065 VS姫咲高校 その3 松女のベンチ
ちょっと暗い話です。次回からストレスが溜まらないようなお話になる………
かもしれません。
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春高 県最終予選 女子決勝戦
第1セット終了直後
松原女子高校 視点
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バレーボールでは1セット毎にコートの位置を変える。
第1セットは姫咲の監督、コーチ、選手が座っていたベンチの前に集まる松女バレー部の面々。
想定していた以上の点差がついた試合、そして点差以上に力の差を見せられた試合であった。
特に厳しいボールが集中した陽菜、その陽菜にボールが集中した=お前のセットアップは怖くないと言われたも同然の未来。この2人の顔色は暗い。
そしてそれはプレイにも表れていた。
未来のトスは点差が広がるのと比例して低く、速いトスになっていった。
それはブロックを躱すためのものであり、低く速いトスが間違っているというわけではないが、そもチームメイトの打点は優莉を例外にしても女子高生としては非常に高い。通常ならば高い打点は唯一無二の武器となるはずなのにわざわざそれを捨てていた。速いトスも間違いではないが、スパイカーとタイミングが合わなければ意味がない。
陽菜はレシーブミスを重ねるたびにプレイが低調になっていった。
第1セットの後半では前衛時、これまでなら入れたであろうスパイクの助走に入ることがなくなった。一般論としてファーストタッチで態勢を崩した選手はスパイクの助走には入らない。
だが、態勢を崩さなければ仮にスパイクを打たないとしてもスパイクの助走に入れば囮として相手ブロッカーを惑わすことが出来る。
松女の戦い方としてツーセッター戦術を用いることでスパイカーが常に3枚、レフト、センター、ライトのいずれからスパイクを打ってくるのか攪乱させることで本命のスパイクの決定率を上げるというものだ。
そのため、多少無理でも、仮に囮だとバレていても本来であればスパイクの助走に入らなくてはならない。それが、他のスパイカーの決定率を上げ、ひいてはチームのためになるからである。それは陽菜自身もわかってはいるが、理屈と感情はいつも同じとは限らない。
まだ試合が続くとはいえ、第1セットを落としたことで暗い雰囲気の中、能天気なその声は響いた。
「いやあ。さっすがに姫咲は強いね。強いって言うよりはえぐいかな?」
声の主は本当にスポーツ選手か?と思わんばかりの華奢な体躯の少女。
「優莉の言うとおりだね。前回は私が対象だったから気が付かなかったが、傍から見ているとキツイ。陽菜、未来。大丈夫?」
優莉の能天気な声に答えたのは女性にしては長躯の玲子。
「だいたいさぁ、陽ねえが取れないんだったら、私達の中だとユキ以外の誰がやっても取れないんだよ。だから陽ねえは気にしなくていい」
けらけらと笑いながら軽い口調で話す優莉。
周りのチームメイトは優莉のいつものように空気の読めない、しかしこの状況でも楽観的な様子に安堵し、少しだけチームの雰囲気は明るくなった。
が――
もしこの場に、2人の姉、あるいは2人の友人、もしくは平常心の妹のうち1人でもいたとしたら声色から優莉が静かに怒っていると正しく判断できたであろう。
しかしこの場には時には寝食を共にしたこともあるとはいえ、高校からの浅い付き合いの者達と気持ちが沈んで周りの見えない妹ばかり。
なおもエースは続けた。
「で、次の第2セットだけど、私にいい考えがあるの」
一呼吸おいてこういった
「私に全部ボールを上げて。ボールは全部呼ぶ。全部打つ。みんなは私が前衛の時はネット寄りに高く、後衛の時はアタックライン付近に高く上げてくれればいい。後は私が決める」
にっこりと、笑いながらそう宣言した。
目と声の奥に潜んでいる怒気には誰も気が付かない。
(とりあえず高く上げて。あとは私が何とかするから、か)
バレー部の顧問、佐伯監督はエースの発言を聞いて少しだけ考えた。
先ほどの発言はバレーをやっている者なら誰しもが言ってみたいセリフだ。
そして男子のプロ並みのスパイクが打てる彼女にはその資格がある。
故に彼女の言うことは間違ってない。
とは思う。
第1セット、彼女にボールが上がったのは10本。その10本全てがオープントスだ。普通なら何の工夫もないオープントスからのオープン攻撃などブロックに阻まれるはずが、彼女はうち8本を決めている。
スパイク決定率は驚異の8割。女子バレーにおいては極端に実力差がなければ速攻やコンビネーション攻撃を混ぜても良くて5割という世界にもかかわらずだ。
それでも………
答えとしては間違っているかもしれない。だが、言わずにはいられなかった。
「まあ待て優莉。それは最終手段だ。いつも言っているだろう。『練習してないことは本番で出来ない』だ。特に後半はお前のサーブから始まる。だからしばらく優莉は後衛だ。
