058 春の高校バレー 県最終予選 玉木商業高校 VS 姫咲高校
何だこりゃ?
会場に着いた最初の感想がこれだ。
春高の県3次予選 初日
会場に着くなり黒山の人だかりが俺達の行く手を阻んでいた。
ネット上では俺達に対し、「下手なアイドルより可愛い子が揃っているバレー部」なんていうアレな謳い文句が出ているがそれにしてもこれはないだろう……
そもそも、俺達目当てという感じの人達だけではない。でもこの人の多さだ。
――時系列としては後の話になるが、この日、この会場にこれだけの大人数が集まった理由を美佳ねえからSNS上で聞くことが出来た。
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『そりゃ姫咲も陽紅もスポーツの強豪校だからね。お抱えの吹奏楽部だっているさ』
『でもインターハイの県最終予選の時も姫咲と陽紅どっちもいたけどあんなに混んでなかったよ?』
『悲しい話だけど、吹奏楽部だって気持ちよく応援したいのさ。ありていに言えば、勝てるところ、有名なところを応援したい。陽紅はその時期丁度野球部が甲子園の県予選中だろ?
言っちゃなんだけど、バレーボールって日本だとマイナーだし、そもそも女子に至っては勝てるかどうかも怪しい。だったら有力な野球部の方に行くのも無理はない。
姫咲はもっと単純。ほら、陸上の男子100mで凄い奴が出たってニュースになったの覚えてない?』
『たしか18歳未満で日本新記録、世界でも2位の記録を出したって奴?』
『それ。多分そっちにつられたんじゃないの?』
どうでもいいが、俺の場合、年齢制限なんか取っ払っても100m走で女子の世界記録を更新できる自信がある。
というか、いつぞやの全日本合宿で知り合ったスポーツトレーナー達から未だに「一緒に陸上をやろう!」と度々誘われるくらいなのだ。誘いを受けたら面倒なことになるのは目に見えているのでやらないけど。そもそも俺って女子扱いでいいのか?
『で、話は戻るけど、今度は応援の価値ありってことで集まったんじゃないかな?姫咲は女子がインターハイで期待されてない中、全国でベスト4まで行った。
陽紅は男子がインターハイで準優勝まで行った。そりゃ両校期待して本気の応援団を派遣するってもんさ』
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とそんな裏事情をまだ知らない俺は『春高ってインターハイより権威があったりするのか?だからみんな来るのかな』なんて考えていた。普通にTV局(ただしキー局ではない)も来ているようだ。春高すげえ。
「優ちゃん。これだけ人がいるんだよ。気を抜いてみっともないことをしないでね」
「そうそう。いつも誰かには見られているって意識してね」
……
一言、言い返してやろうとは思ったが、どう考えても勝てないので諦めた。生粋の女子を15年以上続けてきた陽菜達は野郎の視線の有無でのON/OFFの切り替えが自然でしかもすごく上手い。
例えば女子校では脚を開いて座ることの方がむしろ多いこいつらだが、おそらくこの会場ではそんなことは決してしないだろう。
自宅での行動を思い返してみれば俺が男だった頃はみんなしっかりしてた(そして俺はそれに簡単に騙されていた)が、今では家に生物学上は女性しかいないためか風呂上りに下着姿でうろつくことも珍しくない。
が、父さんが海外出張から帰ってきた時は驚くほど全員きっちり出来る。あの切り替えの凄さを俺は習得できていない。
まあそれでも、だ
「わかってるって。私だってそこの男子みたいにその辺で着替えたりしないって」
さすがに現役女子高生がその辺で着替えることのおかしさくらいは理解している。
「本当に?わかってるの?」
「わかってるって」
