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第2話 encounter

 砂漠の朝。

 凍てつく夜が明けてから、やがて灼熱の陽光にさらされるまでの、わずかな安らぎの時間――。




 大地に穿たれたクレーターの底。緑がかったガラス質の地面に、一人の青年が立ち尽くしている。


 ――まったく、いつ見てもでかいな。

 青年は、旧時代の浮動戦艦〈ドレッドノート〉の遺構を眺めてぼんやりと考えていた。

 こんなものが空を飛んでいたらしいが、その姿は想像もつかない。地上から見上げたら、空を覆い尽くすほどだったのではないだろうか。


 そんなとりとめもないことを考えていると、一人の男が青年に声をかけた。

「カイル! 来たんならさっさと仕事にかかるぞ」

「あ、すぐに行きます」

 カイルと呼ばれた青年は一見快活そうに答える。

 だが、彼と話した者は皆、気づかずにはいられなかった。その目に宿る暗い影に――。






 彼らの言う「仕事」――それは「遺物回収」である。


 〈最終戦争アルマゲドン〉で人口が二割以下に減少し、技術力も大きく衰退した現在の人々にとって、旧時代の遺物は計り知れない価値をもつ。〈ロストテクノロジー〉と呼ばれるこれらを回収、解析することで、人類は戦後百年の間にかりそめの秩序と科学技術を築き上げてきたのだった。

 数ある遺物の中でも、当時の技術の結晶である〈ドレッドノート〉は別格の扱いで、軍部による管理の下で研究が進められている。




 カイルは、〈ドレッドノート〉近くのベースに着いた。建物自体は、トタン板でできた簡素な造りだが、内側には最先端の設備が整っている。

 中へ入ると、すでに何人もの回収屋たちが準備を済ませ、作業を始めようとしていた。

 みな一様に、大きな人型のメカに身を包んでいる。




 アーマードウォーカー、通称ウォーカー――。

 戦後、残された人類がロストテクノロジーをかき集めてつくりあげた、搭乗型の一人乗り二足歩行ロボット。

 頭部と両手両足を備えてはいるものの、その武骨なフォルムは人間には程遠く、全高は人の背丈の三倍近い。

 名前に「アーマード(装甲)」とあるように、元は軍用に開発されたものだが、馬力と走破性の高さから、さまざまな場面で転用されている。




 カイルも、壁際に佇立ちょりつしている自分の作業用ウォーカーに乗り込んだ。

 まずは機体背面のハッチを開ける。腕の力で身体を持ち上げ、コックピットに乗り込む。本体を起動すると、暗かった前方の画面が光を放ち、外の景色を映し出す。計器類を素早くチェックし、操作レバーとペダルに手足をかける。

 何も変わらない、いつも通りの手順。




 だが、カイルがこの仕事に馴染んできたのは、最近になってからだ。


 孤児だったカイルは、物心ついてからずっと、荒廃した砂漠の街に、ひとりで暮らしてきた。もっと小さい頃、誰に育てられたのかはわからない。

 生きるために何度も盗みをはたらいたし、もっと危ない仕事もこなしてきた。

 カイルの境遇が特殊だったわけではない。

 奪い、奪われ。傷つけ、傷つけられ――。

 あの街では、それはとっても普通のことだ。

 そういう場所だから、取引や情報提供を交わす顔見知りはいても、家族や友人と呼べる人などいるはずがなかった。

 街がスラムと称されることもあったが、スラムでない場所が地球上に残っているのかは誰も知らない。




 おれには関係ない――。

 それがかつてのカイルの――そしておそらくはその街に生きる人々全員の、口癖だった。

 すぐそばの地域で繰り広げられる戦争も、街の外の遠く離れた世界も、全ては関係のないこと。




 状況が変わり始めたのは、2年前のことだった。軍部から、新たにロストテクノロジー回収作業員の、大規模な募集がかかったのだ。

 回収屋はこれでも軍属扱いだから、賃金も支払われる。ためらうことなく回収屋の仕事に就いたカイルは、ウォーカーの扱いと同時に、少しずつ人付き合いも覚えていった。






 ウォーカーに搭乗したカイルは、〈ドレッドノート〉へと歩き出す。

 そして、船体の大きな裂け目から、〈ドレッドノート〉の内部へと入っていった。ウォーカーの二本脚が、一歩一歩を正確に刻んでいく。


 画面に表示されるマップと照らし合わせながら、〈ドレッドノート〉艦内を進む。広く暗い艦内では、ウォーカーに備え付けられた弱々しいサーチライトだけが頼りだ。


 〈ドレッドノート〉はかつて、反応兵器によって大破した。とはいえ、損傷の激しい船体の中央以外は、そのままの構造が残されている。それゆえに、最も重要な遺物とされているのだ。


 ほどなくして、無線からやや雑音混じりの声が届く。回収屋のボス格の男だ。

「今回の調査領域は、マップに示した通りだ。通常通り、各自散開して調査・回収に当たるように。ただ――」

 と、一息置いて指令が続けられる。

「知っての通り、今回は未踏破のエリアだ。気を抜くな」


 改めて指令を聞いたカイルは、思わず身を固くした。

 広すぎる艦内は、依然として未知の領域が大半を占めていた。〈最終戦争アルマゲドン〉から百年以上経つとはいえ、未踏破エリアともなれば、何が起こっても不思議ではないように思える。




 しばらく歩き続けて、何本目かの通路を曲がると、前方に黄色がかった光が見えた。

 ――明かりだ。

 カイルは細く息を吐いた。

 他の回収屋のサーチライトだろう。心細い艦内では、遠くに光が見えただけでもどこか安心できるというものだ。




 が、すぐに違和感に気づく。マップ上では、近くに回収屋の仲間はいないことになっている。

 ではあの光は――?

