056 TV放送で全国デビュー(実は2回目)
遅くなりました
「頑張ってくださいね。応援していますから」
「あ、はい。頑張ります」
週が明けた月曜日。廊下を歩いていると確か教頭先生だったような気がする先生に激励の言葉をもらい、それに返した。なにもろくに話したことがない教頭先生だけではない。同級生、近所の住人、よく行く店の店員……
失礼な話だが、正直いい加減うざいと思う程、この手の言葉を色々な人から貰うようになった。これもそれも先週の土曜日が原因だ。
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「3次予選進出、おめでとうございます。お時間よろしいですか」
無事に春高3次予選への進出を決めた直後、アリーナから出る前に俺達はTV局のリポーターに捕まった。まあ試合前から取材があると聞いていたし、試合後なら取材を受けると言っていたのだ。俺はリポーターからの質問に答える形で取材を受けることになった。
ちなみにこの取材は春高予選のためのものではなく、3年後に控えたオリンピックを見据えて、その時に活躍が期待される若手アスリートを紹介するとあるニュース番組の1つのコーナーで使われるものである。故に(みんなには申し訳ないけど)取材対象は俺一人であり、他の部員は精々普段の俺について一言二言話す程度。
例外は主将の明日香と戸籍上は姉で実態は妹の陽菜。明日香は主将として部活の時の俺を、陽菜は姉妹として私生活の時の俺をそれぞれ話すことになった。まあそれでも2人のインタビュー時間を足して倍にしても俺のインタビュー時間の方が長いけど。
そんな取材も最後の質問が終わり、それじゃ、というところで意外な人物から声を掛けられた。
「まだまだだが8月よりずっとバレーボール選手らしい動きが出来るようになったな」
そう言って近づいてくるのはバレーボール女子日本代表を率いる田代監督。
「私の立場で特定の高校を応援するのは良くないからこれ以上は言えないが、君の成長が見れてよかった。次の試合も応援しているよ」
そう言って満足そうに試合会場を後にしていった。
う~ん。俺に期待されてもなあ。
バレーボールに強い思い入れがあるかと言われればないわけで……
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取材後、更衣室で着替えているとスマホにSNSの更新の連絡が入っていた。
“勝ったよ!決勝で春高進出をかけて勝負!”
送り主は彩夏。どうやらあっちも2次予選を勝ち抜いたらしい。
「玉木商業、2次予選通過したってさ」
「そっか。向こうと再戦となると決勝だね」
「よっしゃ。10月の借りを返すぞ」
「未来。10月の練習試合は6セットやって4-2だったから借りは向こうにあるんじゃないの?」
「つっても最後に負けただろ?最後は勝って終わらないと」
玉木商業の勝利を誰に向かって言ったわけでもなく伝えると、みんな喰いついた。玉木商業というかあっちの顧問の熊田先生には夏合宿だけでなく、それ以降もお世話になった。
どんなに熱意があろうとやっぱり新米教師の佐伯先生と(人のことを言えないけど)バレーのルールすら知らない上杉先生の2人では練習試合の相手を見つけることすら困難だ。
そこを熊田先生は
「勝ち抜いていけばどっかでお前らとあたるんだから、偵察