066 VS姫咲高校 その4 定石なんて知らない子です
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春高 県最終予選 女子決勝戦
姫咲高校 女子バレーボール部 主将
西村 沙織 視点
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第2セットは相手からのサーブ。
そのサーブはおそらく女子高生というくくりどころか高校生、女子という枠組みを超えて人類最強レベルのサーブの使い手の可能性すらある松女の6番から始まる。
松女必殺のパターンは彼女のサーブが1回巡ってくるたびに5~6点荒稼ぎするというものだ。第1セットはよく彼女のサービスエースを1本に抑えたものだと思う。
その6番がお決まりの動作に移る。
まずボールを受け取り、エンドラインからコートの外へ向かって大股で6歩。そこで回れ右。続いてボールを鞠つきのように2回ボールをついて、深呼吸。笛の合図を待つ。
笛が鳴ると、2歩目でボールをあげて5歩目で両足でジャンプ。そして――
バレーボールをやったことがある人ならわかると思うけど、サーブは地面と平行、もっと言えば相手コートから山なりで飛んでくるもの。でも彼女のサーブは打点の高さもあって上から落ちてくるようなサーブだ。落雷の様なサーブをチームメイトがレシーブするも、ボールはコートの外へ飛んで行った。
そのボールをなんとかフォローするも2段トスすらできない。でもここで山なりボールを返してしまえば即スパイクでボールが返ってくる。
だったら!
「主将!ラスト!」
「西村さん!お願いします!」
最後を任された私は相手セッターの立花姉めがけてボールを押し込む。
「くっ……」
なんてことない簡単なボールだけど、相手は嫌そうだ。
わかるよ。私もセッターだからあんなふうに無理やりファーストタッチをさせられるとすごく嫌だもん。
松女の場合、こうなると柔軟に本来ならスパイカーの番であるもう片方のセッターがセッターを担う。ちゃんと立花姉は私が押し込んだボールを高く丁寧にAパスでセッターの位置へ。
本来ならここで松女自慢の3枚スパイカー体制になるんだけど、ファーストタッチを本来セッターの立花姉が行い、代りにトスをあげるのはライトのスパイカーになるはずだった前島だ。当然、ライトからの攻撃はない。
現在松女の前衛はレフトに都平、センターに村井。それともその綺麗なAパスであえてツーアタックを仕掛ける?
さあどこからでもきなさい!
だけどもボールはライトから飛んできた
は?????
あり得ない。そんなことはあり得ない。
いや、あり得はする。
今のはセンターの選手が中央からでなくライト方向から打つただのブロード攻撃。
『ただの』というにはあまりにも練度があった。苦し紛れに使ったような攻撃じゃない。
でもだからこそあり得ない。
ブロード攻撃は本来、セッターが前衛でスパイカーが2枚の場合、空いているライトから攻撃するための攻撃方法だ。でも松女はツーセッター戦術を採用している。それは常に前衛に3枚スパイカーを擁すること。わざわざブロード攻撃なんてしなくてもライトにもスパイカーがいる。だからブロード攻撃なんて練習する必要はない。
正確に言えばその練習よりもっと優先すべき練習がある。そりゃ今みたいにいつも3枚スパイカーがいる状態なんてありえないよ。でもさ、逆を言えば普段なら優秀なスパイカーが3枚いるのにわざわざブロード攻撃なんて練習しないよ。ライトにも強烈なスパイカーがいるんだよ?
そんな風に思ったのは私だけではないのだろう。村井のブロード攻撃を誰も予想できず、そのため反応も出来ずボールを落としてしまった。
0-1
先取点を譲ってしまった。けど、それ以上にこちらは混乱している。
「切り替えなさい!試合はまだ続いています!」
赤井監督の声で我に返った。そうだまだ続いている。
「おい!優莉!練習したことならたとえ無許可でもやっていいんだぞ!」
なにやら不穏な言葉を立花妹にかける相手監督。
一体何を?
立花妹がまたサーブのルーティンに入る。笛の音が響く。
2歩目でボールを上げて――
?ちょっとトスが違う?
ひょっとしてトスミス?
それ以外はいつもと同じように助走し、5歩目でジャンプして――
!!
サーブフォームが微妙に違う!
これはジャンプフローターサーブだ!
