063 VS姫咲高校 その1 謀略
優莉の速攻の弱点とは?答えわせの時間です!
春高 県最終予選 代表決定戦 当日
俺達は試合会場となる体育館の前に来たんだが、朝早くからの黒山の人だかりにびっくりしている。
昨日も凄かったが、今日はもっと凄い。いったいどこから出てきたんだよ!ってくらいの人が会場に集まっていた。気のせいでなければローカルではなく、キー局のTV局も来ている。
「各都道府県の代表決定戦はどこもネットに公開されるの。だから人も多いんじゃないかな?」
さすが明日香。バレーのことは良く知っている。
「……優ちゃん、TVに映るからって変なことしないでね」
あのなあ陽菜さんや。俺はもう何回かTV出てるんですよ?
今更カメラに向かってVサインとかしたりはしないんですよ。
……そういえば今朝は陽菜が俺の髪をいつもより念入りに梳いていた。俺はいつも通りだけど、陽菜は眉とかやたらと頑張っていたような……
つかテメエが変なことしてんじゃねえか!
「立花!調子はどうだ?」
不意に声をかけてきたのは見た目は50歳前後と思われる、50歳前後とは思えぬほど気力があふれ出ている女性――全日本女子バレーボールの監督、田代監督だ。
「おはようございます。調子は可もなく不可もなく、普通です」
「そうか。いつも通りということだな。良いことだ。変に気負わずプレーすることは大切だ」
「あの……田代監督はどうしてここに?」
「頼まれたんだよ。今日ここで行われる2試合はネット中継される。その時に解説役がいるだとかで引っ張り出された。……立花には悪いがどうせ解説役として呼ばれるなら大阪か東京が良かったんだが……」
大阪は言わずと知れた金豊山がある。東京は……
「明日香。東京に女子バレーが強い高校ってあるの?」
「へっ?あ、あるよ。龍閃山って高校。U-19に選ばれた選手が5人もいて中でもミドルブロッカーとエースの人が凄いの」
突然話をふられた明日香であったが欲しい回答はしてくれた。
「あれ?でもそんなに強そうな高校なのになんで優勝できてないの?」
「……去年の春高から今年の国体まで龍閃山は公式戦で3敗しかしてないよ。その3敗は全部金豊山がつけてる。でもいっつもフルセットまで持ち込んでる。優ちゃんは知らないと思うけど、この前の国体なんてすごかったんだよ?途中でさっき言った凄いミドルブロッカーの選手が試合中に怪我をしなかったら多分国体は東京が取ってたと思うよ」
「その子の言うとおりだ。龍閃山のミドルブロッカーは津金澤という奴なんだが、私は彼女のことを評価していなかった。典型的な背と運動神経だけの選手。
が、春先と比べると国体は随分な変わりぶりだった。その彼女がこの2ヶ月でさらにどこまで変わったか、あるいは一時期調子を落としていた金豊山のエースも気にはなっている」
……
「だが、それだけではない。確かに大阪や東京ではないが、ここにも楽しみな選手はいる。もちろん君達だ」
「……『君達』ですか?優莉だけでなく?」
「そうだ。参考までに言っておく。私はかつて17歳で代表のユニフォームに袖を通した。過去には15歳で通した者もいる。私の監督任期は3年後のオリンピックまで。
君達も十分にチャンスがある。今すぐは無理でも1年後、2年後、3年後の私に選手選考を悩ませるようなプレイを見せてくれ!」
「……あの……『全日本』の監督が露骨に私達の贔屓をしていいんですか?」
「はっはっは。何か勘違いしているな。私はさっき姫咲の選手にも『いいプレイをしたら代表に呼ぶ』と言っているよ。私は等しく姫咲にも松原女子にも期待している。まあ客観的に考えると希望があるのは君達の中では立花、姫咲だと沖野と徳本の2人だな。だが、他の者も可能性はゼロじゃない。今日は私をわくわくさせてくれ」
言いたいことを言って田代監督は去っていった。
「代表ねえ……」
「優莉はともかく他はちょっと……」
「あれ。でも私、玲子ならいけそうな気がする!」
「勘弁してくれ。せめてもっとレシーブが巧くなってからでないと……」
いやそれ以上巧くなられると同時期スタートの俺の立場がなくなるんですけど……
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「佐伯先生。女子は時間通りに行うようです」
上杉コーチが大会運営員会からの連絡を俺達に伝えてくれた。
男子の試合が長引いたから女子の試合は時間を遅らせるかと思ったがそんなことはないようだ。
「上杉先生。ありがとうございます。聞いたな?もうすぐ出番だ。準備はいいな?」
「「「「「「「「はい!」」」」」」」」
佐伯監督の号令の下、俺達はアリーナへ出る。
出た瞬間からすでに歓声が上がる。いや、大げさすぎね?