 確かめずにはいられなかった。光の方へ自機を駆る。




 もう一度通路を曲がると、先ほど見た黄色い明かりは消え、青白い光が辺りを包んでいた。

 その発生源は、なんと〈ドレッドノート〉の本体だった。壁には、何本もの直線で構成された幾何学模様が刻まれている。そして、その模様がまばゆい光を発しているのだ。

 ――まさか、まだエネルギーが生きているのか?

 ――それなら、なぜこの場所だけ?

 カイルは激しく混乱していた。


 すると、壁がいくつものパーツに分かれ、横にスライドしていく。

 後には、壁にぽっかりと空いた四角い空洞が残った。その内側からも、光が差している。




 いくぶんか混乱がおさまったカイルは考える。

 未だに装置が動いていた理由はどうあれ、ここにある遺物を回収すれば、金になるのは確実だった。

 不安は残るが、この空洞に入らない手はない。

 そう結論づけて、壁の中へ足を踏み入れた。




 中は予想したよりずっと広く、ウォーカーが余裕で動き回れるほどだ。

 そして空間の奥に――見つけた。


 台座らしきものの上、黒光りする円柱状の物体が鎮座している。

 これこそが、この特別な空間を用意してまで守っていたものだろう。あるいは、百年以上も続くエネルギーの源それ自体かもしれない。

 それは生身の人間では運べそうにないが、ウォーカーなら楽に持てる程度の大きさだった。


 カイルは震える手でレバーを操り、遺物を持ち上げようとする。

 本体は固定されていないようだった。ところが、円柱の下部から何十本ものケーブルらしきものが伸びていて動かせない。

 カイルは、ウォーカーの腰に提げていた、作業ウォーカー用のチェーンソーを取り出した。これもロストテクノロジーを利用した特別な合金製で、たいていのものは切断できる。


 左手で物体を固定し、右手に持ったチェーンソーでケーブルを切っていく。

 普段通りの作業だが、相手が大物なだけに緊張していた。

 ようやく円柱を完全に切り離した。遺物を一旦台座に置き、息をつく。






 その瞬間。

 背後に殺気を感じる。

 回収屋の仕事を始めてから、忘れていた感覚。だが、身体は覚えている。

 考える前に機体を動かし、回避行動をとっていた。

 短い銃声とともに、カイル機がいた場所を、いくつもの弾丸が通り抜ける。


 見ると、空間の入り口に、機関砲で武装した軍用ウォーカーが二機立っていた。この地域で見かける機体ではない。

 遺物の横取りを狙っているのは明らかだった。しかもカイルを本気で殺しにきている。

 敵。カイルは即座に判断する。


 初撃をかわされたことに気づいた敵が再び構える前に、カイルは動いていた。

 敵機の懐へ飛び込み、チェーンソーで斬りつける。

 民間機の予期せぬ反撃に虚をつかれた敵は、あっさりと胸部装甲を貫かれ、停止した。


 残る一機が、撃つ。

 カイルは右へ避ける。機体左腕に被弾したが、気にしている暇はない。

 そして、例の遺物の背後へ移動。


 賭けだった。構わず撃たれれば、遺物は破壊されてしまう。

 だが――敵の動きが止まった。

 カイルの読みは当たっていたのだ。敵も、狙いの遺物は壊せない。


 敵は銃を捨て、ウォーカー用の高周波ナイフを抜いて突進してくる。

 相手は、性能ではるかに上回る軍用機。

 だが、間合いではカイルのチェーンソーが勝る。勝機はそこしかない。


 カイルは姿勢を低くして構える。

 チェーンソーが唸りを上げる。

 敵は目の前だが、まだだ。

 こちらが早まれば、勝ち目はない。

 敵はナイフを持つ腕を上げ。

 突きを繰り出してくる。


 ――今!

 チェーンソーを全力で振り上げる。かすかな手応え。

 カイルは敵機の前腕部を切断した。

 切り離された腕はナイフを握ったまま地に落ちる。

 ――勝負あったか。

 敵に武器は残っていない。

 カイルは敵から目を離さず、とどめを刺すために備えた。


 次の瞬間、飛びかかってくるものとばかり思っていた敵が、カイルを無視して走り抜ける。

 その先には、例の遺物。

 円柱状の物体を取り上げた敵機が、部屋から通路へ出ていく。

 カイルは阻もうとするが、躱される。

「くっ、あいつ!」

 思わず声を上げ、追いかけていった。






 この日、カイルが見落とした、いや「聞き逃した」ことがあるとは知るよしもない。

 まして、それがカイルの出自に関わる重大な事実を告げていたことも――。


 それは、あの壁が開いて空間が現れる前、壁の中から発された機械音声――。


[生体認証システム、スキャン開始……照合完了。フレイザー家の構成員であることを確認しました。ゲートを開放します……]

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