私が見ている限りバックアタックの練習はしていてもそれはあくまでセッターにボールが返らなかった時、つまり2段トス限定のはずだ。
それともお前はこれまでに何百回と練習してきたチームメイトのスパイクより、自分のぶっつけ本番に近いセッターからのバックアタックの方が有効な攻撃手段だと思っているのか?」
意地の悪い言い方だとは自覚している。こういえばたとえ事実と反しているとわかっていても性根の優しい優莉は首を縦には振らないだろうと知っていての言い方だ。
だからこそ、自分の薦める作戦は自信ありげに言う。
高校まで続けたバレーボール。自分が選手だった時はどんな指導が良かったか。
堂々と道を示す指導がありがたかった。この道を進めばいいのだと言ってくれるのが助かった。
その考えが根本にあるから、間違った指導はできないと、確信が持てない指導はできなかった。
そこを間違えていた。だから6月は敗れた。
今は違う。
――『俺達だって間違える』――
かつて同僚の上杉先生からそう教わった。
間違っているかもしれない。
しかし、正解でないとも限らない。だからこそ自信を持って言う。生徒に教師として、選手に監督として道を示す。
「そもそもだ。そんな珍策に頼るまでもない。私達の攻撃はちゃんと通じている。ですよね、上杉先生」
「……通じているかどうかはわかりませんが、総得点16点の内訳は優莉のスパイクで8点、優莉のサーブで1点、玲子のスパイクで5点、明日香のスパイクで2点ですね」
「夏から入部した者は知らないだろうが、6月にはコテンパンにやられてな。優莉の攻撃以外ろくに通じなかった。今は違う。全得点の半分は優莉以外で取れている。私達の攻撃は通じる」
「……でも第1セットを落としましたけどね。何かを変えないといけないんじゃないですか?」
反論する未来。が、それを佐伯監督はやんわりと否定する。
「変えるとしたら『練習で出来たことを試合でも出来るようにする』だな。未来、気が付いていないのか?だんだんトスが雑になってきている。
玲子や明日香、歌織がうまいことフォローしてくれたから何とかなっているように見えるのかもしれないが、もっと打ちやすいボールを上げてやれ」
「……」
自覚はあるのか黙り込む未来。
「陽菜。お前もだ。苦しくとも助走をサボるな。ボールを呼ぶのをやめるな。前衛スパイカーが3枚、というのは相手にプレッシャーをかけられる。仮に打たなくてもレフトやセンターからの攻撃が決まりやすくなる。わかるな?」
「……はい」
こちらも自覚があるのか素直にうなずく陽菜。
「まだ第1セットを落としただけ。巻き返しは十分に可能だ。普段やっている練習を思い出せ。8月にこのチームになってからの4ヶ月間に積み上げたものを信じるんだ。
積み上げたこともないものをやれ、なんて言わない。『出来ることを全力でやる』、『失敗は恐れない』、『声を出す』。いつも言っていること、いつも出来ていることをやって負けたら初めて実力で負けたといえる。私達はまだ負けてない。それ以前に勝負の土俵に上がれてない。相手に松原女子が強いというのを見せつけてやれ。いいな?」
「「「「はい」」」」
佐伯監督の檄に答えるバレー部員。ここで笛がなった。
第2セットの始まりだ。
「おっと。もう時間か。最後に私は『練習もしてないこと』はやるなとは言うが逆に『練習したこと』なら仮に私に隠れてこっそりやっていたことでもやって構わないぞ?」
ぎくりとする一部のバレー部員。
「あの、監督は……」
「ほらいけ。もう試合が始まるぞ」
なにか言おうとする選手を遮ってコートに送り出す佐伯監督。
ここから松原女子高バレー部の反撃が始まる。
没ネタのコーナー
実は優莉達が松原高校の文化祭に行ったのはボーイミーツガール(もどき)以外にも本来はネタが1つありました。
優莉の2人の親友のうち、祐樹は高校在学時に合唱部に所属しているという設定がありました。
そして文化祭で合唱部の発表を松女バレー部が鑑賞、発表後祐樹のつてで合唱部の部員と話すと彼らは翌週の春高2次予選に応援にし来てくれるという展開に。
さらにそこで侘しい松原女子高校の観客席を見た松高合唱部の面々は松女の吹奏楽部を巻き込んで合同の合奏団を結成。
春高3次予選では学校の垣根を超えた合奏団は私学高校の陽紅高校や姫咲高校にも負けない演奏を――
という展開でした。
(両校の応援が凄い、と描写しているのはこの設定の名残)
没にした理由は「バレーに関係がない」という以上に「他校の応援を進んでやるか?現実的にありえん」というものでした。
ものでしたが――
2019年の春の選抜野球で大阪桐蔭高校の吹奏楽部が東邦高校の応援を買って出るということが現実に起きてます。
ちなみに大阪桐蔭高校の吹奏楽部はこちらも全国レベルの素晴らしい合奏団です。
なんで作ったお話より現実の方がドラマチックなんですかねえ……