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062 決勝戦 前夜

 金豊山学園高校の戦略・育成部門の部門長 沼田(ぬまた) (ひろし)は先ほどの試合を思い返していた。

 

(松原女子高校。なかなか面白いチームだ)


 同僚の大友監督が言う通り、穴だらけだがそれをねじ伏せる武器もある。仮に金豊山(自分達)と戦えば10回に1回くらいは負けるかもしれない。

 

(いや、それはないか。松原女子高校で金豊山(うち)のサーブをまともに捕れるのは国体に出たあの小さなリベロくらい。どんなに強烈なスパイクを打てようがトスが上がらなければ意味がない)


 金豊山の売りはパワーバレー。強烈なサーブの使い手も多い。県大会レベルならそれなりだが、全国レベルからするとザル守備の松原女子相手ならサーブだけで主導権を取れる。

 

 とはいえ、レシーブの上達は坂道に見えて実は階段だ。ある閾値を超えると途端に1段階巧くなる。人によっては1段飛ばし、2段飛ばしもあり得る。

 

 仮に県予選を勝ち抜いたとしてあと1ヶ月。場合によっては化ける可能性はゼロではない。


(明日は言いつけを破って東京代表決定戦を見に行こうと思ったんだが……)


 東京には目下のところ最強のライバルとしている龍閃山高校がある。その東京代表決定戦が明日あるのだ。

 

 すでに情報は十分に出揃っているが、年内最後の公式戦=表立ってライバルを観察できる年内最後の機会を逃すのも惜しい。が、松原女子の情報が不足しているのも事実。


 明日はどちらに行こうか考えていると思わぬ人物から声をかけられた。


「おや?確か……」

「?天馬の大貫監督!お久しぶりです。金豊山高校の沼田です」



======


「「お疲れさまでした」」


 コップが軽くぶつかり、中の液体が揺れる。

 

 別に何に疲れたというわけでもないが、そこはお約束という奴である。

 

 

 ちなみに場所はファミレス。コップの中身はただのウーロン茶である。

 

 時刻は15時。居酒屋が開くにはあと2時間ほどの時間が必要だ。もっとも仮に居酒屋が開店していたとしても2人とも明日があるのでお酒は入れないだろう。

 

 

 

「同僚の大友から聞いていましたが、大貫監督は本当に松女のファンなんですね」

「いえ、今日は二の次ですよ。今日の本命は姫咲の2年生、田辺君ですよ。先日姫咲高校と練習試合をしましてね。向こうも天馬(うち)に興味があり、再来年を見据えたいわゆる青田買いですよ」

「あぁ。確かに彼女はいいミドルブロッカーだ。……後3cmほど背が高ければね」

「相変わらず金豊山さんは背に厳しい」


 思わず苦笑する天馬大学女子バレーボール部監督の大貫。

 背が低いと切り捨てる金豊山のスカウト・偵察といった外交面を束ねる沼田。

 なお、例に挙げた姫咲のミドルブロッカー・田辺選手の身長は177cmである。

 

「しかし事実でしょう。バレーで世界と戦うために背は必要最低条件。それは誰よりも痛感しているはずでは?」

「もちろん。私が現役時代から今もずっと言われてますから。『日本代表、世界の高さの前に敗北』とね……」


 つい先ほどまで彼らが観戦していた高校生達は知らないだろうが、彼らが生まれる前、あるいは赤子だった頃、大貫 忠はバレーボール男子 全日本代表でエーススパイカーだった。

 

 今はナイスミドルになっているが当時は甘いマスクと高い身長のスポーツマンということもあり、メディアでも大きく取り上げられた1人でもあった。

 

 一方で本業のバレーでは世界の高さとパワーの前に良くて世界8位。悪ければ大会で全敗ということもあった。

 

「だからといって背の低い子を全て排斥してしまってはバレーのすそ野が広がらない。なぜ日本の野球が世界的に強いと思いますか?

 競技人口が多く、大勢の中から選ばれたメンバーが代表になれるからですよ。まずはバレーの人口を増やす必要があるんですよ」

「どうすれば増えると思いますか?1つの考えとしては身近にバレーがあることだ。だがそれより手っ取り早い方法がある。国際舞台の大きな大会、例えばオリンピックとかですね。

 あの手の大会で1位になればいい。人気が出て一気に競技人口が増える。だからこそ、いま世界で戦える人間がバレーをやるべきなんです」

 

 どちらも正解。どちらも正しい意見。


 一見喧嘩をしているように聞こえるが、両者というより両校関係者の仲は決して悪くない。

 

 世界レベルのパワーバレーを目標とする金豊山の大友監督

 

 日本女子バレー界に蔓延する速く短く低いトス回しを否定し、オープンでも高い位置からの攻撃を是とする天馬の大貫監督

 

