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071 VS姫咲高校 その9 技巧派スパイカー

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 春高 県最終予選 女子決勝戦

  第4セットセット中

  体育館備え付けの女子更衣室より

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 アリーナで女子決勝戦第4セットが行われているころ、姫咲高校女子バレー部主将(キャプテン)の西村はマネージャーの東出と共に女子更衣室にいた。

 

 少し前、医務室の医者に左手を見せたところ

 

「ここでは応急処置以上のことが出来ません。早く病院へ行ってください」


 と言われてしまった。

 

 確かにレントゲン検査も出来ないここではそもそも折れているのか脱臼しているのかさえわからないだろう。一方早くとは言われたが、一分一秒を惜しむような怪我でもない。痛いけど。

 

 11月の中旬とはいえ、十分なウォームアップから始まり、試合も3セット目までフル出場しているので汗もかいている。

 汗まみれのユニフォーム姿で病院に行くのは憚られたために西村達は更衣室で着替えてから病院に行くことにした。左手はすごく痛いけど。

 

 怪我をしているのは利き手でもない左手の小指。着替えるのにさほど苦労はない。着替えている間にコーチが自動車を会場入り口につけてくれるという。救急車やタクシーを呼ぶよりすでに会場に来ている車で移動したほうが早いだろう。

 

 コンコン

 

「失礼します」


 と、わざわざ更衣室にノックと挨拶をして入ってくるものがいた。清掃員だろうか?それにしては随分声が若――


「申し訳ありません!」


 入ってくるなり勢いよく頭を下げたのはユニフォーム姿の松原女子のエース格(3番)だ。

 

「?あなたは松原女子の……」


 はて、何で自分は謝られているのか考えること少し……

 

「あぁ。第3セットの最後のあれね。気にしなくていいわ。わざとじゃないんでしょ?」


 逆にわざとやってできるのなら大したものよ、と最後に付け加えて笑いを取ろうとしたが相手の顔色は悪くなるばかり。


「いや、本当に冗談だって。バレーをやってたらいつかどこかで起きる事故の一つなの。だからそんなに固まらないで!」


 その後、謝罪に来た方が謝罪される側に気を使われることしばし。

 

 

「えっと村井さん、よね?気にしなくていいの。これは事故よ。それより早くコートに戻りなさい。今戻らないときっと後悔するわよ」


「怪我をさせた私「私も昔、チームメイトに怪我を負わせたことがある」」



 なおも謝罪しようとする村井の言葉を遮って西村は昔話を始めた。


 

「2年の4月。まだ1度も公式戦に出れてなかった私は相当焦ってた。推薦で高校に入ったからね。それで練習中に積極性をアピールしようとして練習試合中に本当なら他人のボールだったんだけど、割り込んで取ろうとしちゃったの。

 でも相手だって自分のボールだと思っていたからお互いに取ろうとして減速なしで激突。

 私は何ともなかったけど相手は脳震盪起こして3日くらい練習に出れなかった。それがトラウマになっちゃってね。しばらくボールを追えなくなっちゃった。

 結果、ボールを追えない私はなんと2年生の時に1度も公式戦に出れませんでした」

 

「……」


「でね、私がもう一度ボールを追えるようになったのは怪我をさせたチームメイトからちゃんとバレーやれ、って怒られたからなの。

 怪我をさせた子に今の村井さんみたくグチグチ怪我させたことを言って言い訳してたら関係ないって怒られちゃった。お互いに一生懸命やった中での事故だからしょうがないって。

 その子も私の同級生であっちも推薦で試合に出てないのも同じなのにね。あの時私が許されたみたいに、今は私が村井さんを許す。

 そして今すぐコートに戻りなさい。かつての私はすぐに立ち直れなくて試合に出れなかった。私の怪我は別に命にかかわるようなものじゃないの。

 それより、今日負けたら村井さん一生後悔するわよ。あの時自分が出てたら試合に勝ったかもしれないって」

 

「……」


 先ほどとは違う顔で沈黙する村井。

 

「あ、今自分が抜けたくらいで負けが確定するのか、って思ってるでしょ?はっきり言うけどその通り。村井さんは知らないと思うけど、絶好調時の正美……姫咲(うち)のエースは凄いわよ。高さ的に止められるのはあなたか、それとも松女(そっち)の小さいエースのどっちかでしょうね。

