064 VS姫咲高校 その2 姫咲のベンチ
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春高 県最終予選 女子決勝戦
第1セット終了直後
姫咲高校 視点
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「皆さんよく頑張りました。まずは1セット先取。上出来です」
姫咲の赤井監督は言葉では教え子達を褒めたたえているが、その表情は厳しいものだった
彼女の長い指導歴の中には第1セットを落としても逆転で勝利したことは数え切れないほどあった。その逆もしかりだ。ましてこの試合は3セット先取制。勝利に必要なセット数の1/3だけを得たに過ぎない。
笑うのは3セット取った後でいい。
「みんな。第1セットは何とかうまく試合を運べたけど、相手は6月に2セットで50点も取られた松原女子高校。あの時よりずっと強くなってる。第1セットがうまくいったからって油断しないでね」
試合前に想定していた以上にこちらが優位な試合展開に浮かれそうなチームメイトにくぎを刺したのは主将の西村。
彼女は3年になって初めて姫咲のユニフォームに袖を通した。つまり高校バレー経験という意味では松原女子高校の面々と変わらない経験値の持ち主――
というわけではない。
そもそも彼女は中学生の時点で姫咲女子バレー部の入部セレクションに合格できるだけの実力者であり、1、2年生の間も練習をサボっていたわけではなく、常に厳しいレギュラー争いの中で自身を磨いていたバレー巧者である。
「西村さんの言う通りです。相手は6月の頃と比べずっと強くなっています。少しでも油断をしたらあっという間に点を取られてしまいます」
主将に続き赤井監督も注意を促す。
6月の頃と比べ強くなった松原女子高校になぜ6月以上に大差をつけられたか。
それは事前情報の有無と対策に使えた時間の差であった。
前回の準備期間はわずか1週間。おまけに集められた情報も十分ではなかった。その状態から対策を練ったがやはり十分ではなかった。
果たして今回はどうか。
確かに相手は強くなった。
が、姫咲高校は6月のあの日以降、ずっと強打に対しての強化練習を続けている。中には男子のスパイクを受けるという無茶なものもあった。少し間違えれば『強いボールは取れなくて当然』という誤った意識を生み出してしまうかもしれないギリギリの練習。
だが、これが成功した。
試合中、選手は誰一人松原女子の強打に恐れ慄きはしない。積極的にボールに向かっていき、それでも取れない時はあっさりと次に意識を向けられるようになっている。
あと少し練習を厳しくしていれば、ボールを落としてしまうことに違和感がなくなり悪い意味で諦めがよくなっていた。
あと少し練習を優しくしていたら、強打に恐怖しボールに触れなくなっていた。
危ういところで成立するバランス
練習は成功した。積み上げてきた5ヶ月は決して無駄ではなかった。
「どうしても立花妹に目がいっちゃうのもわかるけど、他のスパイカーも凄いから油断しないでね。特に村井はブロックが1.5枚以下ならブロックの隙間をついて打ってくる」
「だよね。6月頃ならシャットアウト出来たんだけど、今はもう2枚ブロックでも止められるか怪しいよね」
他のスパイカーも注意すべきと発言したのは姫咲が誇るミドルブロッカーの2名、田辺と辺見。共に2年生でありながらすでに大学や実業団からの誘いがある有力選手だ。
その2人をして危険と評される村井。対策は――
「だったら反対に気持ちよく村井には打ってもらわない?そりゃ女子にしては強力だけど練習で飛んできた男子のスパイクより遅いよね。村井はセンターから打ってくるからターンかクロス、どっちかをブロックでふさいで残りはレシーブで拾う。下手にブロッカーの指先を狙われてブロックアウトになるよりそっちの方がいい」
「それは村井のスパイクを拾える前提の案だけど、拾えるの?」
「拾えるじゃなくて拾う」
村井のスパイクは拾ってみせるというのはリベロの国木田。
「良し。国木田の意見を採用。百合。自分で言ったんだから任せるわよ」
「任せてください。主将」
「監督。第2セット、相手はどう出てくると思いますか?」
「無策で第1セットと同じ、というわけではないと思います。その策の内容が立花妹にボールを集めるような展開だと助かるんですけどね」
対策として立花妹にボールを集めるのは一見良い案に思える。
事実、立花妹のスパイクは強力である。
が、松原女子高校のバレーというのは絶対的なエースに常にボールをあげるようなチームではない。
そんなチームが土壇場で普段やりもしないプレーをやろうとしたらどうなるか。
確かに点は取れるかもしれない。が、それは勢いを生むものではない。
第一、それでは第1セットでこちらにいい様にやられた2人のセッターは沈んだままであろう。
姫咲が一番恐れているのは松原女子高校が100%以上の実力を発揮される展開である。
それには勢いが不可欠。
相手のベンチには選手以外にバレー経験が浅そうな若い男女が1組。
(6月の頃のように目先の1点を取りに来るような指示を出してくれればいいのだけど………)
少しの間、相手の失策を期待するような考えをしてしまい、それを振り払う赤井監督。
(相手の失策に付け入るのならともかく、期待するのは良くありませんね)
「どのような手で来るにせよ、セッター潰しは思ったより有効でした。前島のトスは第1セット後半には普段より低いものになっていました。田辺さんと辺見さんにスパイクを止められたことがプレッシャーになっているようです。まずは相手の平常心を奪いましょう。具体的には――」
セット間の時間は3分。
その時間に姫咲のベンチでは第1セットの反省と第2セットに向けて方針が小気味いいほど順調に話し合われていた。
それもそのはず。
同じ高校生とはいえども、松原女子高校の面々と違い、彼女達は人によっては小学校低学年からバレーを始め、バレー暦10年超というのも珍しくはない、
バレーにおいては経験豊かな若きベテランというべき選手なのだ。自身が為すべきことなどとうの昔から知っている。
故に松原女子高校とは違い、1プレー毎に一喜一憂はしない。勢いに任せてプレーもしない。やるべきことをやる。それだけのこと。
ピッーー!
第2セット開始の笛の音が響く。
「後2セット取れば私達の勝ちです。第2セットは相手からのサーブ。1本で切って流れを渡さず、流れをつかみましょう」
「姫咲、ファイ」
「「「「オー!」」」」
ベンチ前で円陣を組んだ姫咲の選手は掛け声の後、コートへ向かった。