私以外は、異世界転生物だった
異世界転生物……もちろん自分がじゃなくて周りが、それも全員。
前世の記憶を持っていて、その知識や技術、とりあえず与えられた最低限の使命は果たして、楽しいのんびりライフを謳歌しよう。
周りの友達が実はそんなチート野郎どもだったなんて、私は知らなかった。
この世に生を受け、親を持ち、学校に通い、授業を受けて、成績だって周りに比べて悪くない、それどころかトップクラス。足も速く運動神経だってかなりのもの、絵を描けばだれよりもきれいな彩色センスの持ち主で、運動会でも文化祭でも人気ものだった。
ところが、思春期を迎えると、少しずつそれぞれの個性が際立ってきた。
数学が得意なもの、化学が得意なもの、ファッションセンスや、デザインセンスに特化したものが現れて、私の能力は埋没して行った。
どれか一つに絞って全力を注げば、あるいは一番になれたのかも知れないが、そこまで精力的に関心を向けることはなかったのだ。
クラスの全員が第二次性徴を迎えるころ先生が言ったのだ……
「そろそろ、それぞれの記憶の封印が解かれたことと思います。」
記憶の封印?
何を言っているのかと理解できなかった。
先生の話を要約するとこうだ……輪廻転生で、我々は別の世界から来たと言うのだが、その転生前の世界が入っている入れ物の、管理メンテが基本的な我々の使命で、そのための知識が我々はすでに持っているという事だった。
「そ、そんな、ば、ばかな……」
そう声を出したのは私だけだった……。
メンテに必要な専門的な知識を各自持っていて、それ故に特定のジャンルに対して、圧倒的な優位性があるのは当たり前だったのだ。それはチートではなく、システムの役割だった。
システムの役割を思い出せない私は、システムのバグと言ったところだろうか?
地面の砂に書いた、私の名前、「風子」の字に入っている虫の字に憂鬱になりつつ、校庭で繰り返される、ロボット部の実験をぼうっと眺めていた。
校庭にはオートバイ型のロボットがあり、女の子がメンテナンスで近くに居た。
オートバイは無人機のようで、人が座るシートなどはついていなかった。タイヤも二輪ではなく、一輪車タイプで、ふらふらと自動的にバランスをとっていた。
エンジンがかかると、けたたましい音と振動が伝わってきた。
なんでも、ガソリンエンジンと言う内燃機で、化石燃料を爆発させて動くと言う代物らしい。
ロボット部の親友が、暇なら珍しいものがあるから見に来いと言うので、立ち寄った風子だが、親友は有無を言わさず風子をバイクに乗せて校庭を一周させたのだ。
なまじ運動神経が良いとなんでもできると思われていて、テストパイロットにされることがある。実働は初めてなので、誰がやってもいいように思うが、この親友は実に運動が出来ないのだ。
恐らく、発進すらできないだろう。
機械物やプログラムなど、工業系のスキルに特化しているが、運動神経はあまり発達していないそんな女の子だった。
ひとっ走りを終えた風子は、そんな親友、智子に運転の感想を言って。智子はそれをもとに調整している様だった。
ちなみにこの一輪車、バランス機能が働いて、転ばないのはいいのだが、機構上荷重変更して傾けて曲がる代物のはずなのに、ほとんど傾かず、風子は危うく曲がり切れずに校舎に激突しそうになった。
ブレーキを掛けたら、そのままタイヤがロックして、優秀なバランス機能のため、一輪車お約束の前転はしないものの、パイロットは投げ出される始末だった。
「これ、人が乗っちゃダメなやつ……」
そう感想を告げると、「うん、やっぱり?分かった。」と天使の笑顔を、風子に向け、さっさとシートを取って、無人機に換装して今に至る。
恐らく、今は荷重移動で曲がれるように、バランス機能と荷重移動の機構を構築していることであろう……次に言われるのは、「荷重移動のアルゴリズムがあっているか分からないからもう一回乗ってみて。」
天使の笑顔で言われるだろうなと思いながら、風子はため息をついた。
けたたましいエンジン音と振動が色々と響く……とりあえずマフラーとサイレンサーつけてくれないかなぁと風子は思った。学校が治外法権とはいえ、近所迷惑はなはだしい……
学校の周りの田園風景を眺めながら風子は、ベンチにすわりこんだ。
「あぁ、お腹痛いなぁ」
煩わしい……
こんな身体の機能はちゃんと成長と伴い機能すると言うのに、何故私の記憶の封印は解けないのだろう?
ちなみにお腹が痛いのは、バイクから投げ出されたからではない。
低速で走っていたからと言うのもあるが、空中に投げ出された後、着地は完璧な受け身を取ったおかげで、擦り傷一つとして体についていない。
早退するかなぁ……
風子は高校生になっていた。
進路は各自の専門性に合わせて、決められていた。
風子の進路も決められたものだった。
この世界の雰囲気作りで、進学に伴い制服なども用意されていた。
青いリボンにブレザー、チェックのスカート、紺の靴下に、ローファーと言う、the女子高生と言った出で立ちで、けだるい身体をベンチから立ち上がらせて、手に持った枝を適当にほうりだした。
「あ、風子帰るのー?」
そう声を掛けて来たのは、智子だった。
彼女は、作業服に身を包み、もっていたタブレット型のコンピュータを、さわっていたロボの上にあげて、小走りにかけてきた。
何もない校庭なのに、時折何かに躓くようにして、、、そして何より走っているのに、全然早くなかった。
わずかな距離に息を切らして、やっと自分の近くに来た親友に答えた。
「あ……うん、ちょっと体調悪くって……」
「うん、今日は実験付き合ってくれてありがとう。こんど埋め合わせにいいもの見せてあげるから。」
まったく、いつもそう言って、ろくなものを見せてくれない親友に、軽く手を振りながら学校をあとにする。
住宅街へは、送迎バスが出ているので、それでゆっくり帰る。
血の気が引いて少し立ち眩みするので、目を閉じていると、うつらうつらと眠くなってきた。