第7話 maverick
翌朝、カイルは目を覚ました。いつの間にか眠っていたようだ。
視界に広がる、見慣れない天井。どこまでも平らで均質なそれは、どこかよそよそしく感じられた。
そう、ここは基地にある宿舎の一室だった。
起き上がり、服を替えようとする。
が、よく考えると自分の荷物は何もなかった。全部置いてきてしまった。
仕方なくそのまま廊下から階段を降り、宿舎を出た。
まだ朝が早く、冷たい外気が身体にまとわりつく。
そして食堂へ向かった。ラウンジや、司令の部屋があった建物の一階だ。
広い食堂には、結構な数の人がいた。
大部分は、アーマードウォーカーに搭乗するパイロットたちだろう。
陽気に仲間と話している人がいれば、一人で押し黙っている人もいる。パイロットにもいろいろなタイプがいるのだ。
だが、彼らがカイルを見たときの反応は同じ。
敵意、とまではいかない。だが、その視線は明らかに、よそ者に対するものだった。
パイロットたちの中に、カイルの見知った顔が一人。ゼルク小隊の隊長、サミュエルだ。
配給された朝食を受け取り、彼の向かい側に座る。
食事はパンなどの簡単なものだが、カイルにとっては贅沢品に違いなかった。それに、昨日の昼から何も口にしていないのだ。
ふと、サミュエルが言う。
「そういえば、うちのラボで働いてる研究員が、一度カイルに会いたいそうだ。ラボは格納庫のすぐ隣だから、行けばわかるだろう」
「そうか、後で行く」
「あと、午後からはカイルの訓練をやるらしい。時間になったら格納庫へ来てくれ」
「わかった」
食事を終えたカイルは、言われた通り格納庫に隣接したラボへ入る。
白を基調とした室内に、大小さまざまな機械類が並べられていた。この基地の中でも、飛び抜けてハイテクな空間。
何人かの研究員が、それぞれの作業を進めている。
その一角で、カイルに目をとめた白衣の男が、こちらへやって来た。
ボサボサの髪に、分厚そうな眼鏡。いかにも研究者らしい風貌だ。
すると、案外気さくな口調で、男が挨拶する。年齢が読みづらい外見だが、まだ若いようだ。
「やあ、僕はエリック。ここでロストテクノロジーの研究をしてる」
「おれはカイル。回収屋……だった」
職業を言いかけて、それが過去形であることに気づく。この先カイルが何を選ぶにせよ、もう前の生活には戻れないだろう。
「話っていうのは、君が回収した例の遺物のことなんだけど――」
そう前置きして、エリックが語り始めた。
「結論から言うと、今のところ、あれの正体はわからない。円柱形の底の部分から、ケーブルが何本も出ていたのは知ってるよね?」
頷くカイル。回収するとき、あの大量のケーブルを切り離すのに苦労したのだ。
エリックが続ける。
「だから、そこに電源や検査機器なんかを繋いでみたりしたんだ。でも、まだこれといった反応はなし」
お手上げ、といった様子のエリックだが、意気消沈しているようには見えない。むしろ、未知の遺物に目を輝かせている。
「そもそも、ただの機械にしては、ケーブルの数が多すぎる。これを片っ端から調べるには、ものすごい回数試してみないといけないんだ」
延々と喋り続けるエリックを遮り、カイルが言う。
「結局、おれに聞きたいことって?」
「ああ、そうだったね。君に、あの遺物を回収した場所や、詳しい状況を聞きたいんだ」
エリックが、自分の考えを話す。
「あれの正体を知るには、遺物そのものを調べてるだけじゃダメだ。遺物が回収された現場、つまり〈ドレッドノート〉の方を調べる必要があると思う」
それを聞いたカイルは、例の遺物を回収したときのことを思い返す。
「ああ、確かに変な場所だったな」
「そうか。まずは、場所の確認をしたい。これを見てくれ」
そう言ってエリックは、デスクの上のモニターを示した。
そこには、黒い背景色に青い線で、何かが表示されていた。巨大な戦艦の輪郭や内部構造が、鮮明に描かれている。
カイルには、すぐにわかった。
「これは――」
