060 VS陽紅高校 その2
陽紅高校と決勝戦進出をかけた試合は第1セットの折り返しを過ぎていた。現在17-13で一応俺達が勝っている。勝ってはいるが、勝っている気はしない。
「なんかすっきりしないなあ」
陽紅側のタイムアウトで1度ベンチへ。
「あ、わかる。なんというか主導権を握れてない、みたいな」
「私もそう思う」
「明日香。陽紅は堅実なバレーをするんじゃなかったのか?さっきから失敗上等で果敢に攻めて来てるんだけど?」
「わ、私に言われても困るよ……」
俺達が浮足立ち始めたところでまとめたのは佐伯監督だった。
「よし、お前ら落ち着け。主導権を握れていないと思う原因は相手の応援団かもしれない」
なるほどね。確かにあの応援団は厄介だ。第1試合の玉木商業を見ていたが、それでも実際にコートで立って大規模な応援団を敵に回すと思った以上にやりにくい。俺がジャンプするとそれだけで悲鳴が上がるんだ。あのな、バレーって跳躍しないと始まらないんだぞ?
……それでも俺達はまだ先週のTVを見てくれた一般人の応援があるからやりやすい。さっきのジャンプの話に戻ると、俺が飛ぶと歓声も起こる。これがない彩夏達は相当にやりにくかったはずだ。
「だが、結果では勝っている。それを忘れるな。それと主導権を握れていないと思う理由はもう1つあるかもな」
「なにがあるんですか?」
「この試合だが、実は相手の失点でもう7点も取ってるんだ。この失点分を差っ引くと10-13で私達が負けている。いつもは私達が良くも悪くも得点も失点も重ねるからその違いに戸惑っているのかもしれない」
……一瞬納得してしまうが、相手の失点で得点するのはそう珍しくないし、何なら玉木商業との練習試合はお互いの得点の半分は自爆点という泥沼になったこともある。
しかしあっちは主導権を握れてるとか握れてないとかそんな風には感じない。なぜだ??少なくとも先週の試合の動画を見た限り、そんなにポンポン失点を重ねるようなチームじゃなかったはず。
「この他は相手のエースにいい様にやられているから、か?あっちの10番にはスパイクだけで6点も取られているぞ」
スコアブックとにらめっこしながら答えたのは上杉コーチ。ふむ。こちらの失点の約半分が相手エースのスパイクか。
「となると優莉ちゃんが前衛に出ている時にどうにかして失点を防がないと……」
「そうだな。優莉。あっちの10番とお前が両方前衛になったら10番専属でマークするんだ」
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視点変更
陽紅高校サイド視点
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「よく耐えているわね。見事よ」
皆川監督は教え子に賛辞を贈る。
松原女子高校のまともな試合のデータは先週の2試合のみ。参考記録としてインターハイ予選での姫咲との試合も入手しているが、選手の1/3は違うし、何より村井がもはや完全に別人だ。
そんな不正確なデータから有効な対策は取れるはずもなく、陽紅高校はデータを取りながら戦うというやり方を強制されていた。普段なら無理をしないところを強引に強打にしているため、失点も多いが、かといって山なりボールで返せば結局は立花妹のスパイクで返ってくる。同じ失点なら少しでも相手に主導権を渡さない方がいい。
相手の弱点を突くバレーとして定評のある陽紅高校女子バレー部であるが、裏を返せば実力だけでは強豪校とは良くて善戦止まり、どんな相手でもねじ伏せる『武器』を持たないバレーでもあった。
元より陽紅高校の女子バレー部に入部する殆どがこの『武器』を持たない生徒が多い。際立った『武器』を持つ子は陽紅ではなく、県内なら姫咲、県外なら金豊山、龍閃山、徳治、元修院といった全国常連の強豪校に進学している。
そちらのほうが全国大会への出場は容易となるうえ、スカウトの目にも止まりやすいので大学や社会人といった上のステージも見えてくる。
ではなぜ陽紅高校に進学したかと言うと、強豪校のスカウトから推薦を貰えるような武器を持っていなかったから。そんな選手がこのバレー部には多くいる。
バレーボール選手としての素質は悪くはないが、超一流には今一歩物足りない。バレー技術のスペシャリストになったところで全国常連校にいる選手のスペシャルには一歩劣る。
