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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

時刻表

作者: 山口大丁

恥ずかしい話をしよう。思わず声をあげてしまうような、羞恥に晒される話をしよう。


 季節は冬に差し掛かる十一月だった。二度目の学園祭を終え、夜九時頃にやってくる汽車を、私は彼女と待っていた。


 「いよいよ、何もなくなったね」

 「そんなことないよ、クリスマスやお正月だって残っているよ」


 そんな言葉をかけながらも、内では彼女の言葉に同意していた。田舎の妙なプライドとでも言えばいいのだろうか、自称進学校に通う私たち二人は言葉とは裏腹に、これから待ち受ける状況に辟易していた。思えば逃避だったのかもしれない、飼い殺される前の足掻きだろう。


 だからなのか、背景を踏まえたとしても、私がとった行動は守備範囲を大きく逸脱した行為だった。


おざなりな会話を寒気が後押しする。駅で待つ人々は吐く息に苛立ちを混ぜ佇んでいた。


 ほどなくして会話が途切れた、アナウンスと共に改札からホームを繋ぐ階段を、勢いよく駆け上がる同じ制服を着た男の姿が見えた。

 男は彼女を見つけると、笑みを浮かべながら近づいてきた。顔が視認できる距離でようやく、男がクラスメイトの人間だと分かった。彼が息を荒げる理由は知っている、だから何だというのだ。


 私の彼に対する印象は「軟派で教養に欠ける猿」程にしか感じなかった、他の生徒からは人気があったようだが。


 彼は親しげに彼女へ言葉を交わす、彼女は私と会話していた時よりも笑顔で、わざとらしく相槌を打っていた。時間として五分と経たなかったが、彼女の方から言葉をかけることはなかった。私もわざわざ間に入って場を和ませることはしなかった。

 それは彼女と私の関係が、水と油ではなくとも水溶的ではなかったからだ。彼女の立場があり、私の立場がある。


 そんな予防線を張りながらも、男のある一言で状況が大きく変わった。


 「きみはほんとうにかわいいね」


 どのような文脈だったかは覚えていない。気がついた時、私の拳は正確に男の顎を打ち抜いていた。証拠に拳への痛みは一切なかった。効果は絶大で、男は気圧に抑え込まれるようにへたり込んでしまった。


 あっけにとられているのは私だけではなく、彼女も状況が飲めずいつも以上に目を丸くしていた。


 私は彼女の手を取り、図るように到着した汽車に飛び込んだ。ドア開閉のブザーが鳴り響き、男と私たちの世界を容赦なく隔てる。事態を確認するため、手繰り寄せるように頬をさする男の姿を見ながら私は勝ち誇ったように口角を上げてやった。


 だがそんな余裕も物の数秒で消え失せた、現場に居合わせた人たちは好奇の眼差しを向けている、どんな言い訳をしようとも刑法第二〇八条に規定されているところの暴行罪だ。走馬灯に匹敵する回顧と気味の悪い高揚が頭を駆け巡る。


 次の駅へ到着するまでの十数分、冬とは思えないほど汗をかき、次第に指先から生気が奪われるような感覚に襲われた。ついに後悔は器を溢れるほどに大きくなり、ドアの窓に映る自分の表情は目に見えて暗かった。状況への諦めが心の内を上回った頃、彼女の呼びかけがようやく耳に入った。顔を向けるのも恐ろしかったが、予想は大きく外れ思いがけない表情で私を迎え入れた。




「やるじゃん」




 そう言った。責めるでもなく、軽蔑するでもなく。私が命を終えるまでに生み出すことのできない、心の底からうつくしい笑顔で言った。


 心の焦りや後悔を塗り替えられた。否、自ら塗り替えた。彼女以外に心を向けることがあまりにも失礼な行為なのではないかと感じてしまったから。


 思いを自覚した。私を侵す毒を。顔を紅潮させ、心を躍らせ、連れ去りたいと、新たに法を犯してでも手にしたいと思わせる。季節の流行病ではないことは確かだった。


 終点までで構わない、今を奪わないで欲しい。


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