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070 VS姫咲高校 その8 ターニングポイントその2

「ラスト!」

 相手のレフトがボールを呼ぶ。それに対し、玲子、未来がブロックの態勢に入る。俺?俺も前衛だけど、俺のポジションはレフト。相手から見ると右側にいることになる。

 

 うちは3枚ブロック体制ではないから相手レフトからの攻撃は原則俺は飛ばないし、そもそも相手セッターがレフトではなくセンターもしくはセンターがブロード攻撃を仕掛けてライトから打ってくる可能性がある以上、そちらの警戒を疎かには出来ない。

 

 

 ……まあブロックシフト次第では高さが出る俺がライト側、相手のレフト側で飛ぶこともある。が、陽紅高校との試合でエースにベタ付きした結果、エースを犠牲に俺を飛ばさないという作戦に出られたことから安易に俺が右側で飛ぶのは良くないだろう。あれをやるとブロック後のこちらコートの動線が滅茶苦茶になる。

 

 

 

 

 そして姫咲は予想通りレフトから打ってきた。予想外なのはスパイクのコース。ストレートのコースを塞いだのでクロス方向、もしくはフェイント(ちなみにフェイントだったら俺の出番だった)かと思われたが、相手はストレート方向に打ってきた。

 

 通常ならブロックに阻まれるはずだが、相手のスパイクは未来の手の上を通過した。

 

 相手のレフト、姫咲のエースの徳本とかいう1年生は小学生の頃は陽菜や未来をボコボコにし、中学ではユキに勝ち、明日香に至っては小中どちらも圧倒している上に、中学3年生の頃は当時素人だった愛菜を無理やり試合に出しても県大会で優勝をかっさらうくらいのバレーエリートだ。

 

 そのバレーエリートが第3セットで俺達の得点が20点の大台に乗る前のタイムアウトからいよいよ本気を出してきた。

 

 

 姫咲2回目のタイムアウトの指示内容は容易に想像できた。おそらく「エースはファーストタッチをしなくていい、してはいけない。その代わり最初から助走距離をしっかり稼げ。他の選手はエースを援護しろ」とかそんなもんだろう。

 

 相手エースはタイムアウト後からサーブを打った瞬間からコート外に出ようとしている上に、最後はそのエースに任せる場面が増えていた。

 

 そしてそのスパイクが強烈。

 

 背丈は公称176cmとずば抜けて高いわけではない(と156cmの俺が言ったら失礼だろうけど)が、ジャンプ力が高いのか打点が高くまともにブロックで止められるのはおそらく俺か玲子だけ。

 陽菜や歌織だとボールが手のひらではなく指の先にあたり、明日香や未来に至っては今のようにタイミングが少しでもずれると手の上を通過されてしまう。ちなみにうちはブロックの高さが売りの一つであるチームである。そのブロックの上を通過するのだ。いったいどんな手品を使ってるんだ?

 

 そしてストレート方向はブロックで防ぐつもりだったのでレシーバーを配置していないため、そのまま失点。

 

 

 いかん。

 

 

 これで24-23

 

 ほぼ追い付かれた形だ。

 

 

「あと1点だからと気負うな。こんな時にこそ丁寧に、だぞ!」


 ベンチから佐伯監督の声が届く。



「1本、ここで止めよう。サーブレシーブをしっかりやればスパイクも飛んでこない」


 明日香が味方を鼓舞する。

 

 

 ピーッ!

 

 

 笛が鳴る。サーブが飛んでくる。コース的には俺のところか?

