殺し屋で殺る
S市中心街の路地裏にて。
コツコツと、革靴の足音が鳴り響く。
サングラスをかけたスーツ姿の男が、シェキナの前に姿を現した。
「お前が今回の依頼人か。コスプレイヤーの依頼人は初めてだ」
「いや別にコスプレじゃなくて正装なんですけどね、この服装。まぁいいです。あなたがS市の始末屋、通称『タウンハンター』ですか?」
「いかにも。このS市内に限って言えば、依頼を失敗したことは一度も無い」
この男、タウンハンターは殺し屋である。
スミレを異世界に転生させるべく、シェキナが雇ったのだ。
安定のクソ女神である。
ここまで様々な方法でスミレを殺しにかかったシェキナだが、そのことごとくをスミレの兄、アルトに妨害された。
そこでシェキナは一度王道に立ち返り、シンプルな方法でスミレの命を狙うことに。
その結果行き着いたのが、この世界の殺しのプロに暗殺を依頼することだった。
タウンハンターに仕事を依頼するため、ニューデリアの自宅からなけなしのへそくりを引っ張り出し、女神パワーでこの世界の現金に替えた。
これが失敗したらいよいよ後が無いシェキナであるが、今回の作戦には絶対の自信を持っていた。
理由は、タウンハンターのスペックにある。
タウンハンターは様々な銃器、薬物に精通しているが、中でも狙撃を最も得意とする。
アルトの目を掻い潜り暗殺を達成させるにはもってこいのスタイルだ。
しかし最大の武器は、このS市内に張り巡らされた彼独自の強力な情報網である。
この情報網によって、タウンハンターは標的の弱点、日々の予定や習慣などを洗いざらい調査し、確実に仕留める。
標的がS市内に居れば、どんな大物だろうと彼から逃れることは叶わない。
またの名を『S市の殺人蜘蛛』……という呼び名を本人は広めたがっているが、呼ばれたことは一度も無い。
「こらーっ! そういう余計な情報は言わないでくださーいっ! せっかく来てくれた殺し屋さんがショボく見えちゃうでしょーがっ!」
「……誰に向かって話しているんだ?」
「あ、いえ、気にしないでください。こちらの話です。それより、この子が今回のターゲットです」
そう言ってシェキナは、スミレの顔写真をタウンハンターに見せる。
「……まだ高校生じゃないか。一体なぜ彼女を狙う?」
「そこは聞かないでくれると助かります。あなたは依頼人のプライバシーを守るお方だと聞いたので」
「仕方ないな。では早速下見に取り掛かるか」
「おお、頼りにしてますよ~」
タウンハンターはスミレの生活パターンを観察、分析し始める。
自身の情報網をフル活用し、ターゲットに全く接近することなく情報を集めていく。
普段ならこの時点で兄が駆け付けてきそうなものだが、今回はまだそんな様子は無い。
さしものアルトも、日常の裏側で進められている暗殺計画には気づけないのだろうか。
(敵に気づかれずに着実に情報収集を進める……これがプロ……!)
シェキナは感心した様子でタウンハンターの仕事ぶりを観察していた。
そして数日にわたる下見が終わり、タウンハンターはシェキナに報告する。
「あの子の帰り道に、絶好の狙撃ポイントがある。ここからなら、およそ一キロ離れた場所からでもヘッドショットを決められるだろう」
「一キロ! それはすごい! それならきっとあの子を殺れます!」
「お褒め頂き恐悦至極だ。……だが、やはりネックになるのは、アンタの情報にある『兄』だろうな」
「そうですねぇ……。あの人、ウチの世界の魔物よりよっぽど魔物ですから」
「ウチの世界? 魔物? 何のことかは分からないが、あの兄について俺から一つ提案がある。アンタが兄を足止めしてくれ。その間に俺がターゲットを殺る」
「ええ!? 私がですかぁ!?」
「ああ、そうだ。隠してるつもりかは分からないが、俺には分かる。アンタ、相当な力を持ってるだろう?」
「……ふふふ、バレちゃいました?」
「俺ほどの人間になると、分かっちまうモンなのさ。俺への報酬は元の半分で構わない。依頼を確実に達成するには、アンタの力が必要だ」
「そ、そこまで言われたら仕方ないですね~っ。良いでしょう、私も一肌脱ぎましょう!」
「よく言ってくれた。決行は明日の午後。ターゲットの帰宅を狙うぞ」
「サー、イエッサー!!」
こうして、S市最強の殺し屋とクソ女神によるクソ同盟が誕生した。
女子高生一人を相手に、大人げないと思わないのだろうか。
そして、作戦決行の時が来た。
「サー、配置につきました、どうぞ」
『了解。こちらも配置についた。ターゲットが狙撃地点に到着するまで5分前。お前は兄を探し出し、足止めしろ。オーバー』
「サー、了解しました。ご武運を!」
タウンハンターから借りた無線機の通信を切り、シェキナは怨敵、アルトを探す。
