第8話 determination
翌日、カイルはラボへ向かった。
研究員のエリックから、調査結果を聞くためだ。
エリックは昨日、カイルが発見した遺物を研究するため、戦艦〈ドレッドノート〉の遺構に入っていた。遺物の発見場所へ行き、言うなれば「現場検証」をしていたらしい。
ラボに入ると、何やら浮かない顔のエリックが、カイルを待ち受けていた。
「やあ、君か……」
「どうした。昨日はあんなに張り切ってたのに」
「聞いてくれ。壁が開かないんだ」
エリックはそう言うと、堰を切ったように話し始めた。
「昨日話した通り、僕たちは、君があの遺物を回収した現場へと向かった。場所もマップの通りで、すぐに君の言っていた『光る壁』を見つけられたよ。……でも、問題はそこからなんだ!」
見ている側も悲しくなるような表情で、エリックが言う。
「壁は勝手に開くどころか、びくともしない。僕たちも作業用ウォーカーで行ったから、切断したり、こじ開けたりもしようとした。だけど、これが恐ろしく頑丈でね」
予想外の展開に、カイルは驚く。自分のときは確かに、ひとりでに壁がスライドしたのだ。
それに、カイルがいた間、壁はずっと開いたままだった。いったいいつ閉じたのだろうか。
エリックが続ける。
「つまり、僕らはその部屋に入ることすらできなかったってわけ。君のときは、どうして勝手に開いたんだろう?」
「わからないな。おれは特に何もしてない」
「そうか。――でも、収穫はあった。あの部屋の装置や照明がまだ稼働してること自体、驚くべきことだ。百年以上続いてるわけだからね」
先ほどとは一転、やる気をみなぎらせるエリック。
「これからもあの場所には足を運んでみるけど、基本的には円柱形の本体の方を、引き続き調べてみるよ。かなり時間がかかるかもしれないけど、運要素もあるから、なんとも言えないね」
それが途方もない作業だということは、素人のカイルにもわかった。
旧時代のロストテクノロジーは、現代からすれば魔法と言ってもいいような代物だ。その一つを、あの円柱だけを頼りに解き明かそうというのだ。
「まあ、頑張れよ」
カイルはそれだけ言って、この饒舌な研究者に別れを告げた。
それから数日は、軍用アーマードウォーカーの訓練に追われる日々が続いた。
ゼルク小隊の三人による指導の甲斐あって、カイルは少しずつ、着実に実力を伸ばしてきた。
ある日の訓練前のこと、いつも訓練の様子を見ていたサミュエルが言った。
「そろそろ頃合いだな」
カイルは訝しげだ。
「何の話だ?」
「ウォーカーには、機種ごとに違った強みがあるだろう? お前の機体にも、強力な切り札がまだ一つ残ってる。今日はそれを教えよう」
初めて聞く話だった。カイルは身を乗り出す。
「この基地で、カイルと同じ機体をほとんど見かけないのには気づいてたか? ――実は、この機体の持つ能力が、その理由でもあるんだ。かなり強力なのは確かだが、乗り手を選ぶ」
それを聞いたカイルは不思議に思った。
乗り手を選ぶ、とはどういうことだろうか。そんな事情がありながら、自分にこの機体が与えられた理由もわからない。
サミュエルが続ける。
「それに、こいつは状況次第で諸刃の剣にもなる。必ず、ここぞという時だけ使うんだ」
そうやって何度も念を押されつつ教わったその能力は、確かに強力なものだった。しかし、サミュエルがそれを「諸刃の剣」と称する理由も、自ずと理解できた。
これを使いこなすには、相応の時間がかかりそうだった。
カイルはその後も、ひたすら訓練に明け暮れた。研究員のエリックからも、特にめぼしい報告はなかった。
そうしてまた数日。移ろいゆく時の中で、この「日常」が永遠に続くような気がしていた。
だが、戦争という現実が、そんな微睡みのような時間を拭い去る。この基地、そしてこの世界での、「日常」が。
太陽が高く昇り、砂漠の大地を灼き焦がす頃。
基地に、けたたましい警報音が鳴り響いた。
カイルが巻き込まれた、敵の「陽動作戦」から実に一週間。敵が再び攻勢に出たのだ。
この日も訓練をしていたゼルク小隊の三人とカイルは、すぐさま格納庫へ戻った。
フィオナとエレーナは、整備士に訓練用の武装を換装させ、サミュエルもすぐに自機に乗り込んだ。
カイルが何か言いかける前に、サミュエルが無線で言った。
「カイル、お前は待ってろ。実戦にはまだ早い」
フィオナも、何でもない様子で言う。
「今回は敵も少ないみたいだから、すぐ片付けてくるよ」
カイルは何も言えない。
無力感、やるせなさ――。いや、違う。
自分の未熟さはわかっているつもりだ。
カイルには素質があったし、訓練も積んだ。それでも、経験を重ねたパイロットたちとの歴然とした差を、身をもって感じていたのだ。
ただ、どうしようもなく胸騒ぎがしていた。胸の奥に、何かがつかえている感覚。
ゼルク小隊の三機が、格納庫から駆け出して行った。カイルは、遠ざかっていく後ろ姿を見つめることしかできない。
他の部隊も、次々に発進していく。
いつしか格納庫の中は、整備士たちの他はカイル一人になっていた。