 

 なめんなよ。

 

 いつまでもレシーブが下手なままだと思ったら大間違いだ。そんなに速くもないしな。

 

 レシーブして見せるが、レシーブした位置的にすぐに助走には入れない。

 

 今のセッターが陽菜であることも考えると狙いは速攻封じ(こっち)か。

 

「陽菜!」

「ライト!」

 

 中央から玲子が、ライトからは未来がボールを呼ぶ。俺も速攻には加われないが、陽菜がオープントスをあげてきた時を想定し、左から助走できる位置に着く。

 

 ボールはセンターに上がり、そのまま玲子が相手ブロックごと蹴散らして25-23。

 

 

 ふう。なんとかこのセットをとれたか。


=====

 視点変更 同時刻

  姫咲高校 女子バレーボール部 視点

=====


 取れなかったのは残念だが、次につながる。

 

 エースの調子が上がってきた第3セットを総括すればそうなると赤井監督は考えた。

 

 では次の策は、というところでコート上の異変に気が付いた。セッターで主将(キャプテン)の西村が右手で左手をおさえてうずくまっている。まさか……

 

 

「西村さん。左手を見せてください」


 赤井監督は西村に近づきそう話す。

 

 

「大丈夫です。なんでもありません」

「西村さん。2度目です。左手を見せてください」


 確信した。これは不味い状況だと。

 

「次は「3度目です。左手を見せなさい」」


 渋る彼女からようやく左手を見せてもらった。

 

 

 

 

 

 

 そして予想通り――











 左手の小指があり得ない方向を向いていた。














「すぐに医務室へ。東出さん。西村さんについていってあげてください。沖野さん、至急アップしてください。第4、第5セットは沖野さんを出します」

「監督、私は――」

「その左手でバレーは出来ません。ましてセッターなんてなおさらです。わかりますね?」

「……はい」



 セッターというポジションは『両手』を使うトスが重要だ。精緻なトスは両手十指が揃ってこそ。ましてただの突き指などとはわけが違うのだ。

 

「知佳。ごめん。みんなもあとはよろしくね」


 マネージャーの東出に付き添われる形でアリーナを去ろうとする西村。表情は痛みと悔しさと悲しさ、無念が混じったようなものだった。そんな彼女に――



主将(キャプテン)、一ヶ月でその指、治してくださいね。レギュラー争いに勝ち逃げしたままなんてずるいですよ」



 後を任された1年生セッター沖野は強気の言葉をかけた。

 

 

「何を――」


主将(キャプテン)は今日はそのまま病院へ行ってください。一ヶ月半後の春高は代理じゃなくて実力で私が試合に出ますから」



 言葉だけ聞けば傲慢。しかし表情も見ればそれは――

 


 

「わかった。任せたわよ。でも正セッターは譲らないけど」




 西村は痛みをこらえて笑顔でアリーナを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

=======

 春高 県最終予選 女子決勝戦

  第3セット終了後

  実況席より

=======

 

「え~先ほど会場を後にした西村選手ですがどうやら左手小指の脱臼、もしくは骨折だそうです」


「……3年生の彼女としては悔しいでしょうけど、これはバレーボールでは偶にある『不幸な事故』の1つですね。

 ブロックというのは少しでも接触面積を増やそうと指を広げて行うのですが、バレーボールは指と指の間より大きいですからね。

 この狭い指の間を大きなボールがスパイクのように威力をもって通過しようとすると今回のように指の脱臼や骨折、付け根の裂傷などが起きます。

 もちろん防ぐためにも指立て伏せ等で指を鍛えたりはするのですが、ゼロにはなりません」

 

「そうなんですね。しかしここで主将(キャプテン)の西村選手が抜けたのは姫咲高校としては別の意味でも痛いですよね」


「そうですね。西村はレシーブ、サーブ、ブロック、トス、全てが高水準であるうえにチーム唯一の3年生。精神的支柱を失うという意味でもこの離脱は痛いでしょう」


「となると、第2、第3セットを取った松原女子高校がそのまま第4セットも取る可能性が高いですね」


「一概にそうとは言えないんですよ。姫咲控えのセッターに沖野という選手がいます。彼女はU-16にも選ばれたことのある素晴らしい選手なんです。

 ただ、好不調の波がとても激しいという欠点も持つんです。私は中学時代の彼女のプレイを見たんですが、良い時はすでに超高校級と言っていいほどでした。半面悪い時はとことん悪い。

 おそらく控えに甘んじているのも好不調の激しさゆえ――」





 春高 県最終予選 女子決勝戦


 松原女子高校 VS 姫咲高校

  第3セット

    25-23


  セットカウント

     2-1


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