第3話 warfare
同時刻。
〈ドレッドノート〉の虚ろな艦首が見つめる先――。
砂漠に建てられた〈統一戦線〉基地では、慌ただしく戦闘の準備が進められていた。
迫撃砲や機関砲といった各種兵器が備え付けられ、格納庫には数百機ものアーマードウォーカーが配備されている。
いかにも攻撃的な風貌からは、それが軍事基地、特にこの場所での戦闘を想定した前線基地であることが、すぐにわかる。
ことが起こったのはほんの数分前だった。
突如、けたたましい警告音とともに、基地全体に放送が響いた。
『基地前方、北西の方角に敵ウォーカー多数捕捉! 現在も高速で接近中!』
『総員、戦闘配置! アーマードウォーカー各機、緊急発進!』
一斉に緊迫した空気が走り、全員がそれぞれの方向へ駆け出す。
ここ数ヶ月の間、敵との戦況は膠着していた。
しかし今日、彼らは再び動き出したのだった。この基地に、そして基地が背後に守る戦艦〈ドレッドノート〉の遺構に向かって――。
その場にいる誰もが思わず戦慄する。
ゼルク小隊のウォーカーパイロット、フィオナもまたその一人だった。女性にしては少し短めの黒髪は、活動的な印象を与える。
フィオナは小隊と合流すべく、格納庫へと急いだ。
広い基地内を駆け抜け、格納庫へ着くと、ここでも整備士たちが発進のための作業に追われていた。
その中の一角、ゼルク小隊機のもとへ向かう。
小隊は、フィオナ機を含めたアーマードウォーカー四機で構成されていて、うち一機はすでに発進したようだった。
別の一機は――現在欠員。この戦場では、珍しいことではない。
残り一機のパイロットは、今まさに自機に乗り込もうとしているところだった。
小隊長のサミュエル。服の上からでもその強靱な筋肉が見て取れる、屈強な大男だ。
フィオナと一瞬目が合うが、お互い無駄話をしている暇はない。
フィオナも機体の背中側からコックピットに入り、本体を起動。間髪を入れず、無機質な機械音声が流れる。
[セルフチェックシークエンス完了。システムオールグリーン]
機体に問題はない。続いて、武装を確認する。
メインの機関砲は、円柱が横に二つ繋がった形の弾倉、サドルマガジンを使用したもの。
弾数に限りがあるため、連射速度は落としてある。
腰には高周波ナイフが収納されている。
点検を素早く済ませると、無線から女性オペレーターの声が聞こえた。
「ゼルク3、発進を許可します。ディルポーザブル・ブースターを使用してください」
モニターで機体状況を確認すると、すでに背面にブースターが取り付けられている。
簡単に言えば、ロケット推進装置だ。
「ゼルク3、了解」
無線に短く答えて、フィオナは格納庫出口へ向かった。
格納庫の出口は、大きく開け放たれている。そこから、ブースターを装着した何機ものウォーカーが、紫色の噴射炎を上げて砂漠へ飛び出していく。
フィオナ機もブースターに点火する。
爆発音とともに、ウォーカーが急加速。
加速度で、座席に身体が押し付けられる。
ブースター使用中は脚部は動かさず、二本の脚で砂地を滑走している状態だ。
遠くの方では、すでに幾筋もの黒煙が上がっている。
前方を走るサミュエル隊長から無線が入る。
「ゼルク小隊各機へ。敵の狙いは当然〈ドレッドノート〉と見ていいだろう」
さすがにベテランらしく、落ち着いた声だ。フィオナは気が急いていた自分に気づく。
隊長が続ける。
「敵は正面の〈ドレッドノート〉へ強行するはずだ。そこで俺たちは右側へ回り込み、敵部隊を急襲する」
「了解」「了解」
フィオナの他に、もう一人の女性の声。了解、の声が重なる。
その声の主は、ゼルク2――エレーナだった。長い金髪の似合う、女性パイロットだ。
前方のサミュエル機の横に、先に出ていたエレーナ機が見える。
ゼルク小隊三機がそろった。
機体は三機とも違う種類で、武装も大きく異なる。
サミュエル機は、機動力を犠牲に分厚い装甲で固めたもので、高威力のロケットランチャーを中心に闘う。
小回りが効くエレーナ機は銃身の長い狙撃銃を持ち、中・遠距離からの援護・制圧を行う。
フィオナ機は機動性も高く、最もバランスの取れた設計だ。
バラバラの編成だからこそ、一個小隊であらゆる戦況に対応できる。
現在一機欠けているゼルク小隊だが、彼らに死角はなかった。
ここで、燃料が切れたブースターを投棄し、三機はウォーカーの脚で走り出す。
作戦通り前線の右側へ回り込むと、すぐに無線からエレーナの声が飛ぶ。
「左前方、敵が本隊から離れて向かってくるわ。数は――六機ね」
エレーナ機は狙撃手として、小隊内で最も高性能なレーダーとカメラを搭載している。
「ふむ。一人二機か」
などと呑気に呟いているのはサミュエル隊長だ。
――相手は倍の数なのに……。
フィオナは全く負けることを考えていない二人に、半ば呆れる。
だが、そうした状況を常に切り抜けてきたのがこのゼルク小隊、というのも事実だった。
一年前に一人の仲間を失ったが、それから三人は、より一層腕を磨いてきた。