「そう、〈ドレッドノート〉の三次元マップだ。で、君の作業用ウォーカーから、昨日の行動記録を抽出させてもらった」
画面に、赤い線が加わる。カイルの辿った経路だ。
機体にそんな機能が備わっていたことすら、カイルは知らなかった。
「その中で、君がしばらく留まった後、引き返した場所がここだ」
画面が拡大され、あるエリアを映し出す。船尾部の、
未踏査領域のため、詳しい内部構造は描かれていない。
カイルは、その場所に覚えがあった。
「ああ、確かにここだ。間違いない」
さらにエリックが尋ねる。
「よし、じゃあそのときの状況を詳しく教えてほしい。周りの様子なんかも」
「昨日は、未踏破エリアの調査をしてた」
カイルは、覚えていることをすべて話した。
「そこで、青白く光る壁を見つけた。その壁がひとりでに開いて、隠し部屋が現れたんだ。中にあったのが、あの遺物だ」
「そいつはすごいな! 想像以上だ」
エリックが、眼鏡を押し上げながら言う。少なからず興奮しているようだ。
「場所もわかったことだし、今すぐ調査に行かなくちゃ。君にも来てもらいたいところだけど、訓練があるから連れ出さないようにって言われてるんだ」
「言われてる?」
「ああ。もう司令には会ったよね? あの恐ろしい婆さんに言われたのさ。残念だけど、ラボのチームだけで行ってくるよ」
そう言うエリックは、少しも残念そうには見えない。調査への期待で頭がいっぱいのようだ。
「明日、またここへ来るといい。きっと良い調査結果を報告できると思うよ」
カイルはエリックに別れを告げ、ラボを後にした。
午後からは訓練だ。
格納庫へ着くと、ゼルク小隊の三人が揃っていた。隊長のサミュエル、フィオナに、エレーナだ。
サミュエルが説明を始める。
「これからカイルの訓練をする。順調にいけば、いずれ俺たちゼルク小隊に加わることになるそうだ」
ゼルク小隊は現在三人。一人足りない状態が続いていたのだ。
「内容は、実機を使った模擬戦闘だ。殺傷能力のないペイント弾を使用するから、安心していい」
サミュエルはそう言って、一機のウォーカーの前にカイルを導く。
その機体は、機関砲を構えて直立している。
「これがカイルの機体だ。基本は作業用機と同じだから、細かいことは実際に操縦しながら覚えてくれ」
その後、軍用機の基礎的な操作を教わり、さっそく実戦に移った。
カイルは、背面のハッチから機体に乗り込む。
座席に座り、本体を起動すると、女性の声で機械音声が流れた。
[セルフチェックシークエンス完了。システムオールグリーン]
突然の声に、カイルは驚きを隠せない。
「おいおい、軍のウォーカーは喋るのか」
「そうだ。戦闘中は、機体の被害状況なんかも教えてくれる」
武装は機関砲に、高周波ナイフ。ナイフも高周波振動を止めてあるため、金属までは切れないようになっている。
カイルの機内に、無線でフィオナの声が流れた。
「準備できたら、始めるよ」
フィオナとエレーナは、いつの間にか自機に搭乗している。
「わかった。今、動く」
カイルは答えて、機体を動かす。サミュエルの言っていた通り、意外にすんなりと操縦できた。
カイルは、一人その場に残っているサミュエルを見つける。
「あんたは、やらないのか?」
「ああ、俺の武装はロケットランチャー。こればっかりはペイント弾にはできないからな」
「なるほど」
「今回は、しっかり見届けさせてもらうぜ」
カイルは正確に機体の脚を動かし、格納庫の外に出た。次に、軽く走ってみる。
動くこと自体は、完璧と言っていいだろう。
だが、これからが軍用機の本領発揮だ。
基地から少し離れ、フィオナやエレーナと距離をとる。
視界いっぱいに、砂漠の風景が広がる。
前まで乗っていた作業用ウォーカーよりも、視界が開けて感じられた。コックピットの画面が大きいためだろうか。
「準備はいい?」
無線からフィオナの声。
「OKだ」
「じゃあ、わたしからいくよ」
模擬戦は一対一。前方に見えるウォーカーの一機が、動いた。
――速い!
