病気で殺る
「……体調はどうだ、スミレ」
「うん……ちょっと良くなったかな……。ごめんねお兄ちゃん……」
「気にするな。ゆっくり休んでいろ」
今日の天候は雨。窓に雨飛沫が叩きつけられる音が鳴る。
アルトの妹、スミレは体調を崩し、学校を休んでいた。
妹を看病するため、アルトも今日は学校を休んだ。
スミレの熱は高く、ベッドから身体を起こせないでいる。
そして、その様子を覗き見る影が……ああ、窓に! 窓に!
(それ邪神に対するリアクションじゃないですかーっ! 私、聖なる善の女神なんですけどーっ!?)
お馴染みクソ女神ことシェキナが、雨が降る中、窓から兄妹の様子を窺っていた。
病気で弱る妹を見てほくそ笑む。
(ふふふ……! 妹さん、順調に弱ってますねぇ……! あの病気は私の仕業じゃないんですけど、妹さんがポックリ逝ってくれるなら何でもいいです! いやぁそれにしても妹さん、病弱属性まで持ってるとは! これはもうウチに転生するために生まれてきたのでは? でも大丈夫ですよ妹さん! ニューデリアに転生した暁には、あなたの病弱属性もキレイさっぱり消えますから!)
何が大丈夫なものか。
言動、思想、どれをとっても邪神そのものである。
(あーあー聞こえなーい! 誰が何と言おうと私は善の女神ですぅー! 少なくともニューデリアではそう祀られているんですぅー!)
自分のことを善の女神と思い込んでいるクソ女神は、雨が降る中、引き続きスミレの様子を窺う。
(いいですねー。弱ってますよぉー! 私が女神パワーで病気を強化したら、もっと早く逝ってくれるでしょうか? 風邪は万病のもとって言いますしねーっ! ……それにしても、こう雨に降られると身体が冷えてきますね……。は、は……)
「ハクシュンッ」
女神、思わずくしゃみをしてしまう。
(ふぅー、スッキリしました。ではさっそく妹さんの病気に女神パワーを送りましょう。風邪は万病のもと、つまり病気ガチャです! さぁて、何が出るかなー?)
シェキナは、両手に邪悪なパワーを集め始める。
その時、ガラガラと音を立ててシェキナの頭上の窓が開く。
そこからアルトがヌッと顔を出した。
身を屈めていたシェキナとピッタリ目が合う。
「あ……お兄さん……おはようございます……」
「やれやれ……。くしゃみだけなら見逃してやったんだが、そんな邪悪な波動を発せられると、な」
そう言うと、アルトはシェキナの顔面をむんずと掴み上げる。
プロレスで言うところのアイアンクローである。
「ああああああお兄さん顔が変形してしまいますあああああああ」
「妹の病気はお前の仕業か」
「違いますうううう自然に発生した病気ですうううう私は無実ですうううう」
「信用できん。お前が消えれば妹の病気も消えるんじゃないか?」
「あああああ待って待って力を強めないでホントに顔が潰れるぎゃああああああ」
「……はぁ。残念だが、確かに嘘を言っているようには見えんな」
アルトはため息を一つつくと、ポイ、とシェキナを解放する。
シェキナは指が食い込んでいた部分をぺたぺたと触り、己の無事を確認する。
「はああああ~。死ぬかと思いました……」
「大げさな奴だな」
「大げさなもんですか! ちょっとは手加減してくださいよ! 普通の人間なら今ごろ頭がリンゴみたいにグシャリと潰されてましたよ!」
「大いに手加減したんだが」
「もっとです! もっと弱く! 頭が変になっちゃいますよ!」
「それ以上変になるのか。それは大変だな」
「中身じゃなくて外見の話ですーっ!! 変なカタチになるって言ってるんですーっ!!」
「そうか。俺は妹の看病で忙しい。今日はもう見逃してやるからさっさと消えろ」
「妹さん辛そうですもんねー。どうです? 私に言ってくれれば、今すぐその苦しみから解放してさしあげますよ? 死の安らぎをもって、ね?」