会場はほんの少し前に決着のついた男子の熱戦の雰囲気に包まれている。
夏のインターハイで全国2位の陽紅高校がフルセットの末に姫咲高校に惜敗。
俺(達)も横でチラ見位したけど、男子の試合はすげえわ。
高さと速さが違う。
一方で大味というか雑なバレーでもあった。
……正直、松女のバレーに似ている。
観客席に残っている姫咲の応援団は女子も男子に続けと声を上げる。
ちとやりにくい……
俺達の応援団もいるが、あんな組織だったものではなく、個人が応援している形なのでどうしても統一感で負けてしまう。いや、ただの善意ってだけで応援しに来てくれている人に勝ち負けを求めてはいけないか。
「この試合に勝てば春高本選に行けるわけだが、今はそんなことは考えなくていい。いつも通り、いいプレイをしよう。それが結果につながる」
試合前、佐伯監督から言葉を貰い、いざコートへ。ちなみにスタメンは前回と変わらずついでにサーブ権が相手からなのも変わらず、コート内はこんな布陣だ。
FL:村井 玲子
FC:前島 未来
FR:立花 優莉
BR:鍋川 歌織(有村 雪子)
BC:立花 陽菜
BL:都平 明日香
ネット
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FL FC FR
BL BC BR
――――――――――
エンドライン
ピッーー!
鋭い笛の音と共に試合スタート。
姫咲はインターハイの頃と比べるとサーブを強化している。ジャンプして打たない選手もしっかりと腕をふってくるのでサーブの球速自体が(女子にしては)速い。
そのサーブの初球は……
???
陽菜狙い???
一般的な話としてセッターはサーブレシーブをしない。
当たり前だ。
セカンドタッチのトスはセッターがするものなのでファーストタッチのサーブレシーブは他の人に任せるのが常だ。
仮にセッターが後衛の時はサーブが打たれた瞬間から前に出る。
(逆に言えばサーブが打たれるより前に前衛より前に出てはいけない)
当然、前衛からすれば自分の後ろから後衛のセッターがサーブレシーブの直前で自身の前を駆け抜けていくわけだがら鬱陶しいし、サーブの狙いどころのセオリーとしても後衛セッターがコート前方に抜けてくるところを狙う、というものがある。
なので相手サーブが今のローテ上は後衛の陽菜を狙うのは間違っていない。普通ならば、だが。
あいにく俺達はツーセッター戦術を取っている。
こっちは一般的かどうかは知らんが、俺達の場合は『無理に後衛セッターが前に出ることはしない』と決めている。
作戦通り陽菜がレシーブ。
きれいにボールはセッターのところへ。これなら速攻が使える!
未来はそれを――
「レフト!」
「センターオーライ!」
レフトから俺が、センターから玲子がそれぞれボールを呼びつつ、走る。
まあぶっちゃけて言うとここは玲子が打つので俺はスパイクはしないのだが、囮として走っている。
が、姫咲のブロック陣は俺につられることなく、玲子に2枚ブロック!
……ブロックでうまい具合にスパイクコースを誘導され、玲子のスパイクは相手リベロのところへ。
それをAパスでセッターのところへ返し……って!
姫咲のセッターは打つ瞬間までトスをあげると誤解させるくらいきれいなトスフォームからのツーアタックでボールをこちらのコートに押し込んできた!
幸い陽菜がそれに気が付き、しかし陽菜がファーストタッチだったので再び未来がセッター役に。
「オーライ!」
「未来!もう一回!」
再びレフトから俺が、センターから玲子がそれぞれボールを呼び。
今度は俺が打つ番だ。
そして俺がジャンプしてスパイクを落とす方向を探すと姫咲のコートにはレシーバーが6人。誰もブロックにはついていない。
……
あれ?
なんでさっきの玲子のスパイクにはブロックがあって、俺にはブロッカーがいないんだ?