その動きに、カイルは舌を巻く。
それは速度の問題だけではない。二足歩行の特性をフルに活かし、予測不能な動きを見せている。
止まっていては、ひとたまりもない。カイルも動いた。
二機の距離が、縮まる。
カイルが撃つ。が、弾丸はすべて空を切る。
フィオナ機の反撃。
一瞬で距離を詰め。撃つ。そして離脱。
一切無駄のない機動。
カイル機の左腕で、赤い塗料が弾けた。
[左腕部、被弾。制御不能]
機械音声が、無慈悲に告げる。
訓練でも、被弾すればその箇所が動かせないよう設定されている。機関砲自体は片手でも撃てるが、片腕が使えないのはやはり痛手だ。
カイルが再び連射する。
当たらない。
フィオナ機は、すでに遠ざかっていた。
銃口を動かし、必死にフィオナ機の動きを捉えようとする。だが、届かない。
気づけば、再び距離を詰められていた。
唖然とするカイルの目の前。
フィオナ機が駆け抜けて。
銃火が閃く。
[胸部装甲、軽微損傷]
その無機質な声に、カイルは思わず悪態をつく。
「うるさい」
「えっ、どうしたの?」
「……いや、こっちの話だ」
気がつくと、前方、すでにフィオナ機の姿はない。
レーダーを確認。
自機後方に輝点が一つ。かなり近い。
――後ろか!
振り返る余裕はない。
とっさの判断。カイル機は、地面を強く蹴った。
仰向けに、後方へ倒れ込む。
短い銃声。
上空を抜けていく銃弾を、感じる。
カイル機は、機関砲を構えた腕を上げる。
仰向けの状態で、敵機は見えない。だが、これに賭けるしかなかった。
――当たれ!
そう念じながら、自機の頭上へ向けて引き金を引く。
倒れ込んだカイル機が地を打つのと、二つの銃声が響くのが、同時だった。
[機能中枢、破損。行動不能]
カイル機内では、機械音声がそう伝えた。
すぐに訓練モードが終了し、再び動けるようになった。
立ち上がると、機体中に赤い塗料がぶちまけられていた。
「いやー、派手にやられちまったな」
訓練とはいえ、カイルは悔しそうだ。
そして、フィオナ機に目をやる。
すると、その頭部に一発だけ、赤いペイントがあった。
「ううん、初戦でこれだけやれるなんて、すごいよ」
と、フィオナが言う。
実際、ウォーカーの頭部には、メインカメラが付いているほか、センサー類の詰まったレドームとしての役割もある。
頭部を撃たれれば、実質戦闘不能なのだ。
「さあ、次はわたしね」
と、エレーナの声。
スナイパーであるエレーナは、先ほどのフィオナよりも距離をとっている。
サミュエルは、その様子を固唾を飲んで見守っていた。
遮蔽物の少ないこの砂漠では、敵の狙撃が大きな脅威となる。
対処法は、パイロットや機体によってさまざまだ。
フィオナは、機動力を活かして回避する。
サミュエル自身は、敵に対して斜めに構え、当たった銃弾をそらすという変わった方法をとっている。装甲が厚いからこそできるやり方だ。
――さて、カイルはどうするかな。
自分では手が出せない距離からの攻撃。
カイルはどうすべきか悩みながら、前へ進んでいた。
すると、エレーナから無線が入る。
「ここからが、スナイパーの射程範囲よ。この距離を覚えておいて」
そう言うエレーナ機は、まだ豆粒ほどにしか見えない。
――これが、スナイパーか。
カイルは戦慄する。
次の瞬間、遠くで銃声。カイル機の胸で、青い塗料が弾けた。
[機能中枢、破損。行動不能]
カイルは、しばし呆然とする。
あまりにも、早すぎて。遠すぎて。
「もう一回、頼む!」
気がつくと、そう言っていた。
それから、カイルは何度もエレーナ機に近づこうとし、その度に撃ち抜かれた。
「もう一回だ!」
「もっかい!」
「まだだ!」
「うおおおお」
いつしか熱くなっていくカイル。その機体は、赤と青のペイントまみれで、文字通り異彩を放っていた。
すでに太陽は傾き、西の空を橙色に染め上げている。
さすがに疲れてきたカイルが言う。
「次で最後にしよう」
「ええ」
そう答えるエレーナの集中力は、途切れる気配がない。
ラストチャンス。このまま終わるわけにはいかない。
決意を新たに、カイル機が動き出した。
動き続けるのは基本だ。しかし、エレーナほどの狙撃手であれば、動いていても当ててくる。
次第に、距離が近くなる。毎回、この少し先で撃たれるのだ。
悩んだ末、カイルは一つの方法を思いついた。極めて原始的なやり方だが、それなりに効くかもしれない。
そう思い立って、カイル機は突然激しく動き始めた。
脚を小刻みに動かし、砂を巻き上げる。
砂埃を煙幕代わりにしようというのだ。
やっていることは、子どもの悪戯レベル。
だが、思惑通りに砂埃が舞っている。
それに対し、エレーナは冷静に言う。
「レーダーがあるのを忘れたの?」
エレーナは、レーダーに表示された位置を頼りに、カイル機を狙う。その姿こそ見えないが、機体の胸部があるべき高さを、正確に捉えた。
エレーナが撃つ。
三流のスナイパーであれば、とてもできない離れ業。だが、エレーナには、当たっている自信があった。
ところが。
レーダー上の輝点は動き続けている。
エレーナは、自分の誤算に気づいた。胸部を狙うことは、予想されていたに違いない。ということは――。
――カイル機は、立ってない!
立ち上る砂煙の中、カイル機は地面に伏せ、匍匐前進で進んでいた。
すぐに次弾が飛んでくるだろう。だが、この一発を躱せたことは大きい。
カイル機は立ち上がり、走り出した。
目指す場所は一つ。
弾丸が、胴体の側面をかすめた。
構わない。
走れ――。機体に、自分に、言い聞かせる。
エレーナ機は、いよいよ近い。
カイルが、引き金を絞る。
少しして、エレーナが静かに言った。
「負けたわ」
ついにカイルが勝ったのだ。
だが、こみ上げてくるのは、喜びというより、疲労感。
「あれは、実戦では使えないな」
実戦のことが口をついて出て、驚くカイル。
ただ、確かに砂煙は味方にも支障をきたすだろう。
その後、彼らは格納庫へ戻り、機体を降りた。
カイルは、ゼルク小隊の面々に礼を言った。
「今日は、なんていうか、悪かったな。長いこと付き合わせて」
「もう、こういうときは素直に『ありがとう』でいいの」
そう言ったのは、フィオナだ。
サミュエルが話す。
「とても興味深い闘いだった」
エレーナも、同意するように頷いた。
「そうか、なら良かった」
カイルはそう言って、格納庫を去っていった。
残された、ゼルク小隊の三人。
「実際に闘ってみて、どうだった?」
「うん、これからもっと強くなると思うよ」
「今回は大丈夫かもしれないわね」
一人失ったゼルク小隊が、一年近く三人のままだったのには、わけがある。
精鋭の三人についていける人材が、見つからなかったのだ。多くが足手まといになると判断され、訓練の段階で外された。
だが、カイルは一味違う。三人はそう感じていた。
「案外、俺たちに足りないのは、ああいう闘い方かもしれないな」
と、サミュエルが言った。
彼らは三人とも、戦争のプロだ。
編隊を組み、協力して敵を倒す。一機でも多い方が、優位に立てる。それが基本だった。
しかし、だからこそ、戦場をかき乱すようなカイルの闘い方に、衝撃を受けていた。
戦場の規律が染み付いた三人にはないものを、カイルは持っているのだ。
サミュエルが、ゆっくりと言葉を継ぐ。
「そう、あいつのような『型破り』が――」