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 間室さんはサングラスごしにじゃないと、白いものを見ることができない。横断歩道ですら直視すれば危ないらしい。素足で歩こうものなら大事だ。だから絵を描くときもサングラスをかけ、手に絵の具がつかないよう仕事用の手袋をいくつも持っている。

 そんな彼の肌は、アトリエにこもってばかりいるので白いのかと思いきや、そうでもない。かといって、色黒なわけでもない。むしろあたしの肌のほうが何倍も白く、モデルとして採用されたのもそのおかげだった。

 彼が今描いている絵は、このアトリエの部屋の一角をモデルにしているらしい。部屋いっぱいに光を取り込む窓を開け放ち、風にカーテンを揺らめかせながら、四角く切り取られた青空を描く。外で大きく枝をのばす木。そしてあたしの、窓から空を見上げる後ろ姿。

 空にはもちろん雲が浮かんでいるし、紺色のカーテンも絵の中では白く描かれている。あたしの背中も実物より白い。その『白』はとても綺麗で、ただの白い絵の具を塗っているわけではなく微妙な折り合いをつけているのもよくわかる。彼は『白』が見えない状態で、とても綺麗な絵を描いていた。

「サングラスしてたら、赤とか青とか、黒くなって見えませんか?」

 サングラスをしている以上、少なからず視界の色が変わってくる。それが顕著に現れるのは白いもので、たぶん間室さんが見る空には、紫色の雲が浮いているはずだ。

「生まれつき赤や緑の色がわかりづらい人でも、車の免許は取れるんだよ。その人の見えかたで、信号の赤と青がちゃんと区別されてるからね」

「……うん?」

 突然話が変わったように思えて、あたしは変な返事をしてしまう。それに彼が笑って、わざとそういう言い方をしたのだとわかった。

「サングラスをかけても、その視界の中で、赤は赤だし白は白なんだよ。普通の見え方とはちょっと違うけど、慣れればちゃんと色がわかるんだ」

「なるほど……」

 それでもきっと、微妙な色の変化には戸惑うはず。けれど間室さんの繊細な絵には、違和感というものをほとんど感じなかった。

 冗談交じりに、間室さんが「ほかにご質問は?」と言う。こちらから病のことを訊くのをためらっていたあたしは、ここぞとばかりに日頃の疑問を口にした。

「もし……白いものを食べちゃったりしたら、どうなるんですか?」

「お腹壊したり吐いたりすればまだいいほうかな。子供の頃は即救急車で運ばれたんだけど、病院って白いものばっかりだから、よけい悪化して、大変だったんだ」

 お米の味はわかる。けれどそれが毎日、赤や黄色で着色されたものだとしたら……考えるだけで食欲がうせてしまう。

「じゃあ、白いものに触ったら、どうなるんですか?」

「……やってみる?」

「えっ」

 戸惑うあたしに、間室さんが、おいでおいでと手招きをした。

 訊いた手前、やっぱりいいですなんて言えそうにない。あたしが呼ばれるまま彼の前に行くと、うやうやしく手を取られた。

「僕はこうやって手袋ごしにじゃないと、郁ちゃんに触れないんだ。肌の色だとしても、やっぱり白すぎるものは苦手で……だからパステルカラーのものもあまり使えない」

 壊れ物でも扱うようにやさしく握った手を、彼は自分の首元へと寄せてくる。シャツのボタンを二つはずし、はだけた胸元を見せた。

「触っていいよ」

「でも……」

「大丈夫、僕もそれなりに抗体ができてるから。手の甲で、すーっと、撫でてみて」

 間室さんが、手を離す。あたしはためらい、ちらりと彼の顔を見た。

「大丈夫だって、倒れたりしないから」

 ほら、と、うながされるままに、あたしは初めて、彼の肌に触れた。

 間室さんの身体は、まるで凍えているかのように冷たかった。あたしが触れたところだけが急に熱くなり、肌が脈打ち始める。異変に気づいて手を離せば、今まで触れていた皮膚がどろりと溶けた。

「――間室さんっ!」

「別に、まだ触っててもよかったのに」

 青ざめるあたしとは対照的に、彼は実に楽しそうだった。あたしが触れたところが、赤くただれている。まるで火傷をしたときのように、皮膚が伸び、痛々しい水ぶくれができはじめていた。

「もう一回やってみる?」

「嫌です!」

 彼には冗談のつもりだったのだろうけど、あたしは全力で拒否する。自分が思っていた以上のことが起きて、足が震えていた。

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