表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/8

第8話 determination

 翌日、カイルはラボへ向かった。


 研究員のエリックから、調査結果を聞くためだ。

 エリックは昨日、カイルが発見した遺物を研究するため、戦艦〈ドレッドノート〉の遺構に入っていた。遺物の発見場所へ行き、言うなれば「現場検証」をしていたらしい。


 ラボに入ると、何やら浮かない顔のエリックが、カイルを待ち受けていた。

「やあ、君か……」

「どうした。昨日はあんなに張り切ってたのに」


「聞いてくれ。壁が開かないんだ」

 エリックはそう言うと、せきを切ったように話し始めた。


「昨日話した通り、僕たちは、君があの遺物を回収した現場へと向かった。場所もマップの通りで、すぐに君の言っていた『光る壁』を見つけられたよ。……でも、問題はそこからなんだ!」


 見ている側も悲しくなるような表情で、エリックが言う。

「壁は勝手に開くどころか、びくともしない。僕たちも作業用ウォーカーで行ったから、切断したり、こじ開けたりもしようとした。だけど、これが恐ろしく頑丈でね」


 予想外の展開に、カイルは驚く。自分のときは確かに、ひとりでに壁がスライドしたのだ。

 それに、カイルがいた間、壁はずっと開いたままだった。いったいいつ閉じたのだろうか。


 エリックが続ける。

「つまり、僕らはその部屋に入ることすらできなかったってわけ。君のときは、どうして勝手に開いたんだろう?」


「わからないな。おれは特に何もしてない」

「そうか。――でも、収穫はあった。あの部屋の装置や照明がまだ稼働してること自体、驚くべきことだ。百年以上続いてるわけだからね」


 先ほどとは一転、やる気をみなぎらせるエリック。

「これからもあの場所には足を運んでみるけど、基本的には円柱形の本体の方を、引き続き調べてみるよ。かなり時間がかかるかもしれないけど、運要素もあるから、なんとも言えないね」


 それが途方もない作業だということは、素人のカイルにもわかった。

 旧時代のロストテクノロジーは、現代からすれば魔法と言ってもいいような代物だ。その一つを、あの円柱だけを頼りに解き明かそうというのだ。


「まあ、頑張れよ」

 カイルはそれだけ言って、この饒舌な研究者に別れを告げた。






 それから数日は、軍用アーマードウォーカーの訓練に追われる日々が続いた。

 ゼルク小隊の三人による指導の甲斐あって、カイルは少しずつ、着実に実力を伸ばしてきた。


 ある日の訓練前のこと、いつも訓練の様子を見ていたサミュエルが言った。

「そろそろ頃合いだな」


 カイルはいぶかしげだ。

「何の話だ?」


「ウォーカーには、機種ごとに違った強みがあるだろう? お前の機体にも、強力な切り札がまだ一つ残ってる。今日はそれを教えよう」


 初めて聞く話だった。カイルは身を乗り出す。


「この基地で、カイルと同じ機体をほとんど見かけないのには気づいてたか? ――実は、この機体の持つ能力が、その理由でもあるんだ。かなり強力なのは確かだが、乗り手を選ぶ」