 

 仲が悪くなる要素がない。故に――

 

「そうだ。挨拶が遅れました。来年からうちの宮本がお世話になります」

「任せてください。来年の世界選手権は厳しいかもしれませんが、再来年のワールドカップには彼女には日の丸を背負ってもらいますよ。というより、世代交代を考えるとその頃に新井あたりを蹴落とすくらいにはなってもらわないと困る」

「ははは。全日本の新井選手は大貫監督の教え子のはずでは?随分と手厳しい」

 

 金豊山の卒業生が天馬へ進学することも少なくない。

 

 

 なおもバレーの雑談を続け、内容は明日の話になった。

 

 

「ところで明日の試合、姫咲と松原女子、どちらが勝つと思いますか?」

「姫咲の勝率が80%、ですかね」

「おや?随分辛口ですね。大貫監督は松原女子贔屓では?」

「それとこれとは話が違いますよ」

「それにしても姫咲の勝率が80%とはずいぶん偏る。私は五分五分と見ていますが……」

「お互いの実力を出し切れればそうかもしれませんが、バレーには流れがあります。この流れを操るのが姫咲の赤井監督はとてもうまい。それにもしかしたらですが――」




=====

 視点変更

  姫咲高校 女子バレーボール部 監督

  赤井 典子 視点

=====

 

(まさかこんな弱点があるなんて……)

 

 今日、自分達の後に行われていた陽紅高校と松原女子高校の一戦。自室で試合の動画を見返すこと2回目で一見無敵に見える立花優莉の速攻に攻略法を見出していた。

 

 正確に言えば攻略法ではなく、依然として必殺技であることには変わりないが戦える方法が見つかった。

 

(岡目八目という言葉が示すように本来であれば客観的に見ている私の方が見つけやすいはずですが、私が気が付いたのは2回目。一方であの子は終盤とはいえたった1回で気が付いた)


 かつての教え子が試合の最後に何かに気が付いたのはわかった。それを探すためにもう一度見たらこの成果だ。それ以外にも陽紅は松原女子の得手不得手を丁寧に洗い出していた。

 

(昔からよく気が付く子だった。それがこんな風になるなんてね)


 今は手強いライバル校の監督に就任している20年前の教え子を称え、その成果を今の教え子に伝えるべく端末を触る赤井監督。

 

(教え子の手柄を横からさらう様で悪い気はするのだけど、これなら勝ち筋が見える)


=====

 視点変更

  立花 優莉 視点

=====

 

 今日の晩御飯は鮭のホイル焼きだ。基本は切って包んでオーブンに入れるだけなんだがアホ程旨い。オマケにかつては高級魚として重宝されていたらしいが今は安い。


 家計にも優しく旨い鮭。素晴らしい魚だ。

 

 


「そんなに美味しい?」

 

「へ?普通に美味しいけど?なんか変だった?」


「優莉がすごく幸せそうに食べてたから気になったのよ。陽菜も優莉ほどじゃないけど美味しそうに食べてるし」

 

 陽紅との一戦が終わり、明日は姫咲と春高出場をかけての大一番。

 

 英気を養うべく晩御飯を食べていたらなぜか涼ねえからツッコミが入った。

 

 ……ひょっとして食べる量が俺も陽菜も涼ねえの倍以上あることを突っ込まれているのかもしれない。

 

「私も優ちゃんも運動してるからね。涼ねえも運動したら?」


 言い返したのは陽菜。涼ねえのセクシーダイナマイトボディ(死語)を維持するためにも定期的な運動はいいことだろう。

 

「……ジムに通っているわよ」


 悲しいかな俺達は姉妹。お互いに洗濯物の量とその時にどれくらい汗を吸い込んだ衣類を出してくるかくらい把握している。もうちょっとは頑張れると思うんだが……


「あんまり運動してなさそうだけどね。もう少し頑張ったら?」


 陽菜、オブラートに包んで!


「涼ねえは運動能力に回すはずの能力を全部頭脳につぎ込んでるからね。俺達と比較は良くない」


 妹の失言をフォローしておく。後、涼ねえ美人でスタイルもいいからジムだとすげえ目立つだろうなぁ。変な奴に絡まれなければいいけど。


「私のことはともかく、2人のことよ。明日勝てば美佳みたいにお正月に東京でバレーをやるんでしょ?勝てそうなの」


「勝てるよ。多分」


 真面目に考えて俺の速攻を完全に防ぐなんて無理だろう。ブロックも出来ない高さから飛んでくるスパイクを少人数で防ぐのは無理だ。

 

 だったら全員レシーバーにする?

 

 そうやって俺だけに注目していれば他のスパイカーからだってスパイクが飛んでくる。


 この速攻で全国まで駆け上がってやるさ!


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