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059 VS陽紅高校 その1

=====

 陽紅高校サイド視点

=====


 判官贔屓という言葉がある。

 

 狭義には優れた軍才を持ちながら非業の死を遂げた義経の心情を察し、客観的な視点を欠いてまで義経に同情や哀惜の心情を寄せることであり、広義には「立場の弱い者に寄り添って同情を寄せる」という日本人らしい心情を表すものである。

 

 歴史上では義経以外にも戦国末期から江戸時代初期にかけて徳川の大軍相手に奮戦した真田親子。江戸時代に主君の仇を討つために1年の雌伏の後、吉良邸に討ち入りした赤穂浪士、維新三傑でありながら最後は時代に謀殺された西郷隆盛などが当たるだろう。

 

 現代においてもスポーツで大差で負けているチームがいるとなんとなく負けている方を応援したくなる心情を指している。

 

 陽紅高校女子バレー部はこれまでどちらかと言えば判官贔屓『される』側だった。

 

 県内には王者として君臨する姫咲高校があり、陽紅高校の少なくない部員は中学時代、姫咲の入学セレクションに『落ちた』子だ。

 

 強大な姫咲(王者)に挑む陽紅(挑戦者)。落ちこぼれが努力で天才に勝つ。漫画、ドラマの世界だ。故に贔屓される。

 

 しかし今日ばかりは相手が悪い。対戦相手はごく一般的な県立校、それもどちらかと言えば進学校にあたる真面目な高校だ。昨年の春高は1次予選初戦敗退。


 そんな弱小校に突如現れた天才スパイカーを擁し、一躍県内有数の強豪校に生まれ変わった漫画のような高校。さらにはTV出演もあって会場には相手校を見に来た一般人も多くいるだろう。

 

 

 

 今日は私達が敵役だ。

 

 

 

 

 

「けれども、私達が観客の期待に応える必要はどこにもないわ」


 準決勝 第2試合開始前。集まった部員を前に陽紅の監督は断言する。

 

 陽紅高校女子バレー部をまとめ、導き、鍛え上げているのは姫咲高校のOGにして同校女子バレー部の黄金期最初期の部員でもあった皆川(旧姓:花田) 薫。

 

 およそ20年前、姫咲高校女子バレー部が初めてインターハイを制したのが彼女が高校1年生の時。しかしこの時、彼女はコートはもちろん、ベンチにも、そして会場にすらいなかった。


 当時の姫咲は学校側の強い意向もあり全国各地から有力な中学生をスカウトしていた。そのためか当時の部員は北は秋田、南は熊本までの出身者が姫咲に集い、女子バレー部員だけで総勢100名近くが在籍していた。

 

 そんな中、一般入試で入学した彼女は1年の時は1軍と共に行動すら出来なかった。当時3軍であった彼女にはそれは許されなかったのだ。

 

 が、2年の時は1軍に追いつき、秋にはベンチ入り。3年生の時はレギュラーとして同校のインターハイ3連覇に貢献した。

 

 だからこそ、インターハイを制し、その後の大学でもそれなり以上の活躍をし、実業団から誘われるほどの実績と実力を持つエリートバレーボーラーになっても根っこにある性根は雑草魂。

 

 才能は確かにある。超えられない壁もある。しかし、それは努力を諦める理由にはならない。

 

 

 そんな皆川監督率いる陽紅高校女子バレー部の前に立ちはだかるのは弱者の面をかぶった天才達だ。


 部員の大半がバレー暦の浅い半ば素人集団でありながらも県内屈指の実力校。


 部員が少なく、登録人数の上限の12人+2人どころか10人もいない弱小校。

 

 どちらも松原女子高校の特徴だ。

 

 譲れない事実もある。それは――

 

「いつも言っている通りよ。あなた達は相手チームよりたくさん練習した。たくさん努力した。努力は報われるものじゃない。それでも報われるものであって欲しい。それを相手にも見せてやりましょう」


 松原女子より、姫咲より練習した。それが彼女達を支える原動力だ。

 

=====

視点変更

 立花 優莉 視点

=====

「サーブ。向こうからです」

 

 陽紅高校との試合開始前。ベンチに戻ってきた明日香は佐伯先生改め佐伯監督にそう報告した。

 

