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イオン結合をぶった切れ!!

作者: あいうえお.

 理科の野田(のだ)先生が、カッカッと力強い音を立てて板書している。

 野田先生は筆圧が強すぎるので、白チョークが時々ポッキリ折れる。1時間に3本は必ず折る。このせいで彼は「筆圧大魔王」と呼ばれている。チョークに一族郎党を殺されでもしたのだろうか。それにしてもチョークがもったいない。税金で賄われているんだろうから、私にも多少は影響があるかも知れない。私だって消費税を払っているんだから。


「水酸化ナトリウムの電離式な〜」

大魔王の癖に間延びした声で先生が言う。


NaOH → Na+ + OH-


 黒板に書かれた式を見て、私は愉快になった。水酸化ナトリウムが別れた!!


 愉快になるのには訳がある。

私はNaOHつまり水酸化ナトリウムが大っ嫌いだ。何故なら、NaとOHがくっ付いているからだ。

 私が好意を寄せる鶴崎央(つるさきおう)君と、彼と付き合っている上野夏美(うえのなつみ)を想起させるからだ。

OHの央君とNaのなっちゃん、2人は付き合いたてで「ラブラブ」らしい。


 私は鶴崎君が好き過ぎて、小原(おはら)君に頼んで彼の事をいろいろ調べてもらった。

 例えば家族構成(祖母、父、母、姉、弟、フェレット)、体重身長(59.8kg・168.7cm)、好物(2日目の皿うどん、バッテラ)、住む家の固定資産税の額(年間18万)などだ。

 小原君はチーズ蒸しパンと引き換えに様々な情報を提供してくれるので「工作員」とあだ名されている。


 見たくもないのに先週なっちゃんに2人のツーショットのプリクラを見せられた。鶴崎君となっちゃんが2人で並んでいて、鶴崎君が天真爛漫に愛知県をひっくり返したような格好をして笑っているのに対して、なっちゃんは目をかっぴらいて上目遣いし口角を不自然に上げているいつものキメポーズを決めていた。そこに恥ずかしげもなく「ラブラブ」の文字がピンク色で書いてあった。きっとなっちゃんの方が書いたのだろう。

 2人の間にはプリクラ上で数ミリの距離があるが、いずれこれが0になるのだろうか。それとも既になっているのだろうか。


 私が「ふうん。今が一番いい時期だね」と言うと、なっちゃんは「逆じゃない?今からどんどん良くなるんでしょ。彼氏がいない人には分からないかな?」と答えた。

 いけ、しゃあ、しゃあ、と!!私の笑顔は引きつっていたと思う。

 なっちゃんは多分、私が鶴崎君を好きなことを知っている。修学旅行の夜、同室のみんなと恒例の好きな男子の言い合いっこをしたのだ。なっちゃんと私は班が違ったけど、彼女と結構仲の良い末次(すえつぐ)さんが私の好きな人を聞いていた。末次さんは大勢の前ではぶりっ子しているのに影でいろんな人の噂を振りまくので「お局予備軍」と呼ばれている。


 思い出し怒りのせいで、気付かないうちに授業が進んでいた。筆圧大魔王の授業は板書中心で、滅多に生徒に問題を解かせる事はないので私は彼が結構好きだ。彼の授業は内職にはうってつけの時間だ。隣の席の「マツオ・デラックス」こと松尾君なんて油の匂いをプンプンさせながら唐揚げ6個と月見バーガーと1号サイズのカステラを平らげてしまったし、斜め前の「デイトレーダー渡辺(わたなべ)」こと渡辺さんなんてデイトレードで稼ぎまくっている。


「水酸化ナトリウムと塩酸が中和する式な〜」

 大魔王は言いながら黒板に式を書く。またチョークが折れる。本日20本目。白16本に赤2本、黄色1本、青1本だ。最高記録ではなかろうか。チョークにありったけのストレスをぶつけているとしか思えない。思うに彼は欲求不満か何かでは無いのだろうか?家庭が上手くいっていないのかもしれない。彼の奥さんは前にうちの学校に勤めていた「ミス・ヒステリー」と呼ばれていた家庭科教師だ。話を聞くくらいなら私でも出来るのだが。

 そう思いながら私は大魔王から黒板に目を移す。そこにはこう書いてあった。


NaOH + HCl → NaCl + H2O


 思わず顔がほころんだ。私は急いで教科書を立てて顔を隠す。誰かに見られたらむっつりスケベだと思われてしまう。

 この式では水酸化ナトリウムがバラバラになった上に、OHが、私「ハナ」の頭文字のHとくっ付いた!なっちゃんはNaCl(食塩)でも舐めてろ!!

 私はこの反応式を一発で暗記した。


 ノートに式を写しながら、他人の物を略奪する事に長けている為「海賊王」の異名をほしいままにしている私は妄想する。なるほど、2人を別れさせて鶴崎君と付き合うには、HCl(塩化水素)の水溶液をぶっかければいいのか。もちろんなっちゃんの方に。


 その時後ろの男子から背中をつつかれ、妄想が中断した。振り向くと「鶴崎君に回してだって」と小さなハート形にたたまれた紙を渡された。表に「央君へ♡」とある。私の列の一番後ろのなっちゃんからだろう。

 私は容赦無くそれを開く。

「ゃくそくどぉりぉ弁当っくってきたょ。きょぉのキャラ弁は『おジャ魔女どれみ』だょ。たのしみにね!」

 私の脳はその日本語もどきに対する拒否反応により頭痛を起こす。私はそれを重力崩壊を起こすくらい握りしめた。


 ……ところで、塩酸って中学生でも手に入るのだろうか。




ありがとうございました。

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