第6話 persuasion
砂漠の基地に連れられたカイルは、機体を停めるため格納庫へ入った。
中では、すでに帰還したアーマードウォーカーが、整然と佇んでいた。
入り口から差し込む西日が、鋼の巨軀を紅く照らす。
カイルは、格納庫の広さに圧倒される。これほど天井の高い空間は初めてで、なんだか落ち着かなかった。
パイロット以外に、エンジニアらしき人々も慌ただしく動き回っている。彼らによって、さっそく修理されている機体も多かった。
空いたスペースで自機を停止させ、ハッチを開けて機外に降りた。
改めて自分の機体を見ると、先ほどの戦闘の激しさが思い起こされた。
傷だらけの機体には、まだ熱がこもっている。
ゼルク小隊の三人も、ウォーカーを降りていた。
当然、お互い顔を合わせるのは初めてだった。戦闘中は何度も言葉を交わしていたフィオナとカイルも、今は言葉が見つからない。
よく考えると、まだお互いの名前も知らなかった。
「えっと、おれはカイル。回収屋をやってる」
「わたしはフィオナ。この三人が、ゼルク小隊のメンバーなの」
「サミュエルだ。フィオナが世話になったそうだな」
「エレーナよ」
各々が名乗ったところで、カイルが尋ねる。
「さっきの遺物は?」
「もう隣のラボに置いてきた」
と、フィオナが答えた。
この格納庫は、修理工場も兼ねているばかりか、研究所まで隣接しているのだ。
「俺は、司令に報告をしてくる。カイルのことも伝えておこう。あとで、司令に直接話をするといい」
サミュエルはそう言って、格納庫を去っていった。
エレーナもその場を後にする。
「わたしも先に戻ってるわ」
カイルとフィオナの二人が残された。
「ここで話すのもなんだから、とりあえず場所変えようか」
そう言って、フィオナは基地内のラウンジにカイルを連れてきた。
格納庫の隣には、これまた大きな建物があって、ラウンジはその一階にある。
それなりに広い室内には、プラスチック製の簡素な机と椅子が並び、何人かが思い思いの場所に腰かけていた。
その一角に、二人は向かい合って座る。
フィオナが口火を切った。
「さっきは、ありがとう。助けてくれて」
「いや、それはお互い様だ」
と、カイル。
「二人で真逆の方向へ行ったときは、さすがに焦ったけどな」
「あそこで敵に突っ込む方がおかしいでしょ!」
フィオナは呆れて言う。
「まあいいわ。それより、どうしてあんな場所に来たの? 敵を追ってたみたいだけど」
成り行きで共闘した二人だが、思い返すとカイルの行動には謎が多かった。
カイルは、事の顛末を一から説明した。
浮動戦艦〈ドレッドノート〉の遺構内部で見つけた、謎の区画のこと。
壁がひとりでに開き、その中に例の遺物があったこと。
敵機の襲撃を受け、遺物を奪われたこと。
その後は、フィオナも知っての通りだ。カイルはあの戦場まで敵機を追い続け、ついに遺物を奪還した。
「へえ、そんなことが……」
「何が起きたのか、おれにもわからない。特に、あの遺物が何なのかはさっぱりだ」
カイルはため息をついた。
「そうね。でも遺物のことは、きっとすぐわかるよ。うちの研究者は優秀なんだから」
なぜか得意げに、フィオナはそう話した。
そのとき、サミュエルがラウンジに入ってきた。司令官への報告が済んだらしい。
「カイル、司令が呼んでる。ついて来な」
二人は階段を上がり、司令官の部屋へ向かう。
基地の内部は、軍事基地らしく殺風景ではあるものの、その規模の大きさにカイルは驚いていた。
日干し煉瓦が当たり前の街で暮らしてきたカイルにとっては、そもそも金属とコンクリートの建物が衝撃的なのだ。
司令官の部屋は、同じ建物の五階にあった。
部屋の前で、サミュエルが言う。
「ここが司令の部屋だ。俺は下で待ってる」
カイルが両開きのドアを開けると、予想に反して質素な空間が広がっていた。
向かい側の壁には大きな窓があり、広大な砂漠と、戦艦〈ドレッドノート〉の残骸が見渡せる。
奥には書類の積まれたデスクがあり、グレーの短い髪をした女性が、こちらを向いて座っていた。
その女性が口を開いた。
「回収屋のカイルだな。サミュエルから話は聞いている」
必要なことしか口にしないタイプなのだろう。その一言一言に宿る威厳が、決して若くない彼女の年功と経験を物語っている。
「わたしはこの基地の司令、コーネリアだ。君に話があってここへ来てもらった」
「おれに、話……?」
当のカイルには、司令官直々に呼び出される心当たりはなかった。
コーネリア司令は、頷いて言う。
「単刀直入に言おう。我々〈統一戦線〉の戦闘員に、加わってほしい。」
司令の予期せぬ発言に、カイルは何も言えずに立ち尽くす。
「といっても、今すぐの話ではない。当分は、例の遺物についての調査に協力してもらう。その間、訓練も行う予定だ」
と、司令が続ける。
「これは決定事項だ。ただ、それでも基地を出て行くというなら、止めはしない。良い返答を期待している」
回収屋であるカイルは、元々この〈統一戦線〉に所属している。カイルをどこに配属しようと、向こうの勝手なのだ。
嫌なら基地を出て行け、というのは一見辛辣なようでいて、選択肢が残されているということでもあった。
しかし、その選択の余地こそが、カイルを苦しめる。
確かに、命がけの闘いには慣れていた。
戦闘になれば、身体は勝手に動き出す。
あの荒廃した街の記憶が、内側で叫ぶのだ。
――殺られる前に、殺れ。
しかし、回収屋を始めて、そんな生活に一度は別れを告げたはずではないのか。
カイルは、なんとか言葉を絞り出す。
「なんで、おれが?」
「君が、類まれな即戦力だからだ。今日の戦いぶりは聞いている」
コーネリア司令の答えは、明確だった。
「他に質問は? なければ戻っていい」
カイルは部屋を出た。
先のことは決めかねていたが、少なくとも遺物の調査への協力くらいはするつもりだ。
そして、一階のラウンジへ戻った。
中では、サミュエルとフィオナが何か話していた。カイルがそのテーブルへ座ると、口々に迎えてくれる。
「おう、戻ったか」
「どんなこと話してたの?」
「まあ、いろいろと」
カイルがはぐらかすように答えた。
その理由は、自分でもわからなかった。
二人も、それ以上追及することはしない。
気がつけば、外は真っ暗になっていた。
サミュエルが言う。
「今日はもう遅いな。カイルもここの宿舎を使っていいらしいから、案内しよう」
別の建物が宿舎になっていて、これも格納庫のすぐ隣だ。
部屋の階が違うフィオナと別れ、サミュエルに連れられてまた一つ階段を上がる。
廊下を歩いて、部屋の前に着いた。
「ここをカイルの部屋にしていいそうだ」
「わかった。ありがとう」
中に入って、身体を横たえる。狭い部屋だが、しっかりとベッドがあった。
今日は、本当にいろいろなことがあった。
身体も疲れきっている。
静かな部屋に、ベッド。
今までで一番、寝心地の良さそうな空間。
それなのに。
眠れなかった。