トラックで殺る
異世界「ニューデリア」は未曽有の危機に晒されていた。
古代の魔王が復活し、空も海も大地も魔物の軍勢に覆われた。
世界が魔王の手に落ちる日は、刻一刻と近づいていた。
人々は願った。勇者の到来を。
この世界の危機を救ってくれる英雄の誕生を。
そんな人々の願いを受け、天界にて一柱の女神が立ち上がった。
「お任せあれ! 世界をパパっと救ってくれる超チートな勇者を探してきましょう!」
この女神の名前はシェキナ。
ニューデリアにおいて広く信仰されている女神である。
見た目はというと、金髪碧眼に白いローブを身に纏い、背には極光を背負うニ十歳ほどの外見の女性と、最近の女神のイメージ通りの女神である。
シェキナは次元の門を開くと、ニューデリアとは別の世界、「地球」へとやって来た。
自身を透明化し、地球の空をふわふわと漂う。
眼下に広がる日本の街並みを、品定めをしているかのような目つきで眺める。
……というか、実際に品定めをしているのだ。
街で生活している人々を。
誰が自分の世界を救う勇者に相応しいか、を。
「んー、ロクなのがいないわねー。あっちのメガネの人は……あ、ダメだ、素質最悪だわ。そっちの太めの人は……職業適性が『遊び人』だけ。論外ね。そこの普通っぽい人は……うわー普通。面白みがないステータスになりそう」
地球の人間が異世界に転生すると、地球では考えられないような身体能力や技術、才能などを生まれつき備えている可能性がある。
シェキナは、この地球の人間がニューデリアに転生した場合、どのような素質を手に入れるかをあらかじめ知ることができる。この能力を利用してチートな素質を持つ人間を探し、ニューデリアを救う勇者に仕立て上げるのだ。
『女神の祝福』などで素質の無い人間にチートスキルを持たせることも可能ではあるが、シェキナ自身に様々な制約が発生したり、天界における女神としての格に影響がでたりするなど色々と面倒くさい。
そのためシェキナとしては、どうにかして元々高い素質のある人間を見つけたいところであった。
ニューデリアから地球に勇者候補を探し求め、はや二週間。
そして、ついに。
「……見つけた!!」
空から街を見下ろしていたシェキナが声を上げる。
視線の先に居るのは、一人の少女だ。
色白の肌に黒いロングヘアー、背はこぢんまりとしていて全体的に儚い印象を与える。
服装は紺色のセーラー服。お手本のように綺麗に着こなしている。
「ふー。学校終わったぁ。お家に帰ろ」
彼女の名前は斉賀 墨花。
公立S高校に通う一年生である。
容姿端麗、頭脳明晰ではあるものの、この地球においてはただそれだけの少女。
しかしシェキナの目は、彼女の秘められた才覚を見抜いていた。
「あの子がウチに転生してくれれば、ステータスはオールカンスト、全ての魔法が使用可能、職業適性オールクリア、カリスマ満点、才色兼備、剣聖にでも賢者にでも令嬢にでも王族にでもなれる最強のチート勇者が誕生するわ!! これでニューデリアは安泰ね!」
興奮しながらスミレの後を追うシェキナ。
別に空から追跡できるのに、わざわざ地上に降りてスミレを尾行する。
とはいえ、透明化はかけたままなので、スミレが振り返っても気づかれることは無いのだが。
スミレは一人で下校しており、ちょうど横断歩道に差し掛かったところだ。
「……よし! 因果律をいじって、あの子にトラックをぶつけます! 死んで魂が飛び出てきたところを私が捕まえて、ニューデリアにご案内、これで行こう!」
物陰からチョイチョイと因果律をいじるシェキナ。
これでスミレの運命が確定した。
これから彼女は横断歩道を渡り、飛び出してきたトラックにはねられ、生を終える。
何の罪も無い少女を、何の説明も無しに、自分の都合でいきなり殺しにかかるとは、なんというクソ女神だろうか。
歩行者信号が青になった。
スミレが横断歩道を渡り始める。
そして、突然スミレに向かってトラックが走ってきた!
「え!? え!?」
足がすくみ、動けなくなるスミレ。
もはや絶体絶命か。
と、その時。
「さぁぁぁぁせぇぇぇぇるぅぅぅぅかぁぁぁぁぁ!!!!」
一人の男子高校生が超スピードでスミレの前に駆け寄ると、あろうことか素手でトラックを受け止めた!