「今すぐ消えないと殴って消し飛ばすぞ死神……!」
「ひえっ! ごめんなさーい!」
シェキナは、雨が降る中、ピューッと空を飛んで逃げていった。
そして次の日の朝。
「うう……。なんということ……。女神たるこの私が、風邪をひいてしまいました……ゴホゴホ」
公園のベンチでズズズと鼻水をすするシェキナ。
昨日、あんな雨の中ずっと外にいたのだ。そりゃあこうなる。
「く……。屋根があるお家で休みたい……。でも熱で女神パワーが制御できない……。元の世界に帰れない……。お薬買いたい……。でもお金が無い……。私、ここで死ぬのかな……ゴホゴホ」
因果応報。人を呪わば穴二つ。
昨日、あれだけスミレの体調悪化を願っていた彼女が逆に風邪に苦しめられるとはなんたる皮肉。
率直に言ってざまぁ。
「ぐぬぬ……病人に対して何たる言い草でしょう……! 見てなさい、私は一人でも生きていけるんだから……! ゴホゴホ」
と、その時である。
ちょうどシェキナがいる公園の前を、スミレが通りかかった。
学校に登校しているところだ。
「あ、死神さん……」
「やや、あなたは妹さん……。そっちの病気は治っちゃったんですね……ゴホゴホ」
「咳……。死神さんも風邪ひいてるんですか……?」
「女神ですーっ! ……しかし運が良かったですね。今日の私は調子が悪いので、悔しいですが見逃してあげます! ゴホゴホ」
「かわいそう……。あ、ちょっと待っててください」
そう言うと、スミレは鞄から何かを取り出し、シェキナに渡した。
「これは……薬ですか……?」
「はい。昨日、私が飲んでいた薬です。私も病み上がりなので持ってきてたんです。それが効くかは分かりませんけど、良かったら使ってください。それじゃあ……」
そう言い残し、スミレは去っていった。
なんだあの子いい子過ぎるだろ女神か。
「うう……。善の女神たるこの私も、無垢な優しさに思わず胸を打たれました……。お礼に、次はせめて苦しまない方法でニューデリアに送ってさし上げます……ゴホゴホ」
そしてこの恩を仇で返すクソ女神。
一ミリでいいからあの子を見習え。
「人聞き、いや神聞きの悪いこと言わないでくださーい! 今はニューデリアの非常事態なんですよー! 私だって、元の世界ではこんな悪辣非道な女神じゃないんですからねーっ! ……おや? あれは……ゴホゴホ」
虚空に向かって叫ぶシェキナだったが、その時、公園の外側から一人の男が歩み寄ってきているのを見つけた。
先ほどのスミレの兄、アルトだ。
「ここにいたか、死神」
「死神じゃなくて女神ですーっ! もう、兄妹揃ってなんで間違えるんですか! ゴホゴホ。……ところでお兄さん、『ここにいたか』って、私を探してたんですか?」
「そうだ。俺は、一つの『真実』に気づいてしまったんだ」
「はい? 『真実』? それって?」
「ああ。昨日の妹の風邪……あれはお前が移したものだった」
「私が移した……って、はぁぁ!?」
「……というワケで、妹を苦しめた罰だ。殴る」
「ちょ、待って待って!? 私、昨日は風邪ひいてない! 私じゃない!」
「まぁ、お前も不可抗力だったんだろう。だから手加減してやる。歯を食いしばれ」
「待って!? 私、病人ですよ!? 病人を殴るんですか!? 鬼! 悪魔! 人でなし!」
「恨むなら、そこで俺たちの様子を眺めているアイツに言ってくれ」
「アイツって誰ですか!? 誰かいるならたすけてーっ!」
シェキナの必死の懇願も虚しく、鉄拳制裁は下された。
S市は今日も平和です。
……ところで、今日の接触によって、スミレは再びシェキナから風邪を移されるのだが、ここでこのページの一番上に戻ってほしい。あなたがページを上に戻すと物語はループし、やはりスミレはクソ女神から風邪を移されていたのだ。