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視点変更
姫咲高校 女子バレーボール部 監督
赤井 典子 視点
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先入観とは恐ろしい。
松原女子高校のバレー部員は競技歴が短いことを考えれば間違いなくバレーの才能を持った子達だ。
だから侮らず、全国レベルの選手だと思って作戦を立てた。
それがそもそもの誤りだった。
松原女子高校の6番のジャンプ力は凄まじい。あの身長を考えれば普通はもう1m低いところからスパイクを打つはずなのに、コート内の誰よりも高い打点からスパイクを打つ。
逆にそれは『普通ならもう1mは低くトスがあがる』ということでもある。
スパイカーによってトスの高さを変える。
これは難しいことだ。
……自分達が普段教え子に要求しているレベルであるcm単位で調整するならば、であるが。
スパイカーの最高到達点めがけて丁度にトスをするのは難しくとも、大雑把にざっくり10cm単位でトスの高さをコントロールするのであれば自分が預かっている子達なら2軍の子でもその場で出来るだろう。無論こんな雑なトスでは1cmでも高くを目指すバレーでは打点が下がってしまい、スパイクは打てても試合では使い物にならない。
おそらく陽紅の子も同じであろう。
だから陽紅を率いる皆川さんは最後まで気が付かなかった。だから私も動画を2回見るまで気が付かなかった。
立花妹は立花姉のトスでなければ速攻が使えない。
前島は立花妹が欲する高さにインダイレクトデリバリーでのトスが出来ない。
彼女のスパイクは強力だ。
最善策は彼女にスパイクを打たせないこと。
が、これは不可能に近い。
次善策は対応策のない速攻を打たせないこと。
これはファーストタッチを立花姉にさせてしまえばよい。そうなれば前島のセットアップからでは立花妹は速攻は使えない。
前島も才能のある子なのだろう。
少なくとも夏の頃はバレーをやっている様子はなかった。
仕事上、県内の女子中学生のバレーに極力足を運ぶようにしているが、過去3年間に彼女を見た記憶がない。
ひょっとしたら素人ではなく小学生時代にやっていたのかもしれないが、そうだとしても中学3年間のブランクを夏からの4ヶ月で全て埋め尽くせるほどバレーは簡単なスポーツではない。
にも拘らず、村井、都平、鍋川、さらには立花姉が相手でも速攻を使えている。このトス能力の才は素晴らしい。
そしてこの才も騙された点の1つだ。他のスパイカーならAでもBでもCでもDでも速攻が使える彼女がどうして6番相手だけ速攻が使えないと思うのか。
ラリーを繰り返すこと数回。その間1度も6番は速攻を使わない。やはりあの速攻は姉妹限定のよう。
松原女子高校のスパイカーは6番でなくとも全員強力なスパイカーだ。
可能な限り2枚以上のブロックをつけたい。
が、6番のスパイクだけは打点の異常な高さからブロックが出来ず、だったらブロックをしない、という選択肢を取る。
常に相手がオープン攻撃(セッターがボールを高く上げ、落ちてくるところをスパイカーが打つ攻撃)ならボールが上がってから6番が打つようならレシーバーを6人。
それ以外ならブロッカーを2~3枚、残りはフロアディフェンスという選択が取れるが速攻を使われるとその見極めが出来ない。
故にあの姉妹速攻を封じることは単純に速攻を封じただけではない。速攻は姉妹限定と知らないとAパスでセッターにボールが返った場合は6番の速攻を気にして他のスパイカーでもブロックをしないという無駄な選択肢がでてしまう。
逆に他のスパイカーを気にしてブロッカーを配置してしまうと今度は6番のスパイクに対し、6人レシーバーの体制を敷けない。
そしてそれはブロックの無いストレスフリーなスパイクを相手スパイカーに許すということ。そしてスパイカーに勢いを与えてしまうということ。
皆川さんは、陽紅は対策を知っていれば防げた失点、止められた勢いにやられた。
では逆にそのあったはずの勢いを止めてしまえば?
結果は目の前のコート。
点は取れるが流れには乗れていない。そしてふふふ。
度重なる集中砲火を受け失点を重ねた立花姉と自身のセットアップがいつもほど決まらない前島は明らかに元気をなくしている。特に前島の様な普段から率先して声を出す子がダンマリするとチームの士気がガタ落ちする。
多くの球技がそうであるようにバレーにも『流れ』というものがある。
この『流れ』を制し、主導権を得る。
バレーは他の対人スポーツと同様に強い方が勝つ、のではない。勝った方が強いのである。
私の見立てでは若く、勢いに乗りやすい松原女子高校はチーム全体の好不調の波が激しい。仮に実力を10だとするならその強さは6~13になるだろう。
一方で私達は素の実力、総合力はややこちらが優勢程度。だがしかし、相手の強さを10以上でなく、9以下に抑え込みさえすれば――
春高 県最終予選 女子決勝戦
姫咲高校 VS 松原女子高校
第1セット
25-16
この通り。実力差以上の点差をつけることもできるのである。
速攻の弱点ですが……
感想欄に先に答えを書かれてしまいました(泣)