訓練用の武装を仰々しく構えている、自分の機体。ペイント弾の込められた機関砲に、高周波振動の解除されたナイフ。
見た目は変わらないはずなのに、なんだか玩具みたいに思えた。
操縦席に座り込んだまま、考える。
自分が行ったところで、何ができる。
――何も。
お前には何もない。自分の内側で、そう囁く声がする。
それでも、行かなければ。
誰のためでもない、自分のために。ここで何もしなかったら、きっと自分を赦せない。
ふと、一週間前の戦闘を思い出した。なぜだか、それは遠い記憶のように。
――同じだな。あの時と。
片頬を上げ、かすかに笑みを浮かべるカイル。あの時も、一人で戦場に飛び込んでしまったのだ。
今回は、仲間だっている。どこまでやれるかわからないが、足手まといにはならないつもりだ。
機体から、司令部に無線を繋いだ。
「HQ、聞こえるか。こちら……」
少し迷ってから言う。
「こちらゼルク4。発進許可を」
「ゼルク4? どういうこと?」
データにない機体からの要請に、オペレーターは混乱しているようだ。
そこへ、別の女性の声が割り込んだ。
「もう後戻りは効かなくなる。その覚悟があるか」
カイルにも聞き覚えのある、威厳に満ちた声。その主は――。
「コーネリア司令!」
「答えを出す時が来たようだな、カイル」
「おれは――」
「悪い予感がしたのだろう? どうやら、それが当たってしまったようだ」
その言葉に、カイルは背筋が寒くなる。
「おれは、行かないと」
少しずつ言葉を紡ぐ。
「戦争とか、正義なんて、おれにはどうだっていい。だけど、今行かなかったら、きっと後悔する」
出会ってたった一週間の関係で熱くなって、馬鹿みたいだ。カイルは自分でもそう思った。
それでも、三人を失いたくなかった。初めてできた、本当に仲間と呼べる存在だったから。
司令が答える。
「意志は固いようだな。ならば、やってみるといい」
「ゼルク4、発進を許可します」
オペレーターが応じた。
「ディスポーザブル・ブースターを」
と、司令が指示する。
カイルの機体に、作業用ウォーカーに乗った整備士たちが近づいて来た。
実戦用の機関砲と高周波ナイフを渡し、機体の背中にブースターを取り付けた。
準備は整った。あとは飛び出すだけだ。
格納庫の入口に立つ。
眼前に広がる砂漠。遠くで煙が上がっている。
カイルはブースターの点火ボタンを押し込む。
背後に、衝撃と重い爆発音。機体が急加速する。
砂漠を滑走し、戦場へ。
司令から再び無線が入った。
「実を言うと、わたしも今回の敵の動きに不穏なものを感じていた。そこまで大規模でない敵に対して、全機を動員したのもそのためだ」
「それで、今の状況は?」
「戦況は拮抗している。数ではこちらが遥かに上回っているにもかかわらず、だ。これは確実に何かある」
徐々に近付いてくる、最前線。その実情が、次第に見えてきた。
敵の動きが、おかしい。機関砲の銃撃を、苦もなく躱している。
まるで、相手の次の動きがわかっているかのようだった。
味方が二、三機がかりでようやく倒している場面も多い。
味方の中に、見覚えのある三機を見つけた。ゼルク小隊だ。
目立った損傷はないようだが、やはり苦戦を強いられている。
カイルはゼルク小隊の方へ近づきながら、群がる敵機に向けて、機関砲を連射する。
そのとき、敵機が一斉に動いた。カイルの射線が見えているかのように、左右に揺れ動く。
当たらない。
すると、当惑した様子のフィオナから、無線が入った。
「カイル? どうして来たの」
サミュエルが言う。
「……仕方ない。ここへ来てしまった以上、訓練生扱いはなしだ。一人の兵士として、生き残ることだけを考えろ」
「言われなくても、そのつもりだ」
「そうか。――それにしても、タイミングが悪かったな。こいつら、かなり手ごわいぞ」
その言葉通り、サミュエルが放ったロケット弾を、敵機が軽々と避ける。
目標を逃したロケットが、遠くで爆ぜた。
味方による集中砲火も、有効打を与えられない。
その一方で、容赦ない敵の攻撃は、確実にダメージを蓄積させていた。
理由はわからないが、銃では倒せそうになかった。
奴らを仕留めるには、近接戦闘しかない。
カイルはそう判断する。
敵との距離は、遠くない。
高周波ナイフを抜く。一機に狙いを定め、飛びかかる。
敵機もそれに応じ、ナイフを抜いた。
一瞬の静止。互いに間合いを読み合う。
カイルが動いた。
至近距離からさらに踏み込み。
連続で斬りつける。
熾烈な先制攻撃が入った。
ところが。
――読まれた、だと?
渾身の攻撃が、全て躱された。
敵がナイフを振りかぶり、反撃の構えを見せる。
カイル機は後方へ跳びすさり、一旦距離をとった。
勝利を確信した敵機が、カイルに追撃を仕掛けるべく、突進してくる。
――今しかない。
カイルの機体だけに備わっている力。
発動する時が来たのだ。
ここぞという時だけ使うようにと、サミュエルは言った。だが、それが今でなくていつだというのか。
発動のための音声コード。
それに呼応して、この機体は真価を発揮する。
カイルは静かに、だが力強く宣言する。
「A.R.I.S.E.――!」