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フグで殺る

 斉賀兄妹の自宅にて。


「そろそろ月末。なにか美味いものでも食べに行くか。何か希望はあるか、スミレ?」


「えっと、私、フグが良いな……」


「フグ? お前、フグが好きだったのか?」


「いや、食べたことは無いよ。この間、テレビのドラマで俳優さんがフグのお刺身をおいしそうに食べているシーンがあって、私も一回食べてみたいなって……」


「そういうことか。……ふむ、今月予算ギリギリか。よし、フグを食べに行こう」


「いいの? やったぁ!」



 兄妹の微笑ましいやり取りを、無粋にも『遠見の術』で覗き見るクソ女神。


「ふふふ……! キタコレ! 千載一隅のチャンス到来です! フグのお刺身とか、毒料理の代名詞じゃないですかー! こんな時にそんなりやすい料理を選んでくれるなんて、これはもう『転生させてください』と言っているようなものでは? つまり合法! 良し、ったる!」



 こうして戦いの場は、S市有数のフグ料理店『ふぐ房』に移る。

 兄妹は奥の席に座り、シェキナはその斜向かいの席に座る。

 シェキナは二人に気づかれないように彼らの様子を窺う。

 いつもの白ローブ姿で。

 店内がコッテコテの和装だけに、尋常ではないほど目立つ。


(ふむふむ。やはり二人が頼んだのはフグのお刺身ですね。ふふふ、期待通りの注文をありがとうございます! 予定通り、フグ毒でっちゃいましょう!)


 だが当然、店の料理人たちはプロ中のプロである。

 フグ毒のあしらい方はマリアナ海溝よりも深く心得ている。

 このままいけば、スミレが食中毒で命を落とすことは決して無い。

 そこでこのクソ女神の出番である。


(これから運ばれてくる二人の料理に、こっそりと女神パワーを送ります。するとあら不思議! 安全安心なフグのお刺身が、猛毒お刺身に早変わり、というワケです!)


 読者よ、これがクソ女神だ。

 食べ物を粗末にしてはいけません。


(その辺りはご安心を。無事に妹さんをった時は、余ったお刺身は私が食べて差し上げます。もちろん、その時は毒を取り除いて、ね)


 読者よ、これがクソ女神だ。



「あのー、お客様、ご注文は……」


「あ、スミマセン、まだ決めてる途中でして……」


「そうでしたか、申し訳ございません。ゆっくりお選びください」


 シェキナに声をかけた店員が去っていく。

 シェキナは、前回から当然スカンピンである。

 ここは高級フグ料理店、シェキナには刺身一枚注文する余裕さえ無い。

 事が済んだら女神テレポートで逃げるつもりである。

 クソ女神オブザイヤー。


「ええい、さっきからクソ女神クソ女神って、うるさいわよ天の声!」


 天の声ではない、地の文である。

 と、ここで兄妹の料理が運ばれていくのを見つけるシェキナ。


(お、来たわね。それー、女神パワー送信~♪)


 シェキナの邪悪な波動を受けたフグ刺身が、あっという間に猛毒に変わる。

 信じられるか? コイツ善の女神なんだぜ……。

 オマケに、全て猛毒に変えたら怪しまれるかもと思い、半分くらいは安全なままにしてある。

 姑息だろ? コイツ善の女神なんだぜ……。


(ふっ……。偉い人は言いました。『勝てば良い、それが全てだ!』と!)


 それ言った人全然偉くないから。

 振り切れんばかりの悪党だから。

 世紀末外道ヘルメット男だから。

 もう頼むから善の女神らしい部分も見せてくれ。


(これはニューデリアの人々を救うために必要な行為! 正しい善の行いなのです!)


 目的は正しいかもしれないが、手段が壊滅的に間違っていると言わざるを得ない。

 そうこうしているうちに、兄妹のもとに毒フグが到着した。


「わぁ。真っ白で綺麗だね、お兄ちゃん」


「そうだな。じゃあ食べるか」


「うん。いただきます」


 その真っ白のフグが毒とも知らず、スミレは箸を伸ばす。

 もはや悲劇は避けられないか。そう思ったその時。


「……む。待て、スミレ」


「え?」


 アルトがスミレを静止し、刺身の選別を始める。

 毒入りと毒無しのものを丁寧に仕分けていく。

 やがて、毒入りと毒無しが完全に分けられると、妹に毒無しのフグを指差し、言った。


「お前はそっちを食え。こっち(毒入り)は俺が食べる」


「う、うん。分かった。けれど、なんで?」


「そっち(毒無し)の方が美味しいからだ。お前が食え」


「そうなんだ! ありがとうお兄ちゃん」



 そんな兄妹の様子を、自分の席から覗き見るシェキナ。


(むきー! お邪魔ムシめぇー! なんで? どうやって見分けたんですか!? 毒入りにした私でもちょっと見分けがつかないのに……!)