わかってはいるが、面倒だなとは思っている。やっぱり女になんてなるもんじゃない。
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女子更衣室
アホな男子諸君は間違いなくアホな幻想を持ってしまうだろう。かつて俺もそんな幻想を持っていた1人だ。
女子更衣室はきっといい匂いがする。
ねーよ。男子更衣室とそう変わんねーよ。
確かに女性、特に高校生のように若い個体の場合、ラクトン等甘くていい匂いの素を体から発する。それは自分の身をもって体験済みだ。
が、同時に人間である以上、動けば汗をかくし、汗は当初こそ無臭だが時間が経ち雑菌が繁殖すれば臭くなるのは男女ともに変わらない。
そしてそこは匂いに敏感な女性。汗が匂う前に対処はするが当然制汗剤に頼ることになる。ついでに言えば激しく動くわけだから、運動後に更衣室を利用する際は挙ってスプレー式の鎮痛消炎剤を使う。
試合後の更衣室はそれら2つが混ざり合い煙たくなるほどだ。
故に断言しよう。
女子更衣室は湿布と制汗剤の匂いがする。
また、恥じらいさんは女子更衣室には入室されない。なぜなら割と高頻度で上はブラ1枚という光景を目にするからだ。しかもそれを誰も気に留めない。
これも不思議なんだよなあ。
男性なら同性の前だろうが異性の前だろうが上半身裸になってもさほど問題にならない。が、女性の場合、例え裸でなく上半身がブラ1枚でも男の前なら大問題、女同士なら全員問題なしときたもんだ。まあ今更ここに突っ込んでも仕方あるまい。
俺のすぐ近くにはついさっきまで人に『みっともない恰好をするな』と言っていた当人たちが特に隠すことなく上半身下着姿になっていたりする。まあそんだけデカければむしろ見せびらかしたいのかもしれない。
紳士であり淑女である俺はいつものように壁に向かってこそこそと皺が出来ないように制服を脱ぎつつユニフォームに着替えることにした。
なお、わざわざ会場に着いてから着替えるのではなく、最初からユニフォームを着て、上にジャージなりを上から羽織って会場にくればいいじゃないかと思った諸兄。大正解である。
俺は訴えた。
今は11月も中旬。寒い。だからスカートなどという防御力の低い衣類ではなく、最初からジャージにウインドブレーカーという完全防備で集まろうと。
が、
「まだ11月だよ?いうほど寒くないし、それに学校まで集まれば後は上杉先生の運転するバスで移動するんだから実質登校するのと変わらないじゃん。ならいつも通り制服でいいと思うけど?」
という明日香の言葉になぜか俺以外が同調してしまったためにこの日も俺達は制服で会場入りしている。
「陽菜!優莉ちゃん!」
俺が心の中で民主主義という名の数の暴力を嘆いているとよく知っている奴から声を掛けられた。玉木商業の彩夏だ。
「彩夏!久しぶり!」
「彩ねえ。おひさ~」
「うんうん。陽菜は相変わらず美人だし、優莉ちゃんは可愛いね!」
声かけと同時に俺の背後に回り、そのまま俺を抱き締める彩夏。
夏なら抵抗したくなるが、今は冬。喜んで彩夏の体温を満喫しよう。
……まあジャージ越しだからあんまり人肌を感じないけど。
「彩夏は相変わらず優ちゃんが好きだね。ところでいいの?今日の私達は敵同士のはずだけど慣れあって?」
「今日はまだ敵同士じゃないよ。敵同士になるのは明日。私達は今日勝つ。陽菜達も今日勝って明日決勝で春高出場をかけて戦おうね!」
……彩夏すげえな。ここは『女子』更衣室。使っているのは俺達以外にも姫咲や陽紅の女子バレー部員だっているのにこの発言だ。
「横田~。そろそろ行くわよ!」
空気が殺伐となる前に空気を読んだのか横田は他の玉木商業の部員に呼ばれ更衣室を出て行った。
「陽ねえ。彩ねえって空気を読めないよね」
「……うん。まあ優ちゃんほどじゃないけど」
え?俺、彩夏よりひどいの?
