061 VS陽紅高校 その3
サブタイトルは 閑話 皆川 薫 でもよかったお話
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陽紅高校
女子バレー部監督
皆川 薫 視点
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松原女子高校バレー部が強い理由の一つに『記録が残っていないこと』があると私は考えている。
昭和の時代ならいざ知らず、今では大きな大会の記録は映像としてネット上にいくらでもあるし、地方大会も準決勝、決勝あたりからなら手に入れることが出来る。
陽紅を例にするなら昨年、一昨年のインターハイ県予選、春高県予選の準決勝や決勝の動画はネット上を少し探せば出てきた。
ライバル視している母校に至っては過去10年分の動画どころか自分がかつて姫咲のユニフォームを着て全国制覇を成し遂げた時の動画すら出てきた。
強豪校同士の戦いとは情報戦でもある。お互いの得手不得手を研究し尽くし、対策を練りあって……という流れであるはずなのに松原女子高校はそれが出来ない。
6年程前までは県なら上位、という程度の強さを誇ったが、そこから急落し去年はインターハイ県予選初戦敗退、春高県予選も1次リーグ敗退。
誰も注目していなかった。
だからこそ松原女子高校がどのような戦術で戦い、どのような戦い方を好み、どのような弱点を抱えているか――
春高2次予選開始時点ではこれらが一切合切不明。唯一わかっているのが『背が低いが男子並みの高さと威力を誇るスパイカーがいる』ということだけ。
そこから2次予選の様子を録画し、1週間で対策を練ってみたが……
(事前情報から多少なりとも戦力分析してみたけど、あと一手足りないわね……)
呟いてベンチにいる誰かに聞かれないよう、心中で弱音を吐いた。試合は第2セットも終盤。20-18。こちらが辛うじて2点勝っている。
このセットは一進一退、ほぼ互角の試合展開。しかし、勝ちきるにはあとほんの少しだけ足りない。
やはりたった2試合、たった1週間では十分な対策は打てなかった。
事前対策の誤りもあった。
都平の評価が低すぎた。少ない資料から、どうしても中学時代のイメージが優先して残り、レシーブに関しては技量は低い、としていたが入学以降7ヶ月で鍛えていた。
中学時代は彼女自身が点を取らなくてはいけないチームだった。だからポイントゲッターの道を選んだのだろう。
今は村井と立花妹という強力な点取り屋がいる。無理に自身で10点も20点も取る必要はない。
取る必要はないが競技歴1年未満の2人にエースの座を渡すのは悔しくなかったのだろうか?いや、悔しいのは飲み込んで飲み込んだうえでチームのためにレシーブ技術も磨いたのだろう。
過小評価していたのは技術ではなくその心意気か。
染み付いた癖もそうそう抜けるものではない。事前に立花妹の規格外の素早さとそれに伴う守備範囲の広さは伝えてはいるが、癖で一見すると空いているように見えるスペースを狙い、そこを拾われてしまうことが多々あった。
意外な弱点も試合中に見つけた。松原女子高校の選手は総じてフローターサーブに弱い。あれだけで第2セットは7点も取れた。そうと知っていれば最初からフローターサーブが得意な子をもっと積極的に使っていた。
フローターサーブといえば立花妹は強打は苦手としている節があるが、フローターサーブにはめっぽう強い。あの小さな体躯で素早くボールの下に潜り込み、オーバーで返す。
人によってはアンダーで取るだろう高さのボールもその場でしゃがんで無理やりオーバーにするのは不格好だが、ボールが上がるのなら文句はない。
自分の様な古い人間なら矯正させていただろうが、松原女子高校の若い監督は選手の自主性を重んじているのだろう。
過大評価していたところもあった。松原女子高校はバックアタックの速攻―所謂パイプ攻撃―をしてこない。ふりで後衛がジャンプすることはあっても実際にここまで使われたことはない。あちらがバックアタックを仕掛けてくるのはセッターがトスをあげるパターンではなく、ファーストタッチで崩され、セカンドタッチで強引に高く上がった2段トスをこれまた悪球打ちの得意な3番や6番が打ち返す場合のみ。
考えてみればそう不思議な話ではない。ツーセッター戦術で前衛には基本的にスパイカーが3枚。甲乙はつけられてもそのどれもが女子高生としては強力なスパイクが打てるのだ。
囮として使うにしてもスパイカーが3枚あれば十分。わざわざバックアタックを含めてスパイカー4枚体制にする必要はない。おそらく練習からバックアタックの速攻はしていないのだろう。
互角の試合展開。薄氷のリードで24-22。あと1点でこのセットが取れる。だが――
バシーン!!
