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057 戦力分析

 TVに映ってにわかに騒がしくなってもやることは変わらない。春高に行くためにはあと2勝。土曜日と日曜日の試合にそれぞれ勝てばよい。

 

「でもさ。1日1試合ってどうかと思わない?どうせなら午前に1試合、午後に1試合ならせっかくの土日が両方つぶれないのに……」


 例によって陽菜と共作の弁当を食べながら俺はずっと思っていた疑問を口にしてみる。

 

 もちろん早弁の類ではなく、昼休みに食べているので昼食だ。ちなみに食べている場所は2組(自分の教室)ではなく4組(ユキ達の教室)である。

 なぜこうなったかというと先日の席替えで俺と陽菜と明日香は見事なくらい席がばらばらに離れてしまい、反対に4組では未来の前の席がユキ、右隣が歌織ということもあってちょっと集まるには都合がいいからである。

 

 まあ男子より体積を取らないとはいえ女子8人分の弁当が机3つ分に収まるわけもなく、周りから机とイスを少し強奪……もとい拝借してバレー部全員で昼食を取っている。

 

 集まった理由は単純で来週の土日、春高の3次予選の作戦会議を昼食と共に行うためである。

 

 もちろん生徒(俺達)の意見がそのまま部の方針になるわけではないが、佐伯先生(顧問)としても個人個人で伝えるより『これが私達の考えですが、どうですか?』の方がいいだろう。

 

 

 そして話を戻すが、なぜかは知らないが、春高の県予選の準決勝と決勝はそれぞれ別の日にやることなっている。

 


「春高バレーは高校バレーで一番のイベントだからね。準決勝まで勝ち抜いたチームには少しでも悔いが残らないように疲労が蓄積しないように1日1試合にしてるのかも?」

「休憩時間なしで連続2試合ならともかく、間に休憩が入るなら問題ないと思うけど……」

「みんながみんな優莉みたいな体力お化けじゃないんだよ……」

「あれ?なぜか貶された……」

「疲労とはちょっと違うけど、少しでもいいプレイをしてほしいって言うのはあるかも。準決勝と決勝は同じ会場を使うんだけど、その会場、アリーナの床材がフローリングじゃなくてタラフレックスだからね」

「タラフレックス??」

「国際試合とか大きな試合だと床材が板材じゃなくてカラフルになっているでしょ?あれ」


 なお、俺はこのタラフレックスの床を夏の全日本合宿で体験している。普通の床材より衝撃を吸収するだとかで膝に優しいらしい。俺はあんまり感じなかったけど。


「床なんてどうでもいいでしょ。別にバレーのルールが変わるわけじゃないんだし」

「床が原因じゃないけど、ルールは変わるよ」

「え?」

「おいおい。歌織マジかよ。そういうボケはニンジャだけにしとけって」

「あれれぇ?やっぱり私貶されてる……」

「……ひょっとして決勝は普段の3セットマッチじゃなくて5セットマッチになるっていうのが普段と違うルールってところ?さすがにそれくらい私だって覚えているわよ。そんな勝ち抜けるかどうかの決勝の話じゃなくてまずは目の前の準決勝でしょ?対戦相手の陽紅高校ってどんな高校なの?スポーツの強豪校ってことは知っているけど、バレーも強いの?」



 私立陽紅高等学校


 姫咲と同じく学生スポーツに力を入れている私学高であり、おそらくうちの県で一番有名な高校である。なぜかと言われれば高校生スポーツで最も人気があり、知名度もある男子硬式野球、その頂点を決める甲子園の県常連高校だからである。この他、昨年の大相撲で久しぶりの平幕優勝を果たした力士が確か陽紅高校出身者のはずだ。

 

 うちの県の場合、高校スポーツは姫咲か陽紅かのどちらかが県王者であることが殆どだ。


「県で一番強いよ。……男子はね。でも女子だって弱いわけじゃないの。実績から証明すると、高校バレーの3大イベントはインターハイ、国体、春高の3つ。国体はちょっと特殊だから除くとして、ここ10年、今年の春高の県代表は決まってないからインターハイ10年分、春高9年分、計19回分の女子バレーの県代表は姫咲が11回、陽紅は6回勝ち抜いているの」