 スミレに毒入りのフグを食べさせることに失敗し、唇を噛みしめる。

 しかし、ここでふとある考えが頭をよぎる。


(……ん? そういえば、あの毒入りのお刺身、お兄さんが食べるって言ってましたよね? つまりこれ、もしかしたらお兄さんをれる……!? これは棚からぼたもちです! 私の世界にぼたもちありませんけど! お兄さんがいなくなれば、妹さんを異世界に転生させるなど容易いこと! しかし私も鬼ではありません。お兄さんと一緒に仲良く転生させてあげますからね! さぁ死ねぇ……!)


 アルトは、毒入りフグをパクリと食べる。

 続いて2枚目、3枚目と、パクパクと口に放り込んでいく。

 無表情ではあるが、どことなく美味しそうな感情が溢れている。


(……ヘンですね? 一向に死ぬ気配が見えません)


 アルトが死ぬ時を、陰に隠れながら待ち続けるシェキナ。

 これが死神でなければ何なのか。

 だが、アルトは依然として毒にやられる気配は無い。


(……くぅー! まだるっこしいですね! こうなったら……!)


 シェキナは、アルトの刺身のうちの一枚に、強烈な邪念を送る。

 すると、その刺身がさらに強烈な猛毒刺身に変わった。

 あまりに凄まじい猛毒に、刺身自体も若干黒く変色する。


(ちょっと色が変わっちゃいましたが、一枚くらいならバレへんやろ! さぁ、そのスーパー猛毒お刺身で、サクッと死んじゃってくださいな!)


 しかしアルトはそのスーパー猛毒お刺身を箸でつまむと……。


「すまん、ちょっと手を洗いに行ってくる」


「あ、うん、分かった。いってらっしゃい」


 スミレに声をかけ、席を離れた。

 そして……。


「やはりいたか死神」


「あ、どうも……ご無沙汰してます……」


「先日駅で会ったばかりだろーが」


 シェキナの席にやって来て、彼女の前にどっかりと座った。

 こんな和風料理店に白ローブで来店など、見つけてくれと言っているようなものである。


「……あのー、お兄さん。やっぱり気づいてました? 私がフグを毒に変えたの」


「気づいてた」


「ああ、やっぱり……。けどなんであんなに毒フグ食べても平気だったんです? もう完全に致死量だったでしょ?」


「小さい頃、食中毒で死にかけたことがあってな。それ以来、毒には耐性をつけた」


「……お兄さん、どこぞの機関のエージェントか何かですか?」


「そんな痛い設定は無い。ただの男子高校生だ」


「ただの男子高校生は、毒に耐性なんかつけないと思うんです」


「……ところでお前、スカンピンなのになんでこの料理店に入ったんだ? この店、高いぞ?」


「いや、注文するつもりはないんです。妹さんったら出ていこうかなって」


「クソが」


「返す言葉もございません……」


 呆れた目でシェキナを見下ろすアルト。

 ため息を一つつくと、話を続ける。


「……しかし、せっかくこの店に来て、刺身の一枚も食べれずに帰るのでは流石に哀れだ。ここは全国でも指折りのフグの名店。是非とも異界の神様にも食べてもらいたいところだ。そこで、俺がお前に一枚、刺身を食わせてやる」


「え……? 本当に……?」


「ああ、本当だとも」


 そう言うと、アルトは小皿を取ってその中に醤油を垂らす。

 そして、持ってきたスーパー猛毒お刺身をこれ見よがしに醤油につけ始めた。


(あっ)


 シェキナは、全てを察した。



「さぁ食え」


 アルトがスーパー猛毒お刺身を箸で摘まみ上げ、シェキナの口元に持っていく。


「い、いや、それ猛毒……」


「遠慮するな。食え」


「あの、ごめんなさい! ごめんなさい! だからどうかそれだけは!」


「あ、歯に青のりがついてるぞ」


「え? どこです?」


「隙アリっ」


「もごぉ!?」


 シェキナが、歯についた青のりを確認するために口を開けたその瞬間、アルトがスーパー猛毒お刺身を彼女の口にねじ込んだ。

 そもそも、シェキナは今日、青のりを使った料理を食べていない。


「だ……騙しましたね……! モグモグ。」


「ああ、騙した。最期の晩餐、よく味わって食べるといい」


「ふっ、甘いですね……。仮にも女神ですよ、私? 女神たるこの私にフグごときの毒などぎゃああお腹痛いいいいいいいい」


 腹痛でのたうち回るシェキナ。

 毒はバッチリ効いているようだ。


「じゃあ、後はごゆっくり」


「ま、待ってください……! 救急車……救急車を呼んで……」


「死神テレポートとやらを使って自分で行けばいいだろ」


「死神じゃなくて女神ですぅ……! お腹が痛すぎて力が制御できないんですぅ……!」


「そうか。悪いがこの地球に神専門の病院は無い。諦めてくれ」


「そんな!? 人間用の病院でもいいんです! お願い、見捨てないで!」


「安心しろ、見捨てはしない。自分の席で、お前が苦しんでいる様を見守ってやる」


「あァァァんまりだァァアァ……」



 その日以来、シェキナは、二度と食べ物を粗末にしないと誓ったそうな。

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