「そうか。よし。それじゃいつも通りだ。練習もしてないことを本番でいきなりできるようになったりしない。出来ることを全力でやる。失敗は恐れない。声を出す。以上だ」


 佐伯監督の口癖と言ってもいい「練習してないことは本番で出来ない」宣言。ようはいつも通りやれってことだ。


「よっしゃここで夏の仇を討ってやるぜ!」

 

 物騒なことを言うのは未来。夏のインターハイ予選では陽紅高校の女子バスケ部に敗れて終わったらしい。これを人は江戸の敵を長崎で討つと言う。

 

「そうだな。お前ら陽紅には負けんなよ!」

 

 発破をかけるのは上杉先生改め上杉コーチ。なんで陽紅を目の敵にするのかと言えば、かつてはこの県の公立高校の高校球児で、当時陽紅高校の野球部に煮え湯を飲まされたからだった。あのさぁ……



 そんな中で始まった陽紅高校戦。スタメンは2次予選と変わらずこんな感じだ。

 

 FL:村井 玲子

 FC:前島 未来

 FR:立花 優莉

 BR:鍋川 歌織(有村 雪子)

 BC:立花 陽菜

 BL:都平 明日香


      ネット     

  ――――――――――

   FL FC FR 


   BL BC BR 

  ――――――――――

    エンドライン



 さて相手からのサーブは――

 

 

!!


 笛の音と共になんと陽紅のサーバーはいきなりスパイクサーブを打ってきた。なんでだ?二次予選ではそんな様子なかったじゃないか!

 

「あっ……。わりぃ……」

「ドンマイドンマイ。でも未来。今のは拾えたよ」

 

 威力云々以前に前情報と違うことに驚いたこともあって未来はサーブレシーブに失敗。ボールは未来の腕にあたった後、フォローする間もなく地面に落ちた。

 

 まずは0-1。

 

 続いてのサーブは……

 

 なぜ女子高生バレーでスパイクサーブが少ないかと言うと、コントロールが難しいわりに筋力の関係で男子と違い、一撃必殺の威力が出せないからである。

 

 もちろん、中には俺……は除くとしても玲子のように威力を出せるビッグサーバーもいるが、そんなのは少数。

 

 プロになれるような女子高生ならともかく、一般女子高生バレーボーラーの大半はスパイクサーブの威力がしょっぱい。

 

 そしてコントロールが難しい。

 

 想像すれば簡単だが、めいいっぱいボールを投げる時と手加減して投げる時、どっちがコントロールしやすいかと言われれば後者であろう。

 

 スパイクサーブとは全力でボールを打ちつつ、コントロールもしなくてはいけない難しいサーブなのだ。

 

 なんでこんなことをつらつらと述べたかと言うと、相手サーバーの2本目のサーブはネットに止められて俺達の点となったからだ。

 

 

 これで1-1。

 

 

 

 そりゃそうだなよな。スパイクサーブはコントロールが難しい。

 

 二次予選でそんな様子がなかったことを考えると普段はスパイクサーブなんてしないのだろう。

 なんでいきなり試合で使うんだ????

 

 

====

視点変更

 陽紅高校サイド視点

====

 松原女子高校対策その1:相手エースが前衛にいる時はボールは少し無理をしてでも強打で相手コートに返す

 

 バレーの一般的な常識として無理をしてまで強いボールを返す必要はない。なぜならバレーでは失敗=即失点となるからだ。

 ならば無理をせず山なりでも着実に相手コートに返した方がいい。そうすれば少なくとも失点は防げるし、あわよくば相手が失敗する=自分達の得点につながるからだ。

 が、松原女子高校が相手、特に立花妹(エース)が前衛にいる時はその限りではない。やはり相手もボールはエースに集めがちで、あの小さなエースのスパイクをレシーブするのは至難の業だ。

 ほぼ確実に失点につながるスパイクが飛んでくるくらいならこちらから強烈なボールをお見舞いし、スパイクが飛んでこないようにした方がマシ。

 

 故に一部の選手にはサーブはスパイクサーブで打つように言っている。

 

 皆川監督は相手選手全員を全国クラスの選手と見ているが、その中でも特に警戒している選手が3人。

 

 1人目はもちろん立花妹(6番)。彼女に如何にストレスを与え、調子を上げさせないかが勝負のカギだと考えている。

 2人目は有村(8番)中学3年生の頃(去年の今頃)と比べ、強打を捌くのが巧くなっている。短躯からか守備範囲は相変わらず広いとは言えず、それゆえに声を掛けなかったが、あれほど様々なボールに対処できるのであれば推薦(スカウト)枠で取りに行くべきだったと後悔している。

