全力で殺る
「あ、お兄ちゃん、一緒に帰ろー」
「スミレか。ああ、一緒に帰ろう」
アルトとスミレの兄妹が、仲良く高校から帰宅している。
そこで、ある交差点に差し掛かった。
「あ、この交差点、私がトラックに引かれそうになったところを、お兄ちゃんが助けてくれたところだよ」
「ああ、そうだったな。……む? あれは……」
その時、交差点の先から兄妹に向かって近づいて来る人影が一つ。
ニューデリアの女神、シェキナである。
……クソ女神と呼ばないのか、だって?
ああ、今回は呼ばない。
なぜなら、今回の彼女は真剣そのものだからだ。
「……どうも。お兄さん、妹さん」
「ああ。珍しいな。今回は真正面からか」
「はい。もう、まだるっこしい手段を取ってはいられませんので」
「ふむ。と、言うと?」
「ニューデリア全土が、魔王軍に制圧されました」
「……そうか」
「ですが地上の人々は、まだ生きています。魔王軍の奴隷にされて生かされているのです。しかし、いつまで無事でいられるかは時間の問題。さらに魔王軍は地上を拠点として、いずれ天界にまで攻めてくるでしょう。私には、いえ、私たちには、もう後が無いのです」
「…………。」
「お兄さん、最後のお願いです。妹さんをニューデリアに転生させてください」
シェキナの言葉を受け、アルトはスミレの顔を窺う。
スミレの表情は不安そうだ。
「……妹は、やはり転生したくないらしい。こっちの世界が気に入っているようでな。悪いが諦めてくれ」
「……どうしても、ですか?」
「ああ、どうしても、だ」
「……仕方ありません。やはり私たちは、こうなる運命にあるようですね……!!」
その瞬間、シェキナの身体から凄まじい殺気が発せられる。
その鋭さたるや、超人たるアルトでさえ気圧されるほどのものだ。
「む……!? お前、これほどの殺気を放てるのか……」
「お兄さん……私、気づいちゃったんです。この小説のタイトルが『俺の目が黒いうちは、異世界転生なんぞ許しません!』ってことに」
「小説……? タイトル……? 何を言っているんだ……?」
「ああ、気にしないでください。神の視点でなければ分からないこともあります。……それで、ですね。このタイトルを文字面通りに受け取るのであれば、つまり、お兄さんの目が白くなってしまえば、異世界転生は許してくれる……ってことですよね?」
「…………つまり、お前は………」
「ええ。今日、私は全力で殺りに来たんです。お兄さん、あなたをね!!」
言うや否や、シェキナの全身から凄まじいエネルギーが発せられる。
「貴様……何を……!?」
「一瞬で消し飛ばしてさしあげます! 女神フラッシュ!!」
シェキナは両手にエネルギーを集中させると、それを兄妹に向けてぶっ放した。
破壊の閃光が兄妹に迫る。
「いかん! スミレ、俺の後ろへ!!」
「は、はいっ」
スミレは、急いでアルトの背後へと隠れる。
アルトは、放たれたエネルギー砲を正面から受け止める。
「くおおおおおお……!?」
アルトは何とかエネルギー砲に耐え切ったものの、両手は無残に焼けただれた。
アルトに止められ、分散したエネルギーは、周囲の街をメチャクチャに破壊した。
周囲では、突然の破壊現象を受けて、街の人々が逃げ回っている。
幸い、町人に死者は出なかったようだ。
「く……。お前、これほどの力を持っていたのか……!」
「そりゃあ、私だってニューデリア創生に関わった一柱ですし。本気を出せばこんなものですよ。神、ナメないでくれます?」
そう言ってシェキナが右手を上げると、兄妹を無数のエネルギー弾が取り囲んだ。
「これは……」
「今からあなたたちに向けて、このエネルギー弾を集中砲火させます。妹さんを守りながらどれだけ耐えられるか、見物ですね」
「貴様……っ!」
シェキナが上げた右手を振り下ろすと、兄妹に向かって一斉にエネルギー弾が飛んでいった。
一切の逃げ場がない、エネルギー弾の牢獄だ。
「うおおおおおおおおお!!!」
右から、左から、上から、背後から、エネルギー弾が飛んでくる。
その全てを、アルトは拳で弾いて打ち消していく。
妹を守るため、高速移動しながら、全方位から襲い来るエネルギー弾を、だ。
「がああああああああああ!!!」
エネルギー弾の集中砲火は30秒ほど続いた。
そう書くと短く感じるかもしれないが、その間にアルトは、絶えず全方位からのエネルギー弾を打ち消し続けたのだ。その消耗は計り知れない。
「はぁ……はぁ……無事か、スミレ」
「うん……。でも、街が……」
兄妹に命中しなかったエネルギー弾は、流れ弾となって周囲の街を破壊した。
あちこちで混乱の声が上がっている。
幸い、町人に死者は出なかったようだ。
「いや、それより、あの死神はどこに……」
「ふふふ……。そういえばお兄さん、あなたが第2話『植木鉢で殺る』で私に言ったこと、覚えてます?」
「この声は……上からか!?」
「確か、『神なんだからロードローラーでも降らせてきたらいいだろうに』でしたっけ?」
その瞬間、兄妹の頭上に大きな黒い影がかかる。
「あれは……まさか!」
「そうですっ!! お望みのロードローラーですよぉぉぉぉ!!!」
ズガン、とアルトに巨大なロードローラーが落ちて来た。
「ぐっ!? く、おおおおおおおおお!!!」
ロードローラーの落下を受け止めるアルト。
下にいる妹を守るため、全力で衝撃に耐え切る。
しかしシェキナは攻撃の手を緩めない。
「さすが、この程度じゃ倒せませんか。けれど現在はキャンペーン期間中でしてぇ~、今ならサービスでもう一台ついてきちゃうんですよぉーっ!!!」
そう言うと、二代目のロードローラーをアルトに向かって投げつけた。
一代目のロードローラーの上に、二代目のロードローラーが圧し掛かる。
「ぶっ潰れよぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
さらに、二代目のロードローラーの上から、シェキナが連続で踏みつけてくる。
二台のロードローラーと女神のストンプ。
大地を割るほどの衝撃がアルトを襲う。
「ぐぅ……!! ぬあああああああ!!」
「うわぁ、キツそうですねー。どうです? 妹さんの魂を差し出せば助けてあげますよ?」
「おのれ、やはり死神……!」
「女神ですーっ!! さぁどうするんですか? 妹さんですか? 潰れますか?」
「ふざけろ……っ! うおおおおおおおお!!!」
渾身の力を振り絞り、アルトは落ちて来た二台のロードローラーを放り投げた。
ズン、ズン、と、ロードローラーが道路に落ちる。
幸い、落下地点に町人はいなかったようだ。
「はぁ……! はぁ……! ……あぁ、確かに言ったな。神なら落としてみろ、と。そして『それでも勝つのは俺だが』とも言ったぞ……!」
「ふぅん。流石ですね。そうでなくては面白くありません。ここからは更なる全力。言わば本気の本気ですよ。ついて来れますか?」
「上等だ……! 来い……!!」
「では遠慮なく。……行きますよぉ!!」
シェキナがエネルギーを収束し、レーザービームを放つ。
スミレを抱きかかえながら、それを避けるアルト。
レーザーは街を薙ぎ払い、火の海で包んだ。
幸い、町人に死者は出なかったようだ。
次に、シェキナが天高く飛び上がり、地面に急降下してきた。
落下の衝撃で、大地が天変地異の如くせり上がる。
アルトは引き続きスミレを抱きかかえ、迫りくる大地から退避する。
幸い、町人に死者は出なかったようだ。
そして、シェキナは手のひらにエネルギーを集中させ、ボーリング球ほどの大きさにまとめると、兄妹に向けて発射した。
アルトは、飛んできたそれを片手で弾き飛ばす。
弾き飛ばされたエネルギー弾は、着弾地点で大爆発を起こした。
半径800メートルを飲み込むほどの大爆発だ。
幸い、町人に死者は出なかったようだ。
「……ええい! あなたたちもですが、ここの町人たちもメチャクチャ頑丈ですね!? これだけやって未だ死者ゼロってどうなってるんですか!?」
「S市の人々の多くは、健康で身体が丈夫だからな。平均寿命も国内トップクラスだ」
「限度があるでしょう限度が!! 人間兵器生産所か何かですかこの街は!?」
喚くシェキナだが、実のところ、その内心ではかなり焦っていた。
(これはいけません……。ニューデリアからの信仰が少なくなっているせいで、思ったよりパワーが出ません。このままでは、お兄さんを仕留める前に私がエネルギー切れを起こしてしまいます……)
そうなれば、今日もスミレをニューデリアに連れていけない。
ニューデリアを救えない。
さらに、ここまで街を破壊してしまい、天界でも地球でもお咎めなしとは思えない。
シェキナには、いよいよ正真正銘、後が無い。
「し……仕方ありません……。これだけは出来れば使いたくなかったのですが、もはや止む無しです!!」
そう言うと、シェキナは両手を頭上に掲げ、エネルギー弾を生み出す。
エネルギー弾はみるみるうちに大きくなっていき、周囲のガレキを吸い込んで、消滅させる。
それを見たアルトは、驚愕の表情でシェキナに声をかけた。
「お前……まさか……!!」
「お察しのとおりですよお兄さん!! 私にはもう後がありません!! ですので、あなたたちを確実に仕留めるために、この星ごと……消す!!!」
一人の少女をめぐる神と人間の戦いは、とうとう地球の行く末を左右する戦いにまで発展した。
次回、感動と「まぁ、そうなるな」な最終回に続く。




