アンドロイドお母さん
プシュー
バスの自動ドアが開いて、運転手が話しかけてくる。
「風子ちゃーーん、商店街ついたよー」
なじみの運転手のオジサンが、大声で声を掛けてくる。
「うるさっ!」
驚いて起きる風子に運転手のオジサンは、よだれついているよとジェスチャーをする。
フラフラとバスを降りた風子に、運転手のオジサンは手を振って挨拶をすると、発車していった。
100メーターほどの小さな商店街を抜けると、住宅街があってその中に風子の家はあった。
せっかくなので、なじみの店で今晩の晩御飯の食材を買って帰ることにする。
「お母さん、今日の晩御飯の買い物するけど何が良い?……と」
歩きながら、携帯端末でメッセージを送る。しばらく歩くと、返信があった。
「ふーーむ、カレーかな?」
返信にあった、ジャガイモ、ニンジン、玉ねぎを買いに八百屋さんによる。
気前のいい店主は、サツマイモを一つおまけしてくれた。
肉屋さんに寄って、豚肉を買えば、焼鳥を一串おまけしてくれた。
皆、気のいい人たちだ。
生まれてから、毎日通る商店街に、通学に使うバス。
そして、帰れば待っている優しい母親。整った生活だった。
過度に高望みをする家族ではなかったが、自分の使命すら思い出すことが出来ない娘の自分に、非常に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
その気持ちを隠すように、少し玄関の扉を勢いよく開いて、風子は言う。
「ただいまー」
「おかえりー。早かったわね」
奥から優しい母親の声がした。
「少し早いけど、ご飯作って後でだらだらしようかなと」
そう言う、風子に母は優しく笑いかけると、こちらはいいから、部屋で休んできなさいと告げた。
「ありがとう、お母さん。じゃあソファで少しだけ休むよ。」
正直助かる。少し休めば平気かなと判断して、部屋ではなくリビングのソファで少し目を閉じた。
「あっ」
そんな母の声で目が覚めた。母の方を除くと、包丁で指を切ったらしい。
めずらしいと思って、見ると、結構ぱっくりと切れているのが見えたが、その指からは血が流れ落ちてこなかった。
代わりに、皮膚の下からは金属なのか、人工物のマテリアルがのぞいていた。
風子は驚きをかみ殺して、寝たふりを決め込んだ。
母は人間ではないのか?ロボットだったのだ!
親友の智子に聞かれたら、「ロボットじゃないよ。アンドロイドって言うんだよ。」と訂正されそうだなと思った。
そんなことを冷静に思った自分に少し驚きながら、母のカレーが出来るのを待った。
前世の記憶を持つような世の中で、アンドロイドもそんなにめずらしいこともないか……それよりも、十数年それに気が付かないって私鈍いのかしら?
もしかしたら腕だけロボと言う可能性もある。晩御飯のカレーを2人向かい合って食べていると、ふと思った。
食べたものは果たしてどうなるのか?そもそも昔アニメを見ていて、涙ぐんだ母を見たことを思い出したし、汗を掻く姿も、息を切らしながら猛然とダッシュしてきて、ひっぱたかれたこともあった。
あのときはなんだったかな?確か、昼寝をしている母の鼻の頭を黒マジックで塗って、頬にひげを三本ずつ書いたあと、母は起きて買い物に行って、商店街から戻って来た母が猛然と追いかけて来たんだったか……あれは怖かった。もう二度としまいと思った。
とりあえず、1:実はアンドロイド説、2:腕だけロボ、3:さっきのは目の錯覚で普通の人間と、三パターン考えたことで、聞いてみることにした。
カレーを食べたあと、思い切って聞いてみた。
「お母さんって、ひょっとしてアンドロイドなの?」
母はエンタメ系の番組を見ていたが、表情を止めて、すこし驚いた様子でこちらを見た。
「どうかしたの風子?」
「さっき指切ったでしょう?全然血が出てなくて、代わりに……」
「そう……見てしまったのね……」
観念したのかうつむく母は唐突に言った。
「みぃーーたぁーなぁあーーーー」
手を前にして、いわゆる幽霊のポーズで、母は顔を上げて言ってきた。
「は?」
冷たく、言い放つと母はすんなりと、素に戻った。
「そうね……アンドロイドと言えばアンドロイドね。でも風子の母親という事は絶対間違いないから……」
バレてバツが悪いと言う風もなく、淡々と答えて来た母親に、薄ら得体の知れない恐怖を感じた。
今まで肉親だと思っていた人が、絶対的に母と言う地位に居た人が、実は肉親どころか、人間でない事、ショックだったが、こう淡々と告げられるとなんだか、「あ、はい。」と言う感じで納得するしかなかった。
優しい顔で淡々と何か、社会のシステムについて説明している母の言葉は、全然入ってこなかった。
どうやら、商店街の人達や、学校の先生達、いわゆる大人の人たちはアンドロイドらしいのだ。風子達人間が、自分達の使命を全うするのをアシストするのが、役目らしい。
しかし、ずいぶん人間味にあふれたAIなんだな……だんだんと私はそう思い感心した。
こんなに感情を理解し、しかも私の性格や精神を理解して、告げても問題ないと判断する。そもそもバレずにずっと過ごしてきたと言うことは、大したものだなと思った。
ショックを受けるよりも、すこし心が軽くなっていることに気が付いた。
申し訳ないと思っていた肉親が、実はロボだったと言うことで、すこし気が楽になった。
まぁ、明日からは少し気楽に生きて行こうかなと、前向きに考えられるようになった。
「そうなんだー。よく分からないけど、それがこの社会のシステムなんだね。」
前世を覚えていないから、この世界のシステムも正しく把握していないのは、自分のせいなんだろう。
「お母さん、カレー美味しかったよ。また明日ね。」
笑顔で手を振る母親は、テレビに視線を戻すと爆笑していた。
どこまで人間らしいのだろうか?
もう風呂に入って寝て明日がんばろう……