(またそれか!)
ブロックをするにも相手は4m近い打点から振り下ろすので手の届きようがない。
レシーブをするにも女子高生どころか男子のトッププロ並み、もしかしたらそれ以上の豪速スパイクが妨害しようもない上空から、こちらのコートの空きスペースに叩き込まれてくるのだ。
ブロックもレシーブも不可能。
せめてオープン攻撃であれば他のスパイカー目当てに前に出ているブロック要員を後ろに下げられるが、それが出来ない速攻では手も足も出ない。
立花妹が使えば平凡なAクイックも唯一無二にして凶悪無比な必殺技に化ける。
そして――
「優ちゃん!ナイスキー!」
「陽ねえもナイストス!」
相手コートでは立花姉妹がお互いをハイタッチで称えあう。敵でなければ美しい光景だ。
「優ちゃんナイス!みんな!あと1点で追いつける!そうすればデュースだよ!でその次は勝ち越す!あと3点!」
向こうの都平が終盤で負けているというのに、いや負けているからこそチームを鼓舞する。
「陽菜!妹ばっかりじゃなくてセンターにもあげて!」
「おうおう。ライトを忘れんなよ!陽菜、トスくれ!」
鼓舞に応えて鍋川と前島も気炎を上げる。
これだ。これが決定的に陽紅には欠けている。相手をねじ伏せる武器。終盤でもよりどころとなる原動力。
立花妹の速攻による1点はただの1点ではない。絶対に防げないスパイク。それがあるだけで味方を奮い立たせ、敵の士気をくじく。
くそっ……
何をやってるんだ!私は!
コートであれだけあの殺人スパイクに食らいついていってる教え子達をむざむざ負けさせるのか?この大観衆の中で?
目の前で目まぐるしくボールが行きかう。
24-24
25-24
25-25
・
・
・
(考えろ。相手は身体能力が凄いだけで技術的にはずば抜けているわけじゃないんだ。あと少しでこのセットが取れる。なんとかして立花妹を――)
あっ…………………………………
それはほんの偶然。ただの思い付き。だが……
(いや待て。そんなバカな。そんな単純なことがあってたまるか!)
必死で思い付きを否定する。が、今日の試合、先週の2試合。その全てを思い返し………
(あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ)
(そんな!こんな単純な仕掛けがあったなんて!こんな簡単に立花妹の速攻を封殺できるなんて……)
すぐさまスコアボードを見る。
そこには無慈悲にも25-26と記されていた。
あと1点で陽紅は負ける。
(タイムは使い切っている。けど、ラリーさえ止まればリベロをいったん引っ込めて指示を出せば)
まだ、逆転できる要素はある。が、
ピーッ!!
無情にも試合終了の笛の音がコートに響いた。
陽紅高校 VS 松原女子高校
22-25
25-27
セットカウント
0-2
松原女子高校 春高 県最終予選 決勝戦進出
明日の予定
春高 県最終予選 代表決定戦
男子 10:00開始
陽紅高校 VS 姫咲高校
女子 12:00開始
姫咲高校 VS 松原女子高校
玉木商業戦もこれくらいでまとめるできだったなあ、と。