だからこそバレー技術のゼネラリストとなり、相手に応じて戦い方を柔軟に変えていくことで勝利を掴む。
それが陽紅の『相手の弱点を突くバレー』の真相である。
「特に小梁川。いいわ。その調子よ。相手今頃どうやって10番を止めるか、なんて考えてくれるはず」
「だといいんですけど……」
陽紅高校 女子バレー部の主将にしてエース。
その彼女をこの試合では囮に使うことに決めた。
向こうの小さいエースはブロッカーとしても面倒な存在だ。
背の低さから計画的組織的ブロックには参加できないが、ボールへの反応速度、ブロックの高さは間違いなく一流。そして何よりも厄介なのが『予測できないこと』であった。
先週の試合でも飛んでくるスパイクは全部ブロックするんだと言わんばかりに左右に飛び回り、相手スパイクを止めて見せていた。
……相手がブロード攻撃(センターの選手がコートの中央から右側に走り込んで打つスパイクのこと)を仕掛けた際、助走はあったにせよコート中央付近から斜めに飛んでライトからのスパイクをブロックで止めた時は動画加工を疑ってしまったくらいだ。
救いとしてはチーム方針なのか個人の考え方なのかは不明だが、立花妹は特定の選手をマークしてブロックする傾向があることだろうか。
そこで一計。この不可思議存在にはブロックに参加してもらわない方向で動く。
まず試合の序盤にエースの小梁川にボールを集め小梁川がエースだと認識してもらう。
そうすれば立花妹は小梁川に専属でベタ付きしてくれるだろう。
ベタ付きしてもらえるようなら小梁川以外から点を取ってもらう。自虐だが、小梁川はエースはエースでも絶対的なエースというわけでもない。
立花妹抜きでも相手ブロックは手強いが『予測できない』ブロックが終始飛び交うよりは100倍マシである。
エースはくれてやる。その代わりに勝利を貰う。
劣勢は劣勢。しかしまだまだこれからだ。
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視点変更
立花 優莉 視点
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ぐお……
また10番以外にトスが上がった……
それが決まり、これで相手の3連続得点……
スコアは20-20
ついに追い付かれてしまった……
……ひょっとして俺は10番以外――
「チッ!!」
相手の10番が苛立ち舌打ちをした。
ていうか聞こえているからね!俺だから許すけど、女子高生から舌打ちされたら誰も喜ばないからね!
「小梁川!相手は150cmだぞ!多少早くてもお前の方が大きいんだ!飛べ!空中戦を挑む前から負けるな!蹴散らせ!」
相手監督からの叱咤が目の前の10番に飛ぶ。
いや誰だよ150cmって!俺は156cmだっつうの!四捨五入すれば160cmだからむしろ160cmだっつうの!!
「優ちゃん。多分ダメなことを考えてそうだから言うけど、そのまま10番に張り付いて」
「優ちゃんはエースキラーだからそれを忘れないで」
「優莉。相手の10番の点が止まっているのは優莉がマークについているから、というのを忘れないで」
「優莉そのまま」
「ニンジャ。余計なことを考えるなよ」
相手サーブまでのわずかな時間。俺はチームメイト全員からそう言われた。
イ、イヤダナア
ボクガサクセンヲワスレルナンテアリエナイデスヨ
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視点変更
陽紅高校 女子バレー部キャプテン
小梁川 希 視点
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ダメだ……
あれはどうしようもない……
立花妹の速攻が使われればほぼ100%、得点を許している。
オープン攻撃ならまだしも、速攻では守備体制を整える時間がない。
インターハイ予選の頃と違い、コースの打ち分けが出来るようなった彼女のスパイク相手にわずかなりとも対抗するにはせめてレシーバーを6人態勢にし、
コート全域を守備範囲にしなくてはならない。
私は同点に追いついた時の演技ではなく、本当に舌打ちをしそうになって堪えた。
まだこちらは堪えていない。まだまだ戦意はある。
そう思わせなくてはいけない。
あの速攻をなんとかしないと、勝てない。それでも手段は全く思いつかない。
陽紅高校 VS 松原女子高校
第1セット
22-25
セットカウント
0-1