第5話 barrage
無数の敵ウォーカーが、群をなして向かってくる。
一瞬前まで、この砂漠で繰り広げられていた戦争。
回収屋のカイルが、敵の目的である遺物を奪還したことで、その戦況は豹変した。
敵たちは、交戦中だった目の前の相手すらも無視し、一直線にカイルの方へ駆けてくる。当然、無防備な背後から次々に撃破されていた。
だが、激流の如く突進する敵軍は、止まる気配を見せない。
――なんて諦めの悪い奴らだ。
ここまで切り抜けてきたカイルも、この状況には参っていた。
しかし同時に、自分の見つけた遺物が相当重要なロストテクノロジーを秘めているらしいとわかり、血が騒いでもいた。ここまで来て、奪われるわけにはいかない。
自機の操縦桿を、固く握り締めた。
そのとき、辺りに女性の声が響く。
「そこの民間機のあなた!」
ウォーカー機内のカイルが、普通に聞き取れるほどの大音量。
ゼルク小隊のフィオナが、機体のスピーカーを通して話しているのだ。めったに使われない機能だが、無線が通じない状況や相手に用いられる。
急いでその場を離れようとしていたカイルは、立ち止まった。フィオナが言う。
「その遺物を渡して」
「なんでだよ? おれはこれを持ち帰らないと」
「わたしが持ってた方が、まだ安全よ。それに、回収屋の雇い主はわたしたちなんだから、今渡しても同じことでしょ?」
確かに元はと言えば、カイルたち回収屋は、〈統一戦線〉と呼ばれる軍隊に雇われていたのだった。
「それもそうか。報酬はしっかり頼むぜ」
カイルは、片手に機関砲を持つフィオナ機に、円柱状の遺物を渡した。
「そういうこと。わかったら早く逃げて」
ところが、カイルはその忠告を拒んだ。
「それは無理。こっちはその遺物に生活かかってるんだ。あんた一人に任せて、奪われたら困る」
「民間機がどうするっていうの? ほら危ないから――」
と、食い下がるフィオナを制止して、カイルが言う。
「それに……あいつらが逃がしてくれると思うか?」
カイルの視線の先では、敵がいよいよカイルたちに迫っていた。
近づいてくる地響き。途切れることのない銃声。
カイルたちが射程に入るのも、時間の問題だった。狙撃されればひとたまりもない。
敵との距離を測りながら、フィオナが言う。
「仕方ないわ。遺物を持ってるわたしには撃てないはずだから、後ろに――あれ?」
気がつくと、カイルの姿が見えない。
突然、フィオナの背後から声がした。
「もう隠れてる」
「うわっ! 驚かさないでよ」
「背後をとられて気づかないなんて、パイロットとしてどうなんだ」
「う、うるさい。そんなことより、敵が来るわよ」
カイルに注意を払っていなかったとはいえ、フィオナだって腕利きのパイロットなのだ。瞬く間に背後をとったカイルの動きは、少なくともただの民間人のものではなかった。
敵はもう間近に迫っていた。
銃を使うのは諦めて、全機が高周波ナイフを抜いている。もちろん銃は恐ろしいが、こうして全員がナイフを構えていると、また違った不気味さがあった。
敵軍勢の後方から、味方が攻撃しているはずだが、敵は気にするそぶりも見せていない。
隣の味方が撃破されようとも、目もくれずに遺物を追っている。
「そろそろ移動しよう」
と、フィオナ。ここは後退して、味方の援護を待つのが得策だ。この距離を保っていれば、遺物を守りながら一方的に攻撃できる。
「おう!」
と、カイルが答えた。いよいよ反撃に転じるのだ。腰に提げたチェーンソーを確かめ、突撃に備えた。
そして、二人は走り出した。全く正反対の方向へ――。
「ちょ、ちょっと! 何してるの?」
「えっ? 攻め込むんじゃなかったのか」
「そんなわけないでしょ! こっちには遺物があるんだから」
「よく言うだろ? 攻撃は最大の防御って」
「この状況で使う言葉じゃないから!」
そう言う相手の声も、だんだん遠ざかっていった。
だが、お互いもう後戻りはできない。今引き返せば、ただの的だ。
前方の敵機が、次々にカイル機へ機関砲を向ける。
大事な遺物から離れたカイルを撃つのに、ためらう理由はなかった。
――まずい!