 3人目は村井(3番)。競技歴8ヶ月目とは思えない技量と優れた身体能力。前衛時はコート中央で抜群の存在感を発揮し、スパイカーとしてもブロッカーとしてもすでに全国レベルだ。

 

 あと気になる選手と言えば去年推薦(スカウト)話を持ち掛けた時に振られた都平(7番)か。

 中学時代はオポジットに近い立ち回りだったが、今はレシーブもこなすようになっている。役目が変わってもいい選手に変わりはない。

 

 松原女子高校用に対策はいくつか講じてきたが、如何せん少ない情報から作られたものだ。対策が間違っている可能性は十分にある。

 

 現に実際に戦ってみて思った感想は想像以上に松原女子高校は堅守のチームだということだ。

 

 ザル守備を自称しているが、バレーはチームスポーツである。全員が全員、レシーブ巧者である必要はない。

 

 まずブロックがいい。

 チーム全員のジャンプ力が高く、身長170cm後半の選手かと思わせるほどブロックの平均が高い。おまけに組織力も高い。

 ……あまりにも組織力が高すぎて極端に背の低い1名はそこに加えられず、遊撃ブロッカーになってしまっているが……

 

 そしてそれにも拘らず、小兵らしく動きは機敏でルーズボールにも強い。

 強打に強いのはリベロくらいだが、そのリベロに強打が行くようにブロックでスパイクの道をコントロールしている。

 

 また村井(3番)立花妹(6番)は悪球打ちが出鱈目なくらい巧みだ。

 ちょっとやそっとどころか、思いっきりファーストタッチを崩してもセカンドタッチがコート内のどこかに高く上がってしまうと平然とスパイクを打ってくる。

 

 レシーブは下手でもまず入り口となるブロックの出来が良く、少しくらいレシーブが乱れても悪球打ちに優れたスパイカーもいるので返球は強打となるケースが多い。

 

 守備が弱いとされるのは失点の多さ故だろう。

 

 が、これも内情を分析すれば失点の約1/3が自爆によるものだとわかる。

 

 この自爆の良し悪しを判断するのは難しい。

 

 ただの自爆ではない。厳しいコースを狙った、妥協せず強打で打った等の積極的な自爆が殆どだ。

 

 そういった意味ではあちらのベンチに座っている、何年か前に監督ではなく、松原女子高校のユニフォームを着てコートに立っていたあの若い監督は肝が据わっている。

 

 失点が怖くないのだろうか?あるいはそれ以上に得点を逃すことを恐れているのか?そう言えば、数年前の彼女のプレイも確かにアグレッシブなものだった。

 

 女子高生時代(かつて)の自分自身のようにミスを恐れず、勇猛果敢にバレーをすることが彼女の目指すバレーなのだろう。

 

 

 それにしてもあの怪物(6番)速攻(クイック)は反則だ。オープン攻撃と違って速攻(クイック)を使われるとレシーバーを配置している余裕がない。

 

 かといって最初からブロックを諦める作戦に出れば、6番が前衛にいる間はずっとブロックなしで戦うことになる。

 

 それではブロックで止められるはずの怪物(6番)以外のスパイクも素通しすることになる。

 

(なんとしてでも有効な対策を試合中の、出来るだけ早期に見つけないと……)

 

 皆川監督は事前には見つけられず、今も見つけられていない立花優莉の攻略法に頭を悩ませていた。

 

 


 陽紅高校 VS 松原女子高校

  第1セット 途中経過

       7-10

ちょっと酷な才能と実力の設定話

わかりやすく野球に例えると


・明日香、雪子クラス

→甲子園常連校でレギュラーが取れる才能を持ち、今でもベンチ入りくらいはできる。が、ドラフトでは指名されない。


・陽菜、未来、歌織、愛菜クラス

→甲子園常連校でレギュラーが取れる才能を持つが、経験が足りない


・玲子クラス

→甲子園常連校ではスター選手なれ、しかも3年の秋には複数球団からドラフト1位で指名されることが確実視されている才能を持つ。現時点でも「あいつは2年後、絶対取りに行く」とプロから思われているレベル


・陽紅高校女子バレー部の方々

→才能も実力も地方の強豪校レベル。甲子園には〇〇枠で出場できるくらいには巧い。


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