 ついでに絶好調時の正美を活かせるセッターは私じゃない。今コートにいる「おい。西村。まだ着替えてるのか?もう車は準備できたぞ」」


 更衣室の前から男性の声が飛んでくる。姫咲のコーチの声だ。


「すいません。今行きます!ということでこっちは大丈夫だから。それよりも後で“自分が出てたら負けなかった”なんて言い訳されたくないの。だからコートに戻って」



 この時の村井は知らない。松原女子が第4セットで大差のリードを許していることを……


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 視点変更

  同時刻 アリーナ

   立花 優莉 視点

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「知佳!ラストちょうだい!」

「オーライ!正美」




 くっ……また来る。

 

 知らなかったが、オープントスを堂々とやられると「お前らのブロックはへなちょこだから怖くない」と言われているようで中々に腹が立つ。

 

 なんでオープントスかというと、その前に明日香がキレキレのストレートスパイクを放ち、それをレシーブされるものの、レシーブというよりはボールを上げたというものであり、そのなんとか上に上がったボールを相手セッターが2段トスで相手エースにあげているからである。

 

 

 

 そして――

 

 

 ピーッ!


 また失点。これで6点差。

 

 何が腹立つって実際に相手はブロックなんぞお構いなしに打って、しかもこっちのブロックは実際かすりもしない。

 

 

 

 第4セットは玲子を欠いてのスタートとなった。

 

 そりゃ相手に怪我させればなあ……

 

 俺も玉木商業との試合で相手を医務室送りにした時は気が気でなかった。まして今回は目に見えて怪我とわかる怪我。しかも骨折または脱臼という結構重たい奴だ。

 だから玲子は謝罪をしに行くと言ってアリーナを出た。俺達もそのことは納得している。後は相手が受け入れてくれるかどうかだが……

 謝罪を受け入れてほしくて謝りに行くわけではないが、謝りたいという気持ちは真摯なものだ。だから謝りに行く。それはいい。

 

 

 

 問題はこっち。

 

 試合は玲子の代わりに愛菜を出している。愛菜は誰かが怪我をした時に代役がこなせるように色々なポジションを器用万能にこなせるように練習している。その平均値は高いが、やはり玲子と同じ活躍は出来ない。

 

 

 そして一番の問題が高さ。

 

 

 現在松女(俺達)の前衛は明日香、愛菜、未来と最もブロックに高さが出ないローテになっている。これが最悪の事態を招いていた。相手エースのスパイクをこちらのブロックが全く止められない。素通しと言ってもいいかもしれない。

 俺だけじゃなく、玲子もよく高さが出ないチーム相手にブロックを無視したスパイクを打つが、だからこそこの異常さがわかる。如何に玲子と言えども明日香はもちろん、未来や愛菜のブロックだってかすりもさせないでスパイクを打つなんて芸当は出来ない。

 

 そして相手エースの身長は玲子と同等。玲子のジャンプ力は女子高生離れしている。つまり玲子級のジャンプカの持ち主なんてめったやたらにいるはずがないのだ……

 にも拘らず、素通し。どんなトリックなんだ?さっきのタイムアウト中には佐伯監督や明日香が「ジャンプのタイミングをずらされている」とか言っていたが……

 

 


 と、そんな俺の思考などお構いなしに次のラリーが始まる。相手からのサーブだ。

 

 コースは嫌なところだが、愛菜が丁寧にレシーブを上げる。愛菜が控えだと思ってレシーブも出来ないと思ったのか?侮るなよ!愛菜は出ずっぱりの俺よりレシーブが巧いんだぞ(自虐)。

 

 愛菜が上げたボールを陽菜がトス。所謂Aクイックだ。それを明日香が打つも相手に拾われる。

 

 これが正直苦しいところだ。

 

 今のところ、セオリーで行くのならセンターからのBクイック、つまり愛菜でスパイクを仕掛けるんだが、愛菜の高さで姫咲のブロッカーにスパイクは囮抜きでは厳しい。

 

 故に陽菜もレフトからの明日香のスパイクにしたのだろうが、それでも決定打にかけている。

 

 あくまでうちは俺か玲子がスパイカーとしている、俺達に注目を集めるからこそ他のスパイカーが活きる戦術なのだ。

 

 玲子がいない以上、俺が打つしかないのだが、その俺は後衛。ローテを回さないと前衛にあがれない。が、決定打がないとローテが回せない。

 

 

 明日香の打ったスパイクは相手リベロに拾われて、さらに相手セッターがトスをあげて……

 

 気のせいだろうか。相手エースだが第4セットからちょっとだけ高く飛んでいるように見える……

 

 ブロックを通り抜けるのならブロックで止めていたであろうコースも守ればいいだけ――





 ってここでフェイントかよ!男なら正々堂々勝負せんかい!

