手を繋いで映画に行こう
普段は行かない都会ということもあって、なんだか人混みに酔いそうだ。
俺の隣を歩くのは委員長……寄木 菜奈さんが、どこか楽しそうな表情を浮かべている。
学校では常に冷静沈着で、基本的に一人黙々と本を読んでいる印象しかなかった。しかし、委員長と話し始めてからというもの、彼女は話せば意外とお喋りをするのが好きみたいだ。
だから、委員長は俺を良い話し相手だと思ってくれているのだろう。
そうであろう?
「委員長……?」
「どうしたの?」
何事かと小首をかしげる。その仕草がなんだか可愛らしいものだが。
「あのさ……手繋がなくてもよくない?」
新宿駅を出て、道案内をお願いしたところ、俺の手を引きそれからずっと手を繋ぎっぱなしだ。
女性に免疫のない俺にとっちゃ一大事なのだ。ほら? 手汗とか、気になるじゃん? 気持ち悪いって思われたら困るじゃん? 傷つくじゃん!?
「だって、はぐれてしまったら困るわ。だから……映画館に着くまでで良いの。ダメかしら?」
不安そうな目で見つめて来る。そんな捨てられそうな子犬の目で見ないでぇ! そんな顔されたらダメだなんて言えないだろ!
「い、いや、確かにはぐれたらヤバイね。俺も土地勘ないし……。それじゃあ映画館まで頼むよ委員長」
「わ、わかったわ……。ねえ、それと、委員長って呼ぶのはやめてほしいわ」
「え?」
確かにこれまで、寄木さんのことを委員長以外で呼んだことはない。学校でもみんな委員長って呼んでいたし、逆にそれ以外で呼んでしまうのは禁忌なのではと思ってしまったほどだ。
「寄木、寄木さん、菜奈、菜奈さん……このあたりで呼んでほしいわ。その、友達なのだし」
少し頰を赤らめて、照れくさそうに言う。ヤバイ、可愛すぎる。
それにしても、俺のことを友達だと思ってくれていたのは素直に嬉しい。
「じゃあ寄木さんって呼ぼうかな?」
「……いいけれど」
……ん? 自分で提案しておいて不満なの?
「私が提案しておいてあれだけれど、なんだか距離を感じてしまうわ。出来れば名前で……」
いきなり名前呼びかい!? いやいや確かに、苗字に『さん』までつけてしまうと、友達というよりはただの顔見知りぐらいな感じしかしない気がする。
「じゃあ、菜奈さん?」
「!! そ、そうね! それが一番しっくり来るわ。く、九郎くん?」
「!? あ、ああそうだな!」
急に名前で呼ばれるとびっくりする……。なんというか、京歌とか純恋に名前で呼ばれるのとは一味違うんだよな。
「さ、さあ、あともう少しで着くから、行きましょう」
「う、うん」
わかった。俺は人混みに酔っているんじゃない。彼女と一緒にいてドキドキしているから、緊張しているから気分が優れないのか。
ただ、なんだろう? それとは別に、背筋のあたりがヒリヒリする。なんというかスナイパーライフルで照準を当てられているかのような、妙な胸騒ぎ。
杞憂であるといいが……。
***
「ぐぬぬ……」
兄さんが、私の九郎くんが、他の女とデートしています。
九郎くんは待ち合わせ時間の十分前に新宿駅の改札前到着。そして私も同時刻に到着。
「あれ、君可愛いね。ちょっと食事でも……」
「要りません。失せなさい」
「は、はぃ……」
九郎くんを監視していると、ハエがたかってきて鬱陶しいです。
これで三人目……今日は一体何度たかられるのでしょうか……。でも、それもこれも全ては九郎くんのため。
『委員長〜』
兄さんのボストンバッグに付けておいた盗聴……天使の知らせから聞こえてきました。どうやら泥棒猫のお出ましのようです。
新宿駅を出るようです。
それでは、これより九郎くんの護衛を開始します。
「どういう……ことです」
九郎くんが、泥棒猫と手を繋いでいます。かれこれ十分ほど。
私でさえあそこまで手を繋いだことはありません。
『菜奈さん?』
!?!?!?
とうとう名前呼びまで……!!!
『く、九郎くん?』
九郎くんと呼んでいいのは私だけです! 今にも血管がはち切れそうになってきました。あの泥棒猫……いかにも怪しい。いくら趣味がかち合うからといって、最近友達になったぐらいでここまでベタベタしないでしょうし、あんなにも可愛子ぶりっ子などしないはず……。
やはり、九郎くんに近づく女は皆敵!!!
「安心してください。私がちゃんと守ってあげますから」
「!?!?」
「ど、どうしたの九郎くん?」
「なんか急に寒気が……。ま、まあ大丈夫。気にしないで」
「そう? それならいいけれど……」
なんかマジで、嫌な予感がする……。
更新遅くなりました。すみません。
それと、異世界ファンタジーモノも投稿しているので、よかったら読んでください!