第6話『わたしにできること』
戦闘の火蓋が切って落とされ、相手の火器が火を噴く。ビームと実弾が混ざり合った攻撃を避けつつ森に紛れ込み、姿を隠す。距離はそこまで取れなかったが木々を始めとした遮蔽物のお陰で暫く凌ぐことは出来るだろう。氷室さんもまた私と同様に木々を盾にしつつ移動し、身を隠すことに成功する。
そしてそれを確認した先輩が敵の三機へと突撃し、マシンガンを乱射しながら距離を詰めて左腕で抜いた刀で1機へと斬撃を放つ。しかし彼女の攻撃は割り込んだブレードを持った機体により防がれており、結果的に先輩が足を止めただけになった。
「防がれた…!?」
「速いが、こっちの機体に勝てるか!」
先輩が距離を取ると同時に3機がフォーメーションを組み、連携しながら烈花の機体へと襲い掛かり、3対1のドッグファイトが始まる。空中で銃弾の火花が飛び交う戦いが繰り広げられ、その光景を私と氷室さんは見ていることしか出来ない。
「駄目、あの連中の機体相当チューンされてる…!」
氷室さんがデータリンクを介して私へとベース機体とカスタム箇所、そして性能緒元の予測データを送りつけてきた。3機共ベース機は共通で航空機を髣髴とさせるような、全身が鋭角な形状の『ナイトホーク』と呼ばれる機体で、1機目には頭部にセンサーとロングライフルを装備した指揮官仕様、2機目は右腕にガトリングと左腕にミサイルランチャーを装備した支援型、もう1機は手持ち式レールガンとブレードを装備した近接仕様となっている。さらに『ナイトホーク』は元々空戦型の機体で空中での運動性能は非常に高い機体と言われており、いくら軽量化によって運動性能を強化した烈花と言えど不利になるだろう。
このままでは私達は負ける。この『道』は勝ちには遠く、正攻法で戦えば初心者の技量の私達では彼らに敵うのはほぼ不可能と言っても良い。
(じゃあどうするの?)
私は頭の中で自分自身に問うた。今の私達に出来ることは何か、やったとして何が起きるのか、頭をフル回転させて思考していく。そんな中、ふと一つの記憶が蘇った。
『また私の勝ちね』
幼い日の記憶の断片、思い出したくも無い人の言葉、何故かこう言うときに浮かぶのはこう言うものばかりだった。多分何かの勝負に負けて私は悔しがっているのだろう、記憶の中の少女は悔しがる私の頭を撫でて微笑む。
『決して海乃は『力』で私に劣ってる訳じゃない。だからきっと、いつかは私に届く筈だから』
(いつだってそうだ。 『あの人』はいつも、自分の優位な状況を作るための策を弄する。そして気が付くと、掌の上に乗せられて… そうか、そうすれば良かったんだ)
それだけの『力』が私にあるのなら、この状況を覆すことができるのかもしれない。最早手段は選ぶ余裕は無い、やるだけだ。
頭の中をクリアにして雑念を消し、そこに先ほど得た情報や今までの相手の動き方一つ一つをインプットしていく。その情報を元に現状を判断、そして『ゴール』を決めてそこまでの道を情報を元に導き出していく。
「氷室さん、そのキャノンが使える弾種と残弾は?」
「HE弾とAP弾が5発ずつ、あんまり撃てないわよ」
「大丈夫、それだけあれば勝ちにいけます」
「え…?」
AP弾《徹甲弾》以外にHE弾《榴弾》が積載されていたのは僥倖だ。これなら勝てる、そう私はようやく確信を抱くことが出来た。
「これから指示する通りに砲撃して。 敵はこちらを警戒していない、今なら不意を打てる」
「だけどそうなったら撃たれるのはこっちに…」
「そうでしょうね。後ろからの攻撃を無視出来る程優しくは無い。だけど私達に目が向けば?」
「! 先輩がフリーになる…!」
氷室さんも私の目的に気付く。私は彼女とデータリンクでセンサー情報を共有、恐らく彼女の機体より私の方がセンサーや通信機の類が強化されているから、目標情報を彼女へと送信した。その情報を受け取った氷室さんの機体の肩に装備された大型キャノン砲の砲身が展開される。
「HE装填、照準は敵の火力支援型。次弾もHE、次々弾はAPを」
「分かった…!やってやるわよ、こうなったら…!」
「信管を近接にセット。砲撃開始まで5、4、3、2、1… 砲戦開始!」
「まずは、初撃よ!」
放たれるHE弾の弾頭、その砲弾がガトリングを装備したナイトホークに近付き弾頭が炸裂する。突然の出来事に少し浮き足立つ敵チーム、さらに先輩も焦りを見せ私達へ通信を入れる。
「二人共、まだ早い…」
「いいんです、これで!次弾装填、仰角マイナス2度修正!」
「了解!」