カイルは速度を落とさず、自機を仰向けに倒した。そのまま砂地をスライディング。
機体が軋んで嫌な音を立てる。
いくつもの銃声が重なり。
無数の銃弾が、カイル機のわずか上をかすめていった。
敵はもう目の前。
こうなったら、自分が敵を引きつけて時間を稼ぐほかない。
カイルは機体を立て直す。
起き上がると同時に、チェーンソーを抜く。勢いを借りて、一気に斬りつけた。
先頭の敵機が停止する。
そのまま敵軍の内側に飛び込む。
回転しながらチェーンソーを振り回す。
周りの敵が、態勢を崩した。
数では圧倒的に不利なカイルだが、一つだけ有利な点があった。
それは、味方を気にせず武器を振り回せること。一方の敵は、密集しすぎて思うように動けない。
カイルが敵のナイフをかがんで躱し。
別の一撃はチェーンソーで弾く。
振動する刃が擦れ合う。激しい火花と金属音。
後方の敵には、蹴りをお見舞いする。
カイルはチェーンソーを振るい続け、敵を寄せ付けない。
あくまでも遺物を追っている敵たちは、カイルに対して攻めあぐねているようだ。
カイルが、倒した敵機から機関砲を拾い上げた。左手に構えて撃ちまくる。近づく敵は、チェーンソーで斬る。
しかし、前方からも、相次いで敵機がやってくる。
多勢に無勢。倒されるのも、時間の問題だった。
一方のフィオナは、自陣方向へ移動を続けていた。
敵は相変わらずフィオナだけを追っている。
敵軍に飲み込まれた例の民間機が心配だが、今は自分の心配が先だ。不思議と、あの「民間人」がそう簡単にやられはしないと直感していた。
走りながら何度も振り返り、右手に構えた機関砲を短く撃つ。
そのとき、しばらく通信が途絶えていたサミュエル小隊長から、無線が入った。
「とんでもないことになってきたな。敵が邪魔だったが、今そちらに向かってる」
「了解。助かるわ」
ほどなくして、ゼルク小隊の二機が、フィオナに合流した。
擲弾兵のサミュエルと、狙撃手のエレーナ。この二人による火力増強は大きい。
二人も攻撃を開始した。ロケット弾と大口径の銃弾が、確実に敵を仕留めていく。
サミュエルが言う。
「いいかげん、けりをつけたいところだな」
「同感ね。敵の数も、かなり減ってきたわ」
と、エレーナ。〈統一戦線〉の味方は、遺物に気を取られている敵たちを、大量に撃破していた。
「久々に、あれをやるか」
と、サミュエル。
二人には、それが何を意味するか、すぐにわかった。
サミュエル機が敵の方を向いたまま、おもむろに片膝をつき、両拳を地面に突き立てた。
事情を知らない人には、ダメージを受けて弱っているようにしか見えないだろう。
その背中に、他の機体にはない、大きな直方体の装備が見える。
直方体の蓋が開き、中からずらりと並んだ小型ミサイルが覗く。
背中のそれは、大型のミサイルポッドだった。
機内のサミュエルは、レーダーで捉えうる全ての敵機を、自動でロックオン。ロックされた敵を示す赤い照準が、コックピットの画面いっぱいに散らばる。
その直後、ポッドからミサイルが発射された。
無数のミサイルが乱舞し、幾筋もの白煙が弧を描く。
やがて、それぞれのミサイルが、自らの目標を目指して、飛翔する。
ミサイルは、次々に目標を襲う。小型ミサイルというだけあって、致命打にならないことも多い。しかし、敵にとって大損害であることは間違いなかった。
不意を衝かれた敵に、味方が追撃を加える。
エレーナは、なおも遺物に近づこうとする敵機を狙撃し、無力化していく。
そのときカイルは、無数のミサイルが雨あられと降り注ぐのを、あっけにとられて見ていた。
ミサイルはひとつひとつが誘導されているようで、カイル機には当たらない。
もはや、勝敗は明らかだった。
敵の残党が、急いで撤退していく。
味方は追撃の手を緩めず、敵を確実に排除していた。
静まりかえった砂漠。
戦の跡には、そこかしこで黒煙が立ち上っていた。
散らばる残骸に、風が吹きつける。
味方は比較的多くが生き残り、早々と帰投していく。
遺物を守りきったフィオナは、ふと思い出して、あの民間機の姿を探す。
――いた!
こちらへ来る作業用ウォーカー。ところどころ損傷が目立つが、普通に歩いている。
フィオナは、再びスピーカーで話しかける。
「生きてたのね」
「おかげさまで、な」
「とりあえず、基地まで来てもらえる?」
「わかった。まだ報酬ももらってないからな」
ゼルク小隊三機と、一機の作業用機は、連れ立って基地へと戻っていった。