店長は、丸い目をぱちくりさせて、にっと笑いました。
「アルバイトさんですね!」
(たぶんつづかない)