もう誰も死なせない。三人の想いは同じだった。
この戦場で、そんな願いは馬鹿げてすらいるかもしれない。
〈最終戦争〉以来、命の値段はとても安い。人が乗る機械の方が、中身の人間よりも高価なのだ。
人の命は、風に舞う砂埃のように。
巻き上げられて、散っていく。
風に抗うことなど、できはしない。
闘い続ける限り、自分たちも誰かを殺す。
それでも――生きなければならない。その意志だけが、彼らを突き動かしていた。
過去も信条も全く違う三人だが、それぞれに闘う理由があった。
「来るぞ――」
サミュエル隊長の声に、フィオナは左から来る敵へ向き直り、エレーナは減速して距離をとる。
散開してこちらへ駆けてくる六機が、はっきりと視認できた。
周りに遮蔽物はない。動き続けなければ、一瞬でやられる。
敵の二、三機が短く撃ってくるが、有効射程ではない。ロストテクノロジーの装甲は、そう簡単には破れない。
さらに距離が縮まる。
サミュエル機が動いた。闘いの始まりを告げるように、ロケットランチャーが火を噴く。
敵は回避を試みるが、命中。一機が後ろへ吹き飛ぶ。
大破してはいないようだが、衝撃で意識はないはずだ。
一機が、次弾を装填中のサミュエルを撃とうとした。が、突然動きを止める。
後方で構えるエレーナの正確な狙撃が、胸部を貫いていた。自機の射程外からの攻撃に、敵がひるむ。
フィオナ機は脚部のスラスターを起動していた。使える時間は限られているが、機動力を大幅に高められる。
素早く左右へ動き、一方的に射撃を浴びせる。ダメージを受け続けていた敵の一機が、ついに停止した。
残り三機。
と、続けざまにもう一機、二機と撃破される。
サミュエルとエレーナによる攻撃だ。相変わらず一撃で仕留めている。
追い詰められた最後の一機は、銃を捨てて高周波ナイフを抜いた。距離が近いサミュエル機へ突進する。
捨て身の攻撃。後先を考えない純粋な殺意。
それは戦場において、最も恐ろしいものかもしれない。
しかし、サミュエルは動こうともしない。
敵はナイフを振り上げ――突然動きを止めて崩れ落ちる。
その背中には、ナイフが突き立てられていた。背後に、いつの間にかフィオナが回り込んでいる。
「機体に損傷はないか? 問題なければ、予定通り敵本隊を――」
宣言通りに六機を片づけ、そう言いかけたサミュエルをエレーナがさえぎる。
「待って、これは……?」
「どうした? 何かあったのか」
「右側にレーダー反応が……今カメラでも捕捉するわ」
「敵なの? でもあんなところに?」
フィオナは不思議そうだが、無理もない。エレーナが示す場所は、彼らから見て敵本隊とは反対側だ。
「間違いないわ、敵機ね。何かを抱えているみたい」
フィオナとサミュエルのカメラも、ようやくその姿を捉えた。
左腕に円柱状のものを抱えて走る、一機のウォーカー。損傷も激しい様子で、右腕部を失っているようだ。
しかも、それは敵陣、つまりサミュエルたちにとっての自陣方向からやってくる。
この戦場で、それはあまりに異様な光景だった。
思えば、今日の出来事は不自然なものばかりだった。
膠着状態から一転、大規模な攻撃に出た敵。
敵陣から自陣へ、逃げ帰る敵機。その出発点は――〈ドレッドノート〉?
そして、円柱状の「何か」。
バラバラだった「違和感」が収束し、一つの事実が浮かび上がる。フィオナがその答えを口にした。
「まさか、この戦闘自体が――陽動?」
サミュエルも、おもわず呻く。
「信じたくないが、あのウォーカーが運んでいるのは、ロストテクノロジーの遺物だろう。それも〈ドレッドノート〉のな」
敵が見せた、大規模な攻勢――それこそが、壮大な陽動作戦だというのだ。本命の一機を〈ドレッドノート〉へ送り込み、ロストテクノロジーを回収させるための。
すぐさま、サミュエルが指示を出す。
「味方の本隊では遠すぎる。俺の機体でも追いつけないだろう。〈ネメシス〉が先行して追え。〈リーパー〉と俺は、後から合流する」
今サミュエルが呼んだのは、タクティカルネーム。万が一敵に無線を傍受された場合に、パイロットが特定されるのを防ぐため、戦闘中名前を呼び合う際、本名は用いない。
機動力のあるフィオナが、いち早く例のウォーカーに追いつく作戦だ。
フィオナは、すぐに向かって右の方向へ走り出し、エレーナとサミュエルも後に続く。
エレーナが再び声を上げたのは、そのときだった。
「例のウォーカーの後ろに、まだ何か――」
そう言いかけて、沈黙する。
「どうしたの?」
フィオナがわけを尋ねるが、答えない。
そのとき、フィオナとサミュエルの視界にもそれが映った。
敵ウォーカーの後方を、民間機の作業用ウォーカーが疾走していた。
それも、大型のチェーンソーを振り回しながら、である。
理解に苦しむ光景。三人は何か言おうとするが、この状況を表す言葉を持ち合わせていなかった。
「なんだ、あいつは……」
小さくぼやいたサミュエルの声は、誰にも届くことなく砂漠の空へ消えていった。