「ふふふ。今までは『顔も見たくない』と思っていましたが、今日は私から会いに行きますよーっ! さあて、お兄さんはどこにいるのかな~?」
シェキナは空中から街を眺め、アルトを探し回る。
しかし、アルトは一向に見つからない。
「むむむ。来てほしくないときはすぐに来るくせに、来てほしい時は全然来ない……。なんて間の悪い男なのでしょう。そんなことでは女子にモテませんよ」
『構わん。妹以外の女性に興味は無い』
「うわぁ……。相変わらずのシスコンっぷりですねぇ……。……あれ? 今の声、どこから……? 通信機……?」
突然のアルトの声に驚き、シェキナは声の出所を探る。
声は、タウンハンターから借りた通信機から聞こえた。
「……ま、まさか、そんなはずないでしょ~。サーに限って通信機を奪われるなんてこと……」
『こちらスミレの兄。応答せよ死神』
「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”」
悲鳴交じりの絶叫が街中に轟く。
事態を察し、シェキナは両手で顔を覆った。
「……サーは? タウンハンターさんはどうなったんですか……?」
『それについては本人から聞くといい。ほら、話せ』
『すまない……。依頼は、失敗した……がくっ』
「そんな!? サー! しっかりしてください、サー!!」
『安心しろ、命までは取っていない。ただ、仕事は数か月休業してもらうことになったが』
「くっ……! どうやって私たちの計画に気付いたのですか!? 今の今までバレていなかったはず。サーの下見は完璧だったのに!」
『それはお前たちの思い込みだ。お前みたいなのが妹を狙っているからな、裏世界の始末屋たちの動向は逐一チェックしている。とくにこの男、タウンハンターはS市きってのすご腕だ。コイツの動きには、特別注意を払っていた』
「それで、私が彼に仕事を依頼した動きを察知し、今まで計画に気付いていないフリをして、作戦決行の今日、私に見つからないようにサーを始末したというワケですか! サーの居場所を炙り出し、確実に仕留めるために……!」
『察しが良くて助かる。さて、今日の天誅だ。後ろを見てみろ』
「え? 後ろ?」
アルトに言われ、シェキナが振り向くと、彼女の眉間に硬い何かが直撃した。
「はうっ」
宙に浮いていたシェキナは、もんどり打って墜落した。
タウンハンターから奪ったライフルで、アルトがシェキナを狙撃したのだ。
見事なヘッドショット。ワンショットワンキルゥ。
……だがしかし、シェキナは再び浮上する。
弾丸が直撃した眉間には、傷一つついていない。
「ふふふ……! 私、これでも女神ですよ? そんな豆鉄砲効きませんよーだっ!!」
『そうか。お前を甘く見ていた。謝罪しよう』
「なはははは! 謝罪しなさい! ひれ伏しなさい! そして大人しく妹さんの魂を差し出せば、此度の無礼は見逃しましょう!」
『死神め』
「女神ですーっ! ああ、安心してください。妹さんのニューデリアでの生活は私が保証します。『転生して良かった』と思ってくれるほどの充実なケアを約束しますとも!」
『断る。妹にも話を聞いたが、転生する気はないらしい』
「……はぁ、そうですか。穏便に済ませたかったのですが、交渉決裂ですねぇ」
『そうだな。だから、今度はそのまま投げた』
「……へ? 投げたって、何を?」
シェキナが視線を上げると、彼女の顔面に鉄製の何かが飛んできて、直撃した。
もの凄まじい速度と威力だ。シェキナの意識が一撃で吹っ飛ぶ。
「ぎゃふんっ!? こ……これは……サーのライフル……」
アルトは、タウンハンターから奪ったライフルをそのまま投げつけたのだ。
彼の腕力が超人的なのは皆さまご存じの通り。
トラックの正面衝突を耐え、落ちてくる鉄骨を受け止め、打ったホームランボールは地球一周旅行へと旅立つ。
そんな彼の腕力で、ライフル銃を思いっきり投げつけたのだ。
その威力たるや推して知るべし。弾丸などの比では無い。
シェキナは昏倒し、地に落ちた。
女神としての威厳も地に堕ちた。
「こ……今回も失敗してしまいました……。けれど、今の私にはへそくりがあります……。サーは依頼に失敗したから報酬はゼロ。へそくりは依然、私の手元に残ったまま。これで再起を図ってやりますとも……!」
『ああ、それだがな。お前がこの殺し屋に支払う報酬を預けた銀行に、お前の住所と年齢がデタラメであることを報告して、口座を凍結してもらったぞ』
「ぐにゃああああ~」
『依頼の前に、まずは地球でちゃんとした戸籍を取得しておくべきだったな』
こうしてシェキナは、今度こそ完膚なきまでにスカンピンとなった。
死神属性に加え、貧乏神属性まで取得した瞬間であった。
もっと前から取得していたかもしれない。
クソ女神の明日はどっちだ。
どっちも地獄だ。