 まず、過去10年間で半分以上大会で県代表経験のある姫咲の凄さが際立つが、陽紅もすごいな。



「さらにこの6回の出場のうち、日本一になったこともあるの。だから実績十分の強豪校って言っていいね。最近だと3年前に春高に出て全国ベスト8だったよ。で、その陽紅の戦い方だけど、ずばり相手の弱点を突いてくる戦い方だね」


「相手の弱点を突くってそれどこもやってくると思うんだけど……」


「その度合いが違うの。何から何まで相手の嫌がる戦い方をするの」

「そんなこと出来るの?」


 俺もそう思う。バレーボールは人数制限のあるスポーツだ。アメフトのように選手登録数がなく、攻守でメンバーをがらりと変えられるスポーツならまだしも、選手登録数も交代回数も限られているバレーボールでそんな多彩な戦術が取れるとは思えない。かといってなんでもかんでも出来る選手を育てる、というのは言い換えればなんでもかんでも中途半端な選手を育てるのと同じだ。


 はっきりいって無理のある戦い方だ。


「そのはずなんだけど……」

「それじゃ考えてもわかる方を考えよう。私達の弱点って何?」


「守備が下手」

「攻撃バカ」

「死ななきゃ安いでバレーやってる」

「雑」


「そういう抽象的なのじゃなくて具体的なものは?」


 ふむ……


 夏休み前からスタートした新生松原女子バレーボール部の戦術方針はサーブ&ブロックだ。

 

 強力なサーブであわよくばサービスエース、悪くとも相手の守備を乱し、そこを高いブロックでシャットアウト。ブロックの届かない山なりボールで返ってくればスパイクで仕留める。

 

 これが俺達の戦い方。それに合わせてポジションやローテーションも決めている。

 

 先週の2次予選ではこんな布陣で臨んだ。

 

 

 FL:都平 明日香

 FC:村井 玲子

 FR:前島 未来

 BR:立花 優莉

 BC:鍋川 歌織

 BL:立花 陽菜


 Lリベロ:有村 雪子

  → 玲子か歌織が後衛時に出場


      ネット     

  ――――――――――

   FL FC FR 


   BL BC BR 

  ――――――――――

    エンドライン


 まず、部内で1番サーブが強力な俺が最初にサーブを打つ。続くのは珍しさ故に取られにくいオーバーハンドドライブサーブを打つ未来。その後、玲子、明日香とスパイクサーブの使い手が続き、5番手のサーブはジャンプフローターサーブの陽菜。6番手の歌織だって振り抜きこそしないものの、ジャンプサーブで他校と比べても強力なサーブを打っている。


 ……一応言っておくが、この布陣はこちらがサーブ権を持った状態から試合がスタートした場合のものであって、相手からのサーブであるのならローテーションを1個分前に戻す。

 

 弱点と言われている守備だが、これは部内で2番目にレシーブが下手な俺が終始試合に出続けてしまうことでどうしても守備に穴が出来てしまう。だったら後衛時にリベロと代わる、というのも選択肢だったが、守備力よりもバックアタックによる攻撃力を取っただけのこと。


 

 ちなみに、部内でレシーブ力の順位をつけるのなら

 

 ユキ>>明日香≧玲子≧陽菜=愛菜≧未来>俺≧歌織


 と言ったところだろう。

 

 ……ぶっちゃけ玲子の成長速度が凄すぎて引く。人に言わせれば松女バレー部(俺達)全員の成長速度が凄いらしいが、実感はないし、玲子という怪物を見ているとお世辞にしか聞こえない。正直技術的なことでは勝てる気がしない。

 

 ブロックも玲子が引っ張る形になっている(なお玲子が後衛時の場合は歌織がブロックをまとめている)。そんな玲子からは「エースは間違いなく優莉」と言われているが、いや、普通に玲子も凄いからね。

 

