第8話『トランスマテリア粒子』
私達の訓練が始まって数日が経過した。下手な運動部のトレーニングよりハードだと思うが、仕方の無いことだとは思う。
「トランスアームズって言うのは自分の体に鎧を纏っただけに過ぎないの。大半の機体に搭載されてるのはマスタースレイブ方式って言って、操縦者の動きがほぼダイレクトに反映される操縦システムが採用されてる。だから戦闘の技術も操縦者本人の能力が反映される、ここまでOK?」
今日の部活動は座学だ。鳳先生がトランスアームズについての講義、知識を深め自分達の操るモノを理解するためのもの、らしい。他の二人はまだしも、私に関しては一切の知識が無いからこう言う講義はとてもありがたく、必死にメモをとっている。
「質問です。逆に搭載されていない機体は?」
「かなーり特殊な機体になるね。もしかしたらやりあう可能性もあるから、教えとこっか」
私が手を挙げ質問を発すると彼女は即座に返してくれた。
「まずトランスアームズには大まかに2種類のタイプがある。1種類目は貴女達がよく使う人型、所謂『スタンダードタイプ』って呼ばれてるもの。基本的にパイロットが『纏う』形になるから体格なんかはパイロット依存、コアは原則として1個だけ」
ホワイトボードに人型のロボットのようなものを描き、下のところにスタンダードと記していく。そして横には人型じゃない、まるで蜘蛛の化け物のような形状の異物が描かれる。
「もう1種類は『フォートレスタイプ』、1人じゃなくて複数の人間が乗り込むタイプのトランスアームズ。サイズは5メーターくらいから数十メータークラスまで様々、コア・ジェネレータを複数搭載して火力・防御力は並じゃないし中には運動性が化け物みたいな機体もある。今書いてるのは蜘蛛型だけど、蜘蛛じゃない形の機体なんていくらでもあるよ」
「成る程… じゃあ大会とかにはこんな機体がいっぱい…」
「意外とそうじゃないのよね。その理由を、はい火澄ちゃん」
指し棒で氷室さんを指す鳳先生。氷室さんが立ち上がり、流暢に答えを述べていく。
「諸問題が多いから、です。搭乗者同士の連携が足りなかったらすぐ擱座する、複数のコアを使うからその分特殊なコアが必要になってその分費用が嵩んだり… 何よりスタンダードより大型な分、いくら防御が強くても弱点だってその分見つけやすかったり」
「問題点だらけ…」
「そうは言っても強い人たちの機体は強いよ。決して油断しないこと」
鳳先生は私の呟きを聞き逃さず釘を刺す。私とてそんな事くらいは理解しているが一応はい、とだけ返事をする。満足したように頷いた鳳先生はホワイトボードの文字を消して、今度は新しく『トランスマテリア粒子』と大きく書いた。
「じゃあトランスマテリア粒子について今度は学んでいこうか。私達に密接に関わることだからね。まずは率直に、貴女達がどの程度粒子を理解しているかから。海乃ちゃん、答えて」
「トランスマテリア粒子は1980年に…」
「いや、そう言う概説じゃなくて率直な意見を答えて」
「…万能の粒子?」
「まぁ当たらずも遠からず、って答えだね。じゃあ灯花ちゃん、答えてみて」
「トランスマテリア粒子の特筆すべき点はエネルギー効率の高さです。従来では実現不可能とされていたビーム兵器を実用化し人が扱えるサイズまでダウンジングサイズまで行うことができたり、トランスアームズのようなロボットを実戦に耐えうるほどにエネルギーを供給できるようになりました。
また別空間へと干渉することでトランスアームズを量子化することや、コア・ジェネレーターのような掌台のサイズでも家庭で使う電力を賄うことができます」
「模範的解答をありがとう。でもちょっと足りない」
そう言って鳳先生が『トランス』と『マテリア』をそれぞれ赤いペンと青いペンで丸を描いて囲む。
「トランスマテリア粒子にはもう一つの性質が存在する。それは物質と結合することでその物質構造を変容させたり粒子同士で結合して物質を生成する性質、例えば壊れたトランスアームズなんかコアから量子化しちゃえば暫く放置すると元通りになったりする。それはトランスマテリア粒子が結合・変容したことで起きてる事象なのよ」
その影響で科学技術は大幅な進歩を迎えたのは言うまでも無く世界共通の認識だろう。数十年前までは発展途上国と呼ばれた国も先進国より少し劣る程度の技術や生活を手に入れており、トランスマテリア粒子による技術は広く世界に浸透しつつある。
「ま、粒子が齎したのは良い事だけじゃないけどね。利権問題や化石燃料の需要低下で起きた中東の諸国の問題とか」
世界はモノと違って簡単に変容することは出来ない、と言う事なのだろう。現に中東では輸出が大幅に減ったことで経済が悪化したり、テロの激化などが起きたと授業で習ったことがある。日本でもそう言う問題は少なくなく、例えば自動車業界であれば車にコア・ジェネレーターを搭載しようとしたところズブズブの関係だった石油会社から圧力がかかってつい最近まで開発できなかった、なんてこともあったらしい。世界って本当面倒だと思う。
「本当ならもう少し踏み込んだ話もやっていきたいところだけど、今日のところはこれで終わり。あとは皆にお知らせ」
そう言って彼女が手を叩き、私達にプリントを配る。そこに記された内容を見て3人揃って「えっ」と声が漏れてしまう。
「今週末、練習試合をやります。対戦相手は私の母校の選手ね」