サーブは私の前方に飛んできた。フローターサーブとは思えない程速いけど、スパイクサーブと比べればずいぶん遅い。これならアンダーで――
ぐにゃり
ですよね。知ってますよ。
フローターサーブは無回転で飛んでくるもんだからレシーブ直前で不規則に曲がる。だから本来はアンダーじゃなくてオーバーで取るのが推奨だ。
でもスパイクサーブを警戒していてアンダーで取る心づもりだったからというのと、スパイクサーブと比べれば遅いとはいえそれでも普通の女子のサーブよりはよっぽど速いそれを初見でいきなり対応はできず、ついアンダーで取ろうとしてしまった。
私の腕に当たったボールはそのまま上に上がることなくコートへ落ちていった。
0-2だ。
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視点変更
姫咲高校 女子バレーボール部 監督
赤井 典子 視点
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将棋の世界ではプロ棋士は何十手も先の手を読むことが出来るという。
しかしそれはあくまで相手と自身、互いが定石を知っているからこそ。
故に何も知らない小学生と将棋を指すとはっとさせられることが棋士にはあるという。
自分がプロの棋士が将棋に精通しているのと同等レベルでバレーボールに精通しているなどとおこがましいことを考えているわけではないが、定石を外した攻め方に混乱しているのは事実。
相手の戦意を挫くためにも先取点とそこからリードを保ち続けることが大切だった第2セットは反対に最初に5連続得点を相手に許している。
主だった要因は立花妹がスパイクサーブとフローターサーブの2種類のサーブを使い分けてくること。
サーブの使い分けは厄介だが、どうにも解せない。
彼女はすでにスパイクサーブという凶悪なサーブを使えるのだ。今更威力の劣るフローターサーブを習得する理由はない。
最初こそ戸惑いで数点失点したが、もう慣れている。
100%確実にレシーブできるものではないが、それでもスパイクサーブよりはマシだろう。
無論今後は使い分けてくることを前提として守備をしなくてはならないし、打つ直前まで同じフォームなのは練習の成果だとは思うが……
もうネタがバレた以上、彼女には今後ずっとフローターサーブを打ってほしいくらいだ。彼女のフローターサーブの価値は精々第2セットで数点の有利を勝ち取る程度しかない。それくらいあのスパイクサーブは素晴らしいし、わざわざサーブを二刀流にする必要なんてない。
疑問と言えば先取点を許した前島と村井のブロード攻撃だ。
3枚スパイカー体制とはいえ、万が一に備えてブロード攻撃も練習するのはいい。が、優先度はもっと低いのではないのか?
ブロード攻撃はA、Bクイックと比べセッターからすると難易度が高い。そんなに簡単な攻撃ではないからそれなり以上に練習したはずだ。
それこそ、立花妹のフローターサーブの練習をする時間と、前島がブロード攻撃の練習をする時間を使って立花妹と前島の速攻攻撃が使えていたら第1セットはもっと苦戦していた。
(……ひょっとして立花妹と前島は仲が悪いのでは?)
あり得ない話ではない。自分も女性を60年以上続けている。女は3人集まれば派閥が出来る。例えばトスの上げ方をめぐって喧嘩したとか……
(でもそんなつまらないことを試合にもってくるかしら?私が指導者なら仲が悪い程度でトス練習をしない、させないなんてさせないけど……
それになぜ今までの試合で出してこなかったのか?ひょっとして春高を見据えた切り札としていた?だとしたら随分と侮ってくれている……
いいえ。そうではなくて私達相手の切り札として練習をしていたけど、練習で精度を上げきれなかった、だから初めてこの試合で使う、が真実でしょうか????)
日本女子バレーボール界の巨星、赤井典子。
なまじ豊富な経験と広い見識がある分、彼女は知らない。気が付かない。
玉木商業との練習試合で相手からのブロード攻撃にやられ続けた結果、
「あれカッコいいからアタシらもパクろう」
と割としょうもない理由で前島と村井はブロード攻撃を練習し始めたこと。
妹が新サーブのフローターサーブをなかなか習得できないところを空気を読めず、
「陽ねえのフローターサーブってエリ先輩や愛菜と違って全然曲がらないね」
と漏らしてしまったことから
「だったら優ちゃんがやってみなさいよ!難しいんだから!」
と口喧嘩が始まり、以来サーブ練習中に陽菜だけでなく、優莉もジャンプフローターサーブの練習をしていること。
ちなみにこれらは教師達が見ている前では行ってはいない。
当然である。赤井監督が考えた通り、もっと他に優先すべき練習がたくさんある。
しかも原因がカッコよさそうだとか、口喧嘩なのである。
いえるわけがない。
試合で使っていなかったのも当然。そんな練習を教師の前では見せていないのだから。そりゃ戦略には組み込めない。
でもそこは教師。
佐伯監督も上杉コーチも生徒が自分達に隠れてこっそりしょうもない新技の練習をしているのは知っていた。
知っていたが、
「私も高校生の時に教師の見てないところで勝手な練習をしていました。怪我につながるような練習なら即刻止めさせますが……」
「俺も高校球児だった時に監督がいない時は勝手にマウンドに上がってピッチャーとかやってましたし、なんでもかんでも練習メニューをこちらで縛るのも息が詰まるでしょう」
「そうですよね。まあ今回のは黙認ということで」
そんなしょっぱい理由で練習をした新技が出てくるとは夢にも思わない赤井監督や姫咲の選手は予想外の攻撃方法に戸惑い、リードを許してしまう……
姫咲高校 VS 松原女子高校
第2セット
12-16