 それを聞いたカイルは不思議に思った。

 乗り手を選ぶ、とはどういうことだろうか。そんな事情がありながら、自分にこの機体が与えられた理由もわからない。


 サミュエルが続ける。

「それに、こいつは状況次第で諸刃の剣にもなる。必ず、ここぞという時だけ使うんだ」

 そうやって何度も念を押されつつ教わったその能力は、確かに強力なものだった。しかし、サミュエルがそれを「諸刃の剣」と称する理由も、自ずと理解できた。

 これを使いこなすには、相応の時間がかかりそうだった。






 カイルはその後も、ひたすら訓練に明け暮れた。研究員のエリックからも、特にめぼしい報告はなかった。


 そうしてまた数日。移ろいゆく時の中で、この「日常」が永遠に続くような気がしていた。


 だが、戦争という現実が、そんな微睡まどろみのような時間を拭い去る。この基地、そしてこの世界での、「日常」が。






 太陽が高く昇り、砂漠の大地を灼き焦がす頃。

 基地に、けたたましい警報音が鳴り響いた。

 カイルが巻き込まれた、敵の「陽動作戦」から実に一週間。敵が再び攻勢に出たのだ。


 この日も訓練をしていたゼルク小隊の三人とカイルは、すぐさま格納庫へ戻った。


 フィオナとエレーナは、整備士に訓練用の武装を換装させ、サミュエルもすぐに自機に乗り込んだ。


 カイルが何か言いかける前に、サミュエルが無線で言った。

「カイル、お前は待ってろ。実戦にはまだ早い」

 フィオナも、何でもない様子で言う。

「今回は敵も少ないみたいだから、すぐ片付けてくるよ」


 カイルは何も言えない。


 無力感、やるせなさ――。いや、違う。


 自分の未熟さはわかっているつもりだ。

 カイルには素質があったし、訓練も積んだ。それでも、経験を重ねたパイロットたちとの歴然とした差を、身をもって感じていたのだ。


 ただ、どうしようもなく胸騒ぎがしていた。胸の奥に、何かがつかえている感覚。




 ゼルク小隊の三機が、格納庫から駆け出して行った。カイルは、遠ざかっていく後ろ姿を見つめることしかできない。


 他の部隊も、次々に発進していく。

 いつしか格納庫の中は、整備士たちの他はカイル一人になっていた。




 訓練用の武装を仰々しく構えている、自分の機体。ペイント弾の込められた機関砲に、高周波振動の解除されたナイフ。

 見た目は変わらないはずなのに、なんだか玩具みたいに思えた。


 操縦席に座り込んだまま、考える。

 自分が行ったところで、何ができる。

 ――何も。

 お前には何もない。自分の内側で、そう囁く声がする。


 それでも、行かなければ。

 誰のためでもない、自分のために。ここで何もしなかったら、きっと自分を赦せない。


 ふと、一週間前の戦闘を思い出した。なぜだか、それは遠い記憶のように。


 ――同じだな。あの時と。

 片頬を上げ、かすかに笑みを浮かべるカイル。あの時も、一人で戦場に飛び込んでしまったのだ。

 今回は、仲間だっている。どこまでやれるかわからないが、足手まといにはならないつもりだ。


 機体から、司令部に無線を繋いだ。

「HQ、聞こえるか。こちら……」

 少し迷ってから言う。

「こちらゼルク4(フォー)。発進許可を」


「ゼルク4? どういうこと?」

 データにない機体からの要請に、オペレーターは混乱しているようだ。




 そこへ、別の女性の声が割り込んだ。

「もう後戻りは効かなくなる。その覚悟があるか」


 カイルにも聞き覚えのある、威厳に満ちた声。その主は――。

「コーネリア司令!」

「答えを出す時が来たようだな、カイル」

「おれは――」

「悪い予感がしたのだろう? どうやら、それが当たってしまったようだ」

 その言葉に、カイルは背筋が寒くなる。


「おれは、行かないと」

 少しずつ言葉を紡ぐ。

「戦争とか、正義なんて、おれにはどうだっていい。だけど、今行かなかったら、きっと後悔する」


 出会ってたった一週間の関係で熱くなって、馬鹿みたいだ。カイルは自分でもそう思った。

 それでも、三人を失いたくなかった。初めてできた、本当に仲間と呼べる存在だったから。


 司令が答える。

「意志は固いようだな。ならば、やってみるといい」

「ゼルク4、発進を許可します」

 オペレーターが応じた。

「ディスポーザブル・ブースターを」

 と、司令が指示する。


 カイルの機体に、作業用ウォーカーに乗った整備士たちが近づいて来た。

 実戦用の機関砲と高周波ナイフを渡し、機体の背中にブースターを取り付けた。


 準備は整った。あとは飛び出すだけだ。

 格納庫の入口に立つ。

 眼前に広がる砂漠。遠くで煙が上がっている。

 カイルはブースターの点火ボタンを押し込む。

 背後に、衝撃と重い爆発音。機体が急加速する。

 砂漠を滑走し、戦場へ。




 司令から再び無線が入った。

「実を言うと、わたしも今回の敵の動きに不穏なものを感じていた。そこまで大規模でない敵に対して、全機を動員したのもそのためだ」

「それで、今の状況は?」

「戦況は拮抗している。数ではこちらが遥かに上回っているにもかかわらず、だ。これは確実に何かある」




 徐々に近付いてくる、最前線。その実情が、次第に見えてきた。


 敵の動きが、おかしい。機関砲の銃撃を、苦もなく躱している。

 まるで、相手の次の動きがわかっているかのようだった。

 味方が二、三機がかりでようやく倒している場面も多い。


 味方の中に、見覚えのある三機を見つけた。ゼルク小隊だ。

 目立った損傷はないようだが、やはり苦戦を強いられている。


 カイルはゼルク小隊の方へ近づきながら、群がる敵機に向けて、機関砲を連射する。


 そのとき、敵機が一斉に動いた。カイルの射線が見えているかのように、左右に揺れ動く。

 当たらない。


 すると、当惑した様子のフィオナから、無線が入った。

「カイル? どうして来たの」


 サミュエルが言う。

「……仕方ない。ここへ来てしまった以上、訓練生扱いはなしだ。一人の兵士として、生き残ることだけを考えろ」

「言われなくても、そのつもりだ」

「そうか。――それにしても、タイミングが悪かったな。こいつら、かなり手ごわいぞ」


 その言葉通り、サミュエルが放ったロケット弾を、敵機が軽々と避ける。

 目標を逃したロケットが、遠くで爆ぜた。


 味方による集中砲火も、有効打を与えられない。

 その一方で、容赦ない敵の攻撃は、確実にダメージを蓄積させていた。




 理由はわからないが、銃では倒せそうになかった。


 奴らを仕留めるには、近接戦闘しかない。

 カイルはそう判断する。




 敵との距離は、遠くない。

 高周波ナイフを抜く。一機に狙いを定め、飛びかかる。

 敵機もそれに応じ、ナイフを抜いた。


 一瞬の静止。互いに間合いを読み合う。


 カイルが動いた。

 至近距離からさらに踏み込み。

 連続で斬りつける。

 熾烈な先制攻撃が入った。

 ところが。


 ――読まれた、だと?

 渾身の攻撃が、全て躱された。

 敵がナイフを振りかぶり、反撃の構えを見せる。


 カイル機は後方へ跳びすさり、一旦距離をとった。


 勝利を確信した敵機が、カイルに追撃を仕掛けるべく、突進してくる。




 ――今しかない。


 カイルの機体だけに備わっている力。

 発動する時が来たのだ。


 ここぞという時だけ使うようにと、サミュエルは言った。だが、それが今でなくていつだというのか。




 発動のための音声コード。

 それに呼応して、この機体は真価を発揮する。


 カイルは静かに、だが力強く宣言する。




A.R.I.S.E(アライズ).――!」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