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試合前に決勝で戦おうと言っていた彩夏達玉木商業だが、決勝に進むことはできなかった。
今の玉木商業は強い。
インターハイ予選の頃と比べると技術面では大きく劣るが、それを補って余りある高さとパワーがある。
どちらが強いか、などとは一概には言えないが、逆に言えば比べて迷うくらいに強くなっている。それでも姫咲との試合で第1セットを15―25の10点差で落とした。
これは実力で10点分劣る、というわけではい。
勝利の要因は――
「Let's go!Let's go!ひ・め・さ・き!」
観客席からの大声援(楽器付き)だ。
姫咲の好プレーには大歓声。ピンチには悲鳴。
もちろん玉木商業の応援団もいるがその数はまばら。私学校でおそらく動員してきたであろう姫咲には到底及ばない。玉木商業はまるで敵地の中で試合をしているような雰囲気にのまれ、第1セットを実力以上の大差をつけられ落としてしまった。
ちなみにこの日はアリーナの中央をネットで区切り、片方を男子、もう片方を女子が試合をしている。
そして男子側の試合では――
「おせ!おせ!陽紅!」
「いけ!いけ!陽紅!」
「ナイサー吉田!」
大声援を受けて優勝候補筆頭の陽紅高校男子バレー部が相手高校をボコボコのボッコボコにしていた。
というか次の試合、あの声援団が敵に回るのかよ……
雰囲気にのまれたのは第1セットだけで第2セットからは本来の動きに戻った玉木商業は姫咲相手に激しい点の取り合いを演じた。
「横田!ラスト!」
味方から上がったボールをスパイクすべく走り込む彩夏。しかしオープン攻撃などブロックの標的に過ぎない。
バン!
だがそれでも彩夏渾身のスパイクは姫咲のブロックを吹き飛ばし強引に点をもぎ取った。
これが夏ごろの玉木商業にはなかった戦い方だ。
あの頃の玉木商業は如何にブロックと勝負しないか、というチームであったが新生玉木商業はブロックと勝負することも選択肢の1つに入れている。
元々170cmを超える選手が4人。体が大きいということはその分筋肉がつく要素があり、実際にそこを俺達もやっている体幹トレーニングで鍛えている。
強い。強いはずなのだ。だが――
「ドンマイドンマイ。切り替えていこう」
姫咲に焦った様子はない。事実、先ほどはうまくいったが、この試合を通じてむしろさっきの様なプレイはうまくいかない方がずっと多い。
仮にブロックを潜り抜けても姫咲のレシーバー陣は当然のようにボールをあげてみせている。
夏ごろと比べると姫咲のレシーバーは強打に対しての適性が上がっている気がする……
そして最後は――
「レフト!オープン!」
姫咲のセッター(ユキから聞いたところによると3年生の西村さんという人らしい)はAパスで返ってきたボールをなぜかクイックなどの戦術を使わず、トスをあげる前からレフト、つまりエースのオープン攻撃を指名した。
この挑発に玉木商業は普段やらない3枚ブロック体制で姫咲のエースの前に立ちはだかるが……
バシーン!!
姫咲のエースで小学生時代の陽菜、小中時代の明日香を下し、中学時代の愛菜のチームメイトだったという1年生がブロックの僅かな隙間をついてライン際スレスレのストレートスパイクを決めて試合を決めた。
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視点変更
第3者視点
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「西村先輩。最後、どうしてオープントスにしたんですか?たまたま決められたから良かったんですけど……」
「正美。もっと自信をもって。あなたはあんなブロックなんて蹴散らせる、この大会でナンバーワンのスパイカーよ。そしてそれをあそこで見ている松原女子の子達に見せたかったの。『どうだ。うちのエースは凄いんだぞ!』ってね」
「それに癪に障るじゃない?玉木商業、今日何回ブロックに正面突破を仕掛けてきたか覚えている?あれじゃ私達のブロックが大したことないみたいじゃない!だからキャプテンは意趣返しで試合を決めようとしたんでしょ?」
「そこまで酷いことは考えてなかったけど、ブロックに真っ向勝負を仕掛けられたのはちょっとイラっとしたのも事実ね……」
玉木商業高校 VS 姫咲高校
15-25
20-25
セットカウント
0-2
姫咲高校 春高 県最終予選 決勝戦進出