だが1発、しかも威力のそこまで高くなく直撃とは言えないHE弾、貰ったところで大したダメージでは無い。その為即座に反撃のミサイルランチャーが放たれる。だがそれこそ狙い、私は再度氷室さんへと砲撃の指示を下した。
「第二射、発射!」
砲弾が放たれ、今度は多数のミサイルを炸裂した榴弾が巻き込み、ミサイルが爆発する。生み出された爆炎が私達を彼らの目から隠し、相手はこちらの動向を目視で掴めなくなった。それはこちらも同じ、しかしこちらにはフレスヴェルグの強化されたセンサーがある。
「目標、敵指揮官機! AP弾、発射!」
「これで、墜ちろっ!」
AP弾がブラストアイギスの砲身から射出され、自分が狙われる事を想定していなかったであろう指揮官用のナイトホークに直撃、その一撃が致命傷となって機体が墜落し『撃墜』の判定が敵指揮官機へと下された。
「や、やった…!」
「次、ミサイルによる牽制射! 浮き足立っている今、押し込む!」
「了解!」
ブラストアイギスからミサイルが放たれると同時に私も加速し、彼らと距離を詰める。フレスヴェルグの加速能力は私の想定以上に高く、アッサリと距離を詰めることが出来てしまい指揮官を失い統制の取れなくなった彼等はうろたえていた。それこそが私の狙いであり、私は機体を上昇させ、彼らの上空のフィールドの限界に近い位置まで昇る。呆気にとられる2機、そして彼等は私に気を撮られて近くに誰が居るかを忘れていた。
「先輩!」
「はい!」
敵の火力型カスタムのナイトホークに先輩が迫り、二刀流による斬撃を放ち、無防備なまま攻撃を受けたナイトホークはスラスターが破損し失速、墜落の衝撃でバリアのエネルギーが尽きて撃墜となる。残りは1機、私は上昇するフレスヴェルグの腰部に装着されたフレキシブルバインダーを逆噴射し急制動、バスターソードを両腕で抜き放ち最後のナイトホーク目がけて太陽を背に一直線に落下する。
こちらの攻撃をブレードで防ごうとする最後のナイトホーク、しかし重力加速に加えてバスターソードというある程度の質量を持った武器相手にブレードは脆く、振り下ろした斬撃がブレードを粉砕し、頭部に一撃が叩き込まれそのまま墜落、撃墜扱いとなる。
(勝った… これが、トランスアームズバトル…)
試合終了のブザーが鳴り響くと同時に私の心を勝利の高揚感が支配した。私にもこのくらい出来るんだと、私でもやれたんだと、そんな思いが心から浮かび上がってくる。そして気付く、自分の手が少しだけ震えていたことに。
(始めて、良かったかも)
そんな言葉、頭をふとよぎるのだった。 しかしその時は知る由も無い、私達が辿る運命、その道がどれだけ茨道であるかを。 私達を見つめる視線が屋上、そこに設置された給水塔の上に佇む一人から発せられていたことを。そして彼女は給水塔から中庭へと生身で飛び降りる、その顔に笑みを浮かべながら。
翌日、私達は再度部室に集まり先輩から色々な話を聞かされた。この部が予想に反し存続し正式に活動ができるようになったこと、そして私達に外部から『特別顧問』が就くことになった、と。
「外部講師の特別顧問、ですか?」
「はい。昨日のバトルを見て、興味を持ったと」
私が先輩に問うと返って来たのはそんな理由だった。まぁ誰にせよコーチが付いてくれるのは嬉しいし、昨日の試合を見られていたのであれば講評なども聞いてみたい。
「では入ってください」
勢い良く開かれる扉、そこに立っていたのは見た目は私達と身長も年齢もほぼ同じくらい、少女と言っても差し支えないような人物だった。セミロングの茶髪をポニーテールに纏め、少しオレンジみがかかった瞳をしており、どこか子供っぽい印象を受けるもどこか自信と強気に満ち溢れている。
「…私達と変わらないじゃない」
氷室さんが呟く。言いたいことは分かる、がそれは幾らなんでも失礼じゃないのか。
「失敬な。これでも成人してるし、お酒も飲めるよ」
そう言って1枚のカードを氷室さんへと投げる。覗いてみるとそれは免許証で、しかも大型自動二輪用のものだった。こんな小柄な人物が本当に乗れるのかはいささか疑問ではあるが、どうやら本当に大人らしい。そして先輩が逸れかけた方向を直し、先生?へと自己紹介を促す。
「先生、自己紹介を」
「はいはい、っと。 初めまして、私は『鳳 瑞希』。 貴女達の特別顧問を受け持つことになりました。
趣味は修練と機械弄り、あと弟子募集中。 よろしくね、みんな」
『鳳 瑞希』を名乗るその女性の事を先輩以外、私達は知らなかった。その人物がどんな人物なのか、どれ程のモンスターであったのかを、そして彼女と私の、以外な接点が存在したことを…