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072 VS姫咲高校 その10 悪くない

 姫咲高校のスーパールーキー、沖野 知佳と徳本 正美はバレーの才能に恵まれた明るく、努力もできる逆境にもめげないメンタルを持ったスポーツ少女。

 

 それが世間一般のイメージであったが、実際には2人にとってバレーボールとは他者承認欲求を満たすためのものであった。

 

 バレーボールを始めたのは小学4年生の4月から。後に所属することとなる市内の小さな少年バレーボールクラブが部員を集めるべく周辺の小学校にチラシを配布し、それが縁で小学校の違う2人が出会った。

 

 そのバレーボールクラブで2人はずっとチヤホヤされ続けた。入部当初はすぐに辞めて欲しくないから監督もコーチも厳しいことは言わなかった。

 入部してしばらくすると2人はずば抜けたセンスを発揮し、瞬く間に5年生、6年生と同等かそれ以上の選手に育った。飛びぬけて巧く、態度も素直で模範的であったので怒られる要素がない。


 5年生になる頃には6年生を追い抜いて2人ともレギュラーに定着し、6年生の時は県内の強豪チームを蹴散らして全国大会まで勝ち抜いた。


 ただし飛びぬけて巧かったのは2人だけで、チームメイトには性格はともかく、バレーの実力という基準では恵まれなかった。

 

 県レベルならともかく、全国レベルの試合となるとたった2人で勝ち抜くことは出来なくなった。

 

 が、これが反対に2人には都合がよかった



「あ~惜しいよな。あのチーム。セッターとエースはものすごく巧いのに、他の4人がなあ」

「だよなあ。さっきの試合、最後はエースに3枚ベタ付きとか小学生の試合じゃないよなあ。あともう1枚、もう少しマシなスパイカーがいれば……」

「いや、それよりも背の高いブロッカーがいれば……」

「まずはいいレシーバーだろう。まともにセッターへ返球出来ないとか試合にならんよ」


 そんな声が聞こえるたびに2人とも自分が悲劇のヒロインになったようで歪んだ自己満足を満たしていった。

 

 ちなみに小学6年生当時の身長は沖野が157cm、徳本が159cm。如何に飛び抜けたセンスがあろうとも平均より多少高い程度で160cmに満たない背丈ではバレー選手としての未来()は知れている。


「いやあ。あの子達、巧いねえ。ま、ちょっとばっかり背丈が足りないけどな」

「全くですよ。せめて後5cmあればねえ……」


 そんな陰口も活力となった。なぜなら正直将来をバレーで、なんて考えてもいなかったし、今の身長でも平均より高いくらいなのだ。なにを不満に思う必要があるのか。

 

 

 

 そんな彼女達はバレーの強豪私立から誘いもなかったわけではないが行くこともなく、地元の、小学校と違い2人そろって同じ公立中学へ進学した。


 その中学でのバレー生活はある意味では恵まれず、ある意味では恵まれた。

 まず顧問。自主性に任せるという大義名分のもと、積極的な指導は行わず、それでいてロクに部活を指導していないなどというレッテルを張られないように練習時間は長かった。

 続いてチームメイト。そんな顧問に有力な選手が集まるわけもなく部員は少なかった。

 そんな中、まるで安い芝居の世界のように情熱をもって周囲を動かし、練習メニューを少しずつ変えていき、チームを少しずつ強くしていき、勝てるチームに3年をかけて変えていった。

 が、それでも弱小チームというかつてのレッテルをはがしきれずに部員が集まらず、中学3年生の頃は部員たった6人、うち1人は昨年の秋からバレーを始めたという素人が混ざった状態。この底辺を争うようなチーム状態で全中出場まで勝ち抜いた。


 その奇跡の原動力となった彼女達を、誰しもがバレーの天才だと褒めたたえる。


 さらにその頃になると沖野は170cm、徳本は176cmまで身長が伸びていた。

 

 客観的に見れば唯一の弱点であった背丈が補えた以上、必然的に『上』のステージからも声がかかるようになっていた。すなわち、世代別ナショナルチーム、U-16からの誘いである。

 

 残念ながらUー16ではさして活躍は出来なかったが、『無名の公立中学から日本代表へ』という看板は彼女達の自尊心を大いに満足させた。

 

 その後の進路は周囲からの強い勧めもあって女子バレー県内最強と名高い姫咲高校へ進学。

 

 

 

 この内心と経歴との乖離からもわかるように、沖野と徳本は決して健全真っ当なスポーツ少女というわけではない。

 

 

 U-16で全く活躍できなかったのは周囲との心構えの差に圧倒されたから。今でも大好きなのはチヤホヤされることで、別にバレーが特段好きなわけではない。

 

 

 

 

 

 それは当の本人達が一番自覚している。

 

 

 

 別にバレーでなくともよい。自分が中心となれる、自分が女王様になれる場所さえあればよい。

 

 

 

 だからこんな自分達の出来次第で勝つか負けるかが決まる勝負なんてまっぴら。もっと緩いところで外面だけよくやっていきたい。

 

 

 そうであるはずなのに……



 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 第5セット。松原女子はローテーションを大きく変えてきた。ネットを挟んだエース徳本の前には160cmにも満たない東欧人風の少女。

 

 第4セットまで松原女子は最大限怪物(6番)にサーブが回ってくるようなローテーションを組んでいたが、ここに来て最大限徳本と同タイミングで怪物(6番)が前衛に来るように仕込んできた。

 

 これの意味為すところはただ1つ。春高県2次予選ではお試しで少しだけ使い、県3次予選では陽紅高校相手に見せた松原女子の対エース用シフト、怪物(6番)によるエースのベタ付きブロックをするということだ。

 

 通常、バレーボールにおいて強力なスパイカーにこそブロッカーを複数枚貼り付けるものだが、松原女子の戦略はこれとは真逆。

 

 規格外の高さと反射神経を誇る怪物(6番)によるワンマンマーク。他のブロッカーは邪魔にならないようにセンターからライト寄りに偏って配置し、ブロックする際に怪物(6番)が左右に自由に動けるようにしている。さらにはエース以外にボールが上がっても目もくれないという徹底ぶり。

 

 しかもご丁寧に陽紅高校戦とは違い、ローテーションをずらしてでも徳本のローテにあわせてきている。第4セットで14点取られたことがよほど堪えているようだ。


 これは怪物(6番)のブロック能力が高ければこそ活きる戦法であり、事実怪物(6番)のブロッカーとしての能力は非常に高い。

  

 第3セット後半から見せていたタイミングずらしのスパイクも、ブロックが圧倒的に高いため最高点から数センチ低くなったところで抜けはしない。怪物(6番)が専属ブロックについている間、徳本の決定率は大きく下がった。

 

 もちろん、姫咲も無策でこのシフトに対抗するわけではなかった。

 

 まずは囮で惑わす作戦。これは釣られずに徳本にベタ付きされるので無意味。

 

 続いてファーストテンポによる速攻。これは余裕の反応でブロックに飛ばれた。

 

 ならばスパイクする際に左右に揺さぶる作戦。これも相手の方がすばしっこいので左右どこに飛ぼうが引きはがせなかった。

 

 1人時間差攻撃。6月の頃には引っかかっていたのだが、今では全く釣られてない。

 

 スパイクコース自体を左右に打ち分ける作戦。相手の味方から「ブロックする際に左右に腕を振り回すな!」と苦情が入るものの、こちらも止められる。というか1枚ブロックにも拘らず、必ずボールに触ってくる。

 

 現状一番有効な戦法は――

 


「6番のブロックの攻略法がわかりました。どこに打っても止められるのならいっそのことブロックにあてちゃえばいいんです。狙うのは指の先、中指の第1関節あたりですね。それよりも下にあてちゃうと指の力だけでスパイクを押し返してきます。全く、あんな可愛い顔してるのにゴリラ並みのパワーなんですよ」



 現在スコアは4-3。1点リードしているが、ここで怪物(6番)のサーブ。が、反対に言えばここから3ローテの間は怪物(6番)が後衛ということ。

 そのことを改めて伝えるためにタイムアウトを取ったところで姫咲のエースがとんでもないことを言った。

 

「いや、そんなところを狙え「あ~やっぱりそこしかないよね」」

 

 とんでもないことに同調したのはセッターの沖野。

 

「でもさ、指先狙うのって神経使うよね」

「そうそう。それにちょっとコントロールを失敗するとブロックアウトを狙ったつもりが相手ブロックにあたりもしないで豪快にスパイクがアウトになっちゃうからあんまりやらないんだけどね」

「正美ってそういうところあるよね。冒険しないで守りに入るって言うかさ」

「堅実って言って欲しいんだけど……」


 さらっと爆弾発言をするエースと補欠セッター。

 

「ひょっとして正美って指先の第1関節を狙ってスパイクできるの?」

「???先輩達もできますよね?普段からブロックアウトを狙う練習の時は指先狙えって指導を受けますし」

「「「「いやいやいや」」」」


 普通は出来ない。ジャンプしてスパイクを打つまでの時間は1秒もない。その間に相手の指の先をきれいに狙うなんて芸当は普通は出来ない。

 指先を狙えと言うのはあくまで目指せと言う意味であって、実際にそこを狙ってスパイクを打てるような選手は極々限られている。

 

 


「???知佳?私変なこと言った?知佳もできるよね?」

「トスがちゃんと上がればね。2段トスとか、ネットから離れすぎてるとかだとできないよ」

「そりゃそれだと私だってできないよ」


 ……どうやら姫咲の1年も大概な怪物のようだ。

 

 

「それとムキになって怪物(6番)と勝負しない、っていうのもありだと思います。うちのセンターラインは相手のセンターラインより高いんですし、辺見先輩達にも打ってもらいましょう。なのでいいレシーブをお願いします。多少低くてもいいので(セッター)にボールを返してください。そうなれば私が良いセットアップをしてみせます」

 






 これまで沖野 知佳と徳本 正美にとってバレーボールとは2人の圧倒的センスをもって戦うものだった。

 

 

 だが、今は違う。

 

 

 それぞれのコートプレイヤーがそれぞれの役目を高い次元でこなし、そこから生まれる高い次元のバレー。

 

 2人でなく6人で、創意工夫しながらやるバレーは決して悪くはない。

 

 

 

=====

 

 

 その後の試合は如何に注意しようとも怪物(6番)のサーブは強烈で、このローテーションで逆転を許してしまう。

 

 が、それさえ過ぎれば今度は怪物(6番)が後衛のローテ。

 

 攻撃力が落ちたところで再度逆転。そして再度怪物(6番)が前衛にあがり、そして……

 

 

 

 最初にマッチポイントになったのは姫咲高校。

 

 だが、ここで松原女子が1点追加し、14-12へ。

 

 そして、ここで第5セット2回目となる怪物(6番)のサーブの順番が回ってくる。

 

 コート内外の誰もが思う。このローテーションで試合が決まると。

Q.いきなり徳本も沖野も巧くなりすぎ

A.逆に本来はこれくらい出来ていた選手なんです。メンタルがちょっとあれなだけで……

  漫画的に言うなら覚醒徳本、覚醒沖野と言ったところでしょうか?

  2人が覚醒状態なら金豊山と戦っても姫咲は3割以上の確率で勝てます。

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