「あ、邪魔が入った!?」
シェキナは思わず声をあげる。
トラックはうなりを上げて、男子高校生を引き倒そうと暴走する。
それを男子高校生は真正面から食い止める。
トラックと男子高校生、両者のパワーは拮抗している。
……いや、男子高校生の方が強い。
トラックの正面衝突に耐えながら、中の運転手を気遣い手加減している様子さえある。
やがてトラックは、プスンと音を立てて動かなくなった。
トラックから運転手が下りてきて、男子高校生に深く頭を下げる。
「に、兄ちゃん、大丈夫だったか!? いきなりエンジンが言うこと聞かなくなっちまったんだ!」
「問題ない。日常点検を怠らないように」
それだけ言うと、男子高校生はさっさと運転手を解放してしまった。
そしてスミレに向き直り、彼女に声をかける。
「……怪我は無かったか、スミレ」
「うん。ありがとう、お兄ちゃん」
「この辺は交通量が多い。気を付けて歩け」
「うん。分かった」
「これを持って行け。お前を守ってくれるお守りだ」
「わぁ、白くてかわいい袋。大事にするね」
男子高校生からお守りを受け取ると、スミレは去っていった。
この男子高校生の名前は斉賀 有人。
スミレの2つ上の兄である。
妹と同じS高校に通っており、超人である。
身長は190センチに届くかというほど大柄で、がっしりとした体格を持ち、鋭いつり目、前は目元まで後ろは肩までかかるほどの、男子にしては長い黒髪を持っている。その威圧的な雰囲気たるや、さながらマフィアか殺し屋かと思うほどである。
「……さて」
アルトは、物陰に隠れているシェキナを見やる。
(……あれ? 思いっきりこっち見てる? 私、透明化使ってるよね?)
アルトは、ゆっくりとシェキナに歩み寄ってくる。
(バレてない、バレてない、こっちに来てるのは何かの偶然のはず……)
「お前の仕業か」
(バーレーてーるー!?)
アルトは、透明化しているシェキナになぜかハッキリと気付いていた。
彼女の目の前まで来ると、恐ろしい目つきで彼女を見下ろす。
「……やっぱり、私に話しかけてます?」
「お前以外に誰がいるんだ。金髪碧眼に白いローブって、街中で変な恰好しやがって、死神め」
「し、死神!? 私は女神ですーっ!」
「物陰から他人の妹の命を狙う神なんて、死神じゃなければ何なんだ」
「だいたい、私があなたの妹の命を狙ったって証拠はあるんですかーっ!?」
「さっき俺がトラックを受け止めた時、『邪魔が入った!?』って叫んだろ」
「」
「返す言葉が無いようだな。聞かせろ、なぜ俺の妹を狙った」
「え、えーとですね……」
シェキナはアルトに、スミレを狙った動機を聞かせる。
「……というワケで、私の世界のピンチなんです! お願いです、妹さんをウチに転生させてください!」
「断る」
「そこを! そこをなんとか!」
「ふざけろ」
「世界の存亡がかかってるんですよ! あなた鬼ですか!」
「鬼いちゃんだ」
「上手いこと言ったつもりですか!」
必死に懇願するシェキナに対して、断固拒否を貫くアルト。
そして……。
「……あ、そうそう。さっきのトラック、なかなか効いたぞ」
「え? あ、はい、そうですか……」
「というワケで、一発は一発な」
「はい?」
アルトは拳を振りかぶると、シェキナを殴り飛ばした。
「ふんっ!!」
「あんどれっ!?」
意味の分からない悲鳴を上げて、5メートル以上吹っ飛ばされるシェキナ。凄まじい欧打音が周囲に響き渡るほどの一撃だった……が、彼女は涙目になるだけでムクリと起き上がる。
「痛ったぁい!? 何するんですか女神に向かって! 不敬ですよ!」
「一応は女性っぽいから少し手加減してやったが、割と平然としているな。もっと思いっきり殴るべきだったか」
「『女性っぽい』って、ちょっと失礼すぎやしませんかー!? 私は女神ですぅー!!」
「やかましい! そこに直れ死神め! いいですか、俺の目が黒いうちは、異世界転生なんぞ許しません!」
キッパリ言い切ると、アルトは去っていった。
それを聞いたシェキナは、プルプルと肩を震わせて、叫んだ。
「じょーとーです! 女神シェキナの威厳にかけて、妹さんは絶対に転生させますからねーっ!!」
かくして、一人の少女をめぐる神と人間の戦いが始まった。
勝利の女神は、果たしてどちらに微笑むのか。
たぶん呆れて風呂入ってる。
勝手に戦え。
主要登場人物紹介
・シェキナ
異世界「ニューデリア」にて信仰される死神。
違った、女神。いややっぱり死神か?
人々の願いを受けて、ニューデリアを救う勇者を探しに地球までやって来た。
今世紀において十指くらいに入るかもしれないクソ女神。
転生者として素晴らしい素質を持つスミレを発見し、彼女をニューデリアに転生させるべく、あの手この手で彼女の命を狙う。やっぱ死神だわコイツ。
・斉賀 有人 <サイガ アルト>
公立S高校に通う三年生の男子。スミレの兄。
妹をシェキナの毒牙から守るため日々奮闘している。妹大好き。
超人的身体能力を持つ最強のお兄ちゃん。フィジカルお化け。透明のシェキナが見えたので霊感もあるかもしれない。家事もいける。
なんだこの怪物スペック転生者か。
・斉賀 墨花 <サイガ スミレ>
公立S高校に通う花の女子高生。一年生。
「異世界に転生したら超チートな勇者になるから」などという、はたから聞いたら言いがかりにしか聞こえない理由でシェキナに命を狙われている。かわいそう。