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074 春高に向けて 前編

「はっ!」


 未来が短い気合の声と共にトスをあげる。が……

 

 

 

 春高の県予選決勝から3日後の水曜日。時刻は7時半。要するに朝練中だ。11月なのでクソ寒いが、体を動かせば割と気にならなくなる。

 

 何とか春高に出場できるようなった俺達だが課題は多くある。その1つが本当の意味で俺が全ローテでの攻撃参加であろう。

 先日の姫咲戦では俺が未来とでは速攻が使えないこととバックアタックが速攻では使えないことが露呈してしまった。また、第4セットでは玲子が抜け、俺が後衛になってしまうと攻撃力が著しく低下し、ローテを回せなくなってしまうという欠点も露出した。

 

 これを解決するには俺が未来とでも速攻が出来ること、さらに陽菜、未来、どちらがセッターでもバックアタックの速攻も出来ること。この2つが出来るようになると俺はコート内のどのポジションにいても速攻が使えることになり、相手へプレッシャーを常に与えることが出来る。

 

 プレッシャーを無くすにはAパスをさせないことが必要で、そのためには強打で松女(うち)の守備を崩さなくてはいけない。が、うちの守備はブロックは高いし、守備職人のユキがいる。これを崩すのは大変だ。おそらく無理をしてでも強打をしようとする場面が出てくるであろう。無理をするということは自爆する可能性もあるということで、これはこれで得点源になる。

 

 まあつまり何が言いたいかと言うと春高までの1ヶ月で速攻使えるようになりましょうね、つう話だ。

 

 ちなみに俺の速攻練習だが何も姫咲との戦いの後から始めたわけではない。夏休みの終わり頃から本格的に練習には組み込んでいる。が、試合で使えるほどの精度が出てないのだ。原因は――

 

 未来が気合と共に上げたボールは俺の顔のあたりに飛んできた。もう30cmは上にあげて欲しい。とりあえず飛んできたボールを顔の横でスパイクして、

 

 

「未来。トス低い。やり直し」


 と未来に文句を言う。


「あぁ。もう、うぜぇええ!あのくらい好き嫌いしないでスパイク打てよ!」


 俺の当然の主張に対し、なぜか逆ギレする未来。試合で使える精度が出ないとはこのこと。トスが俺の欲しい高さになかなか上がってこない。体感で言うと未来の場合は2割程度の確率でトスが高すぎたり低すぎたりする。つまり成功率は8割程度。ちなみに陽菜の場合は9割9分以上の確率で欲しいところにトスが来る。

 

 ただしこれは練習、もっと言えばAパスでボールが返ってきた時に俺が前衛速攻の練習をしようとした時の確率だ。これがちょっとファーストタッチが崩れただけで2人とも7割程度までトスの成功率が落ちる。

 

 バックアタックになるともっと悲惨でファーストタッチからの通しの練習だと半々程度。とても試合で使えるようなものではない。ちなみにこのことからもわかるように陽菜はきれいにAパスで上がってくればスパイカーの欲しいところにボールを上げられるが、少し乱れただけで上げられる確率がぐっと下がる。

 

 ……休日も一緒に練習してるだけあって多少乱れても俺に上げる分には問題なく欲しいところにボールは上げられるが。反対に未来は多少ずれてもそれほど上がるボールに違いはない。

 

 まあこの辺はセッターの個性だとしてだ、あと1ヶ月半で試合でも通用するレベルまで仕上げなくてはいけない。いけないというのに……

 

「ったく。陽ねえなら毎回きちんと私の欲しいところにあげてくれるよ」

「アタシはお前の姉ちゃんじゃないっつうの!」


 これである。真摯に反省し、努力している姿を見せてくれれば俺もこんな小姑みたいにネチネチ言わないというのに……

 

「はぁ……。未来は器も小さいんだね」

「あぁ!!?器『も』ってニンジャの方がチビじゃねえか!」


 ぷっ。誰が背の話をしてると言うのかね?


 思わず笑みがこぼれてしまうが、ここは我慢だ。耐えろ俺。

 

 俺は(頑張って)真剣な顔を維持しつつ、未来の肩を軽く2回叩く。そして胸をはって言ってやる。

 

「あいあむしー」

「んだとぉぉお!!」


 ぐわしっ!と人の胸部を鷲掴みする未来。いやん。

 

「うぉ!でけえ!」


 そのまま弄る未来。

 

「なんかを入れてる感じはないし、これは本物か!」

「はっはっは。当然本物ですことよ?」


 

 ちなみに我が家にはPADなんてみっともないものは使うな、というお達しが出回っているので使ったこともない。

 


「くっ!おい、陽菜!」

「2週間くらい前かな?優ちゃん、生意気にも「最近ブラがきつい」とか言ってたからお店に行って測ってもらったら、ね」


 なにが『生意気』だ。お前だって「最近、『また』胸が大きくなっちゃったからブラを買い替えないと。良いね。優ちゃんは買い替える必要がなくて」とか今までさんざん言ってきただろうが!! 

 

「おほほ。嫉妬は醜いですよ。貧乳さん」


 と、こういうものの俺の方が華奢な体格なので純粋な乳肉の大きさならまだ未来の方が上だろう。多分だけど。


「だ、誰が貧乳だ!アタシは普通だっつうの!このチビ!」

「チ、チビじゃないもん!普通だもん。平均だよ!」


 き、貴様!言ってはならない一言を!俺はチビじゃねえ!


 お互いにチビだとか貧乳だとか罵り合いを始めると明日香が本当に禁断の一言を放ってしまった。

 

「止めなよ。2人とも練習中だよ。第一、私から言われせればどんぐりの背比べだよ」


 ……

 

 言っちまったなあ。明日香さん。そりゃ168cmでそれだけ立派なものをお持ちの明日香さんからすれば目くそ鼻くその世界かもしれないが……


 

「デブ(ぼそっ)」

「ケツデカ星人(ぼそっ)」

「だ、誰がデブよ!誰が!あとケツデカ星人って何よ!」


 明日香も混ざったキャットファイトが開催されようとしたまさにその時、

 

「お前ら、いい加減にしろ!練習中だぞ!」


 佐伯監督から一喝され、練習に戻ることになった。

 

「はぁ……頼むから午後はちゃんとしてくれよ。情けない姿を外部の人には見せないようにしてくれ……」


 ぼそっと嘆く佐伯監督。そのすぐそばではなにやらぶつぶつ言っている上杉コーチ。

 

 ちゃんとしてくれと言われても……

 

 これ俺達の平常運転だから、これが『ちゃんとしている』状態だと思うんですが、どうですかね?

 

=======


 さて、朝練で『午後はちゃんとしてくれ』と佐伯監督が言ったのは理由がある。午後はVボールというおそらく校内では明日香しか愛読していないバレーボールの月刊誌の取材が来ることになっている。

 

 なんでも12月号は春高特集をするそうで、その中で松女(俺達)を取り上げるらしい。

 

 まあ話題性はあるわな。まず冗談みたいに飛ぶ俺、部員は選手登録の上限どころか10人にすら満たない少人数チーム、でも部員全員が美少女(自分で言うと恥ずかしい……)。

 

 それと合わせて大会パンフ用の身体測定も午後にやる予定だ。

 

 身体測定と言ってもバレー用の身体測定で身長、指高(腕をまっすぐ上に伸ばして地面から指先までの高さを測る)、ランニングジャンプ(助走をつけてジャンプ)、スタンディングジャンプ(助走をつけず、その場でジャンプ)の4つだけだ。

 ちなみにランニングジャンプはスパイク時の高さになり、スタンディングジャンプはブロック時の高さになる。もう少し言えばランニングジャンプは最高到達点にもなる。

 

 んで授業を真面目に受けている(もうじき期末だし、真面目にやらないと陽菜に負ける。それだけは嫌だ)とあっという間に放課後だ。

 

 いつも通り部室で着替えて体育館に行くと、月刊誌の取材スタッフの他によく知っている人が体育館にいた。 

 

「山下さん。お久しぶりです。どうしてここに?」


「あぁ久しぶり、優莉君。今日は君がここで体力測定をするって小耳にはさんで僕も一緒に計測したいと思って学校に頼んだんだ。あ、そうだ。前にバレーシューズが欲しいって言ってたけどこの靴、優莉君に丁度いいと思うんだけどどうかな?」


 この山下さんという人は俺のバイト先の人、というべき人だ。

 

 美佳ねえに半分騙された形で参加した全日本女子バレーボール合宿。その時に俺が色々と規格外(らしい)記録を叩き出したことであの時のスタッフ陣が俺に興味を持ったようだ。

 

 大体月に1回程度の割合で呼び出しを受けて東京で走ったり、跳んだりをすることになっている。もちろんタダではなく、1日ごとになんと2万円もの日給が貰える。この他、往復の交通費はもちろん、前泊する場合は宿泊費も出してくれるし、食費も建屋内の食堂なら何を食べても無料。

 

 さらには今みたいに靴だとかもタダでくれるのだ。過去には1個5万円超もするランニングウォッチをタダでくれた。正直ボロいバイトなので申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

 

 そんな美味しいバイト先の山下さんはわざわざここまで俺がバレーをやっている様子を見に来たそうだ。

 

 変わってるなあ……

 

 その後、しばらくして部員全員が揃ったところで改めてVボールのカメラマンが挨拶をしてきた。


「今日はよろしくお願いします。私を気にしないで皆さんはいつも通り練習してください。インタビューは1人当たり5分から10分程度お願いできると助かります」


 と、言われはするものの、すでに俺を除く7人どころか佐伯監督も含めた8人の顔がすでにいつも通りじゃないんだよなあ。


 お前ら、ばれないようにしてるつもりかもしれないが化粧に随分気合い入れてね?

 

 男だった時(かつての俺)だったら気が付かないと思うが女になった今(今の俺)にはバレバレですよ。


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