「……土曜日と同じ戦い方をするとずっとコートに出ていて、レシーブの下手な私を狙うんじゃないかな?」

「そういう輩とは練習試合でたくさん試合をしたし、なんなら土曜日戦った高校もそんな戦い方だった。それでも勝ったぞ?」

「じゃあ――」



=====

視点変更

 陽紅高校

 第3者視点

=====


「今度の土曜日に戦う松原女子高校は立花優莉のワンマンチームよ」


 陽紅高校の監督、皆川 薫はそう断言する。

 

「ワンマンチームといってもエースが引っ張るタイプのチームではない。チーム全員でエースを引っ張り上げるタイプのワンマンチーム。つまり攻略のカギの1つは如何にエースに気持ちよくバレーをさせないか、ね」


「じゃあ攻撃は基本的に相手のエース狙いですか?レシーブは下手だって噂ですし」

「多分それはダメ。一部で言われているのと違って、あっちのエースはレシーブだってそれなり以上に巧い」

「さすが主将(キャプテン)。その通りよ。向こうのエースは『セッターに奇麗に返す』ことは苦手みたいだけど、きちんとボールは上にあげられるし、何より守備範囲がおかしい」


 先日のTV放送で一躍有名になった彼女。ネット上にはそんな彼女を取り上げた動画も多数上がっている。が、その情報の精度は玉石混交といったところだ。

 

 例えば『バレー部なのに練習そっちのけで顔にステ振りした天使』などというタイトルの動画を見たが、あれは酷い。

 

 相手スパイカーがブロックを避けるためにフェイントを仕掛け、それを彼女がボールに触るもきちんと上げられず、動画内では嘲笑の対象となっていた。

 

 が、前後関係を知るものが見れば如何にこれがおかしいことかわかるだろう。

 

 彼女はブロックアウト対策にコートの奥深くにいたのだ。にも拘らず、フェイントだと気が付くと猛然と走り込み、ネット際のコートに落ちるはずだったボールをレシーブ。

 

 無茶な姿勢でレシーブをしたためか、Aパスではなかったが、セッターにきちんとボールを返していたし、何より規格外なのはその後。

 

 そのボールをバックアタックで相手コートに押し返したことだ。

 

 そこから証明される反射神経の良さ、動きの速さ、さらに無茶な姿勢から強烈なスパイクを打てるだけの体幹の強さ。


 どれをとっても女子高生のレベルではない。

 

「松原女子高校はエースのコート内ポジションによって2つの側面を持つ。1つはエースが前衛にいる場合の『攻撃特化』。もう1つが後衛にいる場合の『守備特化』」


 皆川監督は部員達の前で自分が解析した松原女子高校の特徴を説明する。

 

 『攻撃特化』は文字通り攻撃に優れたポジションである。小さなエースのスパイクの打点は350cmを超える。もはや男子の打点すら上回る。加えて力もあるのか、威力も高い。が、彼女のスパイクが当たったからと言って怪我をするわけでもないので臆さずコースを読んで対処はできる。


 そして攻撃特化の時こそ、こちらのチャンスでもある。松原女子のエースはジャンプ力があって高さこそ出るが、背丈の低さから他のブロッカーとは高さが合わない。

 インターハイ予選の試合と合わせて分析するなら、あの頃よりよりシステマチックにブロックが出来るようになっているが、だからこそ周囲と高さを揃えてのブロックが出来なくなっている。相手もそれを自覚しているのか、先週の試合ではエースだけは終始単独でのゲスブロックだった。

 

 『守備特化』は言葉以上に厄介だ。まず、高さが揃う、高いブロックにそれを潜り抜けると強打に強いリベロ、ルーズボールは出鱈目な移動力を持つエースがカバー。ブロック、リベロ、エースの3つを突破しないと得点には結びつかない。

 

 得点をするのは厄介だが、その分攻撃力も低下している。

 

 松原女子はあまりバックアタックを多用しない。特に綺麗にAパスが返ると100%バックアタックをしない。エース以外からのスパイクならまだ勝負のしようがある。

 

 ――有難いことに松原女子高校の試合の様子を先週の2試合分、偵察部隊が記録してくれている。

 事前情報の有無で立てられる戦略はまるで違ってくる。

 

 3年ぶりの春高へ、陽紅高校女子バレー部は打倒松原女子高校への闘志を静かに燃やしていた。

 

 

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