 



 ……相手女子高生だった……

 

 

 7点差。また点差が開く……






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 春高 県最終予選 女子決勝戦

  第4セット終了直後

  実況席より

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「最後に負傷者が出てしまいまとめられなかった第3セット、そして先ほど決着のついた第4セット振り返っていかがでしたか?」


「バレーボールは変わったな、それが正直な感想です。私が監督ではなく現役選手だった頃、ボールが今と違い真っ白だった頃の話です。

 あの頃は1にも2にもアンダーハンドレシーブでした。特に女子の世界ではスパイクですら決定率が低く、ラリーを制するチームがバレーを制していました。サーブはサービスエースを狙えるようなものではなく、レシーブ出来て当たり前の時代です。

 あれからリベロが導入されたことで背の高いアンダーハンドレシーブが苦手な選手は後衛時に試合に出なくなりましたし、ポイントもラリーポイント制になりました。

 そして何よりバレーのパワー化ですね。ちょっと悔しいですが、私の現役時代よりずっと速いボールがコートを飛んでいます。これでは昔ほどボールを拾えません。

 第3セットは松原女子の背の低い方の立花がサーブだけで7点、彼女のサーブローテ中に計13点も取っています。これは立花の強力なサーブでサービスエースまたはそこまでいかずともレシーブを乱し、甘くなった返球を強力なスパイカーでスパイクにして得点を重ねたからです。

 第4セットは徳本ですね。これですよ。私が去年全中で見た絶好調時の彼女がこれです。ようやく私の知っている徳本を見ることが出来ました。この徳本を見たいがために今日の解説を引き受けたようなものです」

 

「田代監督も絶賛の徳本選手ですが、第4セットは1人で14点も決めています。なぜ第4セットから調子を上げてきたのでしょうか」



「主将の西村の負傷退場に一念発起した、というのもあるでしょうが、私はセッターが沖野に代わったこともあると思います。バレーで一番難しいポジションはセッターなんです。

 その仕事は司令塔として相手の様子、調子を調べてチームメイトの中から今日の主役を見つけて、と多岐に渡りますが一番は『スパイカーの望む位置と高さにトスをあげる』でしょう。

 これが難しい。なぜなら選手ごとに高さはセンチ単位で違いますし、体調の良し悪しもあります。だからスパイカーの望む丁度の高さでトスをあげるのはまずできない。

 それが出来るのは一部の天才だけですよ。がそれはあくまでスパイカー全員に対してという条件が付きます。徳本と沖野は小学生の頃からずっと同じチームで組んでましたから。

 おそらく徳本が望む高さのボールを日本で一番あげられるのは沖野でしょう。徳本のベストを見極められる分だけセッターが西村の時と比べ数センチ高い打点を生み、第4セットの結果となりました」


「失礼ですが、高さだけであれだけ高い決定率を生み出せるものなのでしょうか」


「いいところに気が付きましたね。もちろん高さだけではありません。徳本は第3セットの後半からスパイクをすぐ打つ、空中でためてから打つなど打つタイミングを変化させているんですよ。

 松原女子のブロッカーからするとこれはつらいでしょう。元々徳本は超高校級の高さからスパイクを打ちます。なのでブロックもスパイクのタイミングで最高の高さにしなくてはいけないところをこのタイミングずらしですから。この辺りの巧さは長年バレーをやっている徳本ならではでしょう」



「これでセットカウントは2-2。数字の上では互角ですが、第5セットの予想は?」


「第4セットを取った勢いのある姫咲が、と言いたいのですが松原女子も村井が戻ってきた後からは互角近い戦いに変わりました。第5セットは冒頭の話と矛盾があると感じる方もいると思いますが、レシーブを丁寧にした方が勝つ、でしょう。両チーム共に素晴らしいスパイカーがいます。如何にエースにつなげるか、如何に相手にキレイにレシーブさせないか、そこが勝負のカギを握ります」

 

「なるほど。秋季バレーボール大会女子の部、決勝戦。決勝戦に相応しい素晴らしい熱戦も第5セットで決着がつきます。

 第5セットはこれまでと違い先に15点先取制となります。そして勝者のみに春高への出場権が与えられます。まさに天国と地獄の分かれ目となる第5セットはまもなく開始です」





 春高 県最終予選 女子決勝戦


 姫咲高校 VS 松原女子高校

  第4セット

    25-14


  セットカウント

     2-2


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