全力で殺った結果
「この星ごと……消す!!!」
巨大なエネルギー弾を掲げながら、高らかに宣言するクソ女神。
二人のために地球を滅ぼす、はた迷惑ここに極まったかのようなクソっぷりである。
「ちょっとぉ!? 今回はクソ女神って言わないんじゃなかったのぉ!?」
それは前回の話だから。
前半と後半では別だから。
なので遠慮なく言う。クソクソクソ。
「うるさーいっ!! どいつもこいつも私をバカにしてぇーっ!!」
「待て! 落ち着け! そんなモノを地上にぶつけたら、マジで地球ごと吹き飛ばされる! 大勢の人が死ぬぞ! シャレにならんぞ!!」
「ふフふフふ……! 安心してください、死んでいった人たちは全員、ニューデリアに転生させて差し上げます!! ニューデリアは全てを受け入れるのよ。それはそれは残酷な話ですわーっ!!」
「く……! 残酷なのはお前だけだろうが……!」
「……とはいえ、私も善の女神。このような破壊活動、本意ではありません。そこで最終通告です! 妹さんをニューデリアに転生させてください! そうすれば、この超巨大エネルギー弾を地球にぶつけることだけは止めてあげましょう!」
「おのれ、死神め……!」
悔しさで歯噛みするアルト。
さすがの彼でも、あれほど強力なエネルギー弾を受け止めることはできない。
地球もろとも消し飛ばされてしまうだろう。
「くそ……どうすれば……」
必死に打開策を考えるアルト。
そこに妹のスミレが声をかけてきた。
「お兄ちゃん……」
「スミレ、安心しろ、俺がお前を守る」
「……ううん、いいの。私、異世界に行く」
「なっ……!?」
「私一人が異世界に旅立って、この星が無事で済むなら、安い話だよ」
「そんなことを言うな! 俺にとって、お前はこの地球全てを賭けても高い!」
「ありがとう。でも、流石のお兄ちゃんでも、もうどうしようもないんでしょう……?」
「それは……!」
「だいじょうぶ。私、素質があるらしいから。異世界でもきっと上手くやれるよ」
「スミレっ……!!」
スミレはアルトの前に出ると、空に浮かぶシェキナに声をかけた。
「死神さん。私、異世界に行きます。だからそのエネルギー弾を消してください」
「ほ、本当ですか!? やったやった! ……あ、でもそう言って私を騙すつもりかもしれません! エネルギー弾を消すのは、あなたを異世界に送ってからです!」
「……分かりました」
「……まぁ、私も鬼ではありません。あなたには、風邪を引いたときに薬を分けてもらった恩もありますしね。ですので、お兄さんと最後のお別れをするといいですよ。気が済むまで待ってあげます」
「……ありがとうございます」
シェキナの声を受けたスミレは、再びアルトに向き直る。
「……ね、お兄ちゃん。ちょっとしゃがんで?」
「む? あ、ああ。どうしたんだ?」
「うん。そのまま目を瞑って」
「ああ、こうか? 何をする気なんだ、スミレ?」
「ふふ。お別れの挨拶だよ。……今までありがとう、お兄ちゃん。大好きだよ」
そう言い終わった瞬間、アルトの頬に柔らかい感触が触れて、離れた。
アルトはその感触の正体に感づくと……。
「……お、おお、うおおおおおおおおおおおおおっ!!!」
「え、お、お兄ちゃん?」
「勇気ッ!!! 百倍ッ!!!!!」
「きゃっ……!」
アルトは、溢れ出る闘気を全身から放出した。
闘気は強烈な波動となり、地球全土を駆け巡った。
その様子を見ていたシェキナも、驚愕とドン引きの声を上げる。
「うわぁ……!? シスコンここに極まりましたね……!?」
が、その時。
ドン引きのあまり力が緩んだシェキナは、思わず超巨大エネルギー弾を取り落してしまう。
「あぁーっ!? 本当に手が滑ったぁ!?」
本当にってなんだ本当にって。
しかしそれはそれとして、これは非常にマズイ事態である。
このままいけば、シェキナの取り落したエネルギー弾が地上に落下する。
せっかくスミレが覚悟を固めたのに、地球は消滅してしまうだろう。
もはや、今日が地球最後の日か。
誰もが覚悟を決めた、その時。
「さぁぁぁぁせぇぇぇぇるぅぅぅぅかぁぁぁぁぁ!!!!」
アルトが弾丸のようなスピードで駆け出し、超巨大エネルギー弾の落下地点に潜り込む。
そして、落ちて来た超巨大エネルギー弾を受け止めた!
「ぬおおおおおおおお………!!!!」
今の彼は、妹の想いを受けて過去最高にパワーアップしている。
だから超巨大エネルギー弾の衝突を受け止めることができたのだ。
しかし超巨大エネルギー弾の勢いは止まらない。
受け止めたアルトごと、どんどん地表へとめり込んでいく。
「お兄ちゃん、頑張って!」
「……ああ!! 任せろおおおおおお!!!!!」
妹の応援を受けて、アルトの身体中からパワーが湧き上がる。
最後の力を振り絞り、エネルギー弾を持ち上げると……。
「どりゃああああああああああああああ!!!!!」
そのまま超巨大エネルギー弾を空高く投げ飛ばした。
エネルギー弾はやがて大気圏に突入すると、空一面を覆うほどの大爆発を起こした。
大爆発は地表まで届かず、地球は無事であった。
兄妹の愛が、地球を守り抜いたのだ。
「やった! やったよ、お兄ちゃん!!」
「ああ。お前のおかげだ。ありがとうスミレ」
「そんなことないよ! お兄ちゃんは世界一だよ!」
「そう言ってくれると嬉しいな。俺も柄にもなく顔がほころぶ。……さて」
アルトが視線を向けた先には、こっそりと逃げ去ろうとするクソ女神の姿が。
「……あ」
アルトの視線に気づき、蛇に睨まれたカエルの如く動けなくなるシェキナ。
超巨大エネルギー弾で全パワーを使い果たし、もう戦う力は残っていない。
一方のアルトはというと、未だにパワーアップ状態は継続中である。
今の彼なら、女神だろうとグーパン一発で消し飛ばせるだろう。
アルトは、ゆっくりとシェキナに歩み寄っていく。
「……あわ」
アルトは止まらない。
ズン、ズン、と、ロードローラーが落ちたような足音を立てて、シェキナに近づいていく。
「……あわわわわ」
やがてアルトはシェキナの目の前までやって来た。
身長差があるため、アルトがシェキナを見下ろす形になる。
太陽の光を背負うアルトの顔は陰となり、余計に威圧感を醸し出させる。
「あばばばばばばばばばばばばばばば」
恐怖でガクガクと震え出すシェキナ。
そして、アルトが右の拳を思いっきり振りかぶると……。
「こ”め”ん”な”さ”い”ぃ”ぃ”ぃ”ぃ”!!!」
シェキナは、土下座の姿勢で謝った。
それはそれは見事なフォームの土下座であった。
「……はぁ。もういい。見逃してやるから消え失せろ」
「ありがとうございます!! ありがとうございます!!」
「その代わり、もう二度と妹を狙うんじゃないぞ」
「うぐ……それは……」
「なんだ、やっぱり一発いっとくか?」
「ぐぅ……」
苦しそうな表情で思い悩むシェキナ。
手段はどうあれ、彼女も彼女なりにニューデリアの未来を想っての行動だったのだ。
ここでみすみす引き下がるのは、身が引き裂かれるような思いであった。
「……あ、そうだ」
が、ここでシェキナはある考えを思いつき、アルトに声をかける。
「あのー……お兄さん……」
「何だ」
「もういっそのこと、お兄さんが世界を救ってくれません……?」
「お前、俺に妹を遺して死ねというのか?」
「いえいえ違います違いますっ! ”転生”じゃなくて”転移”させるんですよーっ!」
「……”転移”?」
「そうです! 転生の場合、ニューデリアで新たに生を受けるため、最終的にはあちらに住んでもらわなければなりません。それが世界のルールですから。しかし転移の場合、これはただの世界間の移動です! つまり、ニューデリアに渡っても帰ってこれるんです!」
「……それなら、始めからそれで妹を送れば良かったんじゃないか?」
「そういうワケにもいかないんですよ……。異世界チートに目覚めるには、新しく生まれ変わる”転生”じゃなければダメなんです……」
「そうか。異世界というのは面倒くさいな」
「けれど、お兄さんなら現在の身体能力でも十分にニューデリアを救えると判断しました! これなら転生ではなく転移でも問題なしです! ニューデリアを救っていただいたらすぐに地球に戻ってもらっても構いません! お願いです! ニューデリアを助けてください!!」
頭を下げて必死に懇願するシェキナ。
アルトは、一度スミレの方を見やる。
「スミレ……」
「……うん。私からもお願い。お兄ちゃん、死神さんを助けてあげて」
「……ああ、任せろ」
スミレに向かって力強く頷くと、アルトはシェキナに声をかけた。
「決めたぞ。俺が世界を救ってやる。案内しろ、死神」
「本当ですか!? ありがとうございます!! ……それと、死神じゃなくて女神ですーっ!!」
「そうか。そうなんだろうな。お前の世界ではな。だから、ニューデリアとやらでお前の女神らしいところを見せてくれ、シェキナ」
「……はい! お任せください!
女神シェキナが、あなたを全力で祝福します!!」
こうして、一人の少女をめぐる神と人間の戦いは終わった。
そして、一つの異世界を救う神と人間の共闘が幕を開ける。
だが、それはまた別のお話。
この物語はここで終わりである。
……ああいや、別に続きを書くつもりもないのだが。
しかし、最後にこれだけは伝えておこう。
兄妹は、二人でいつまでも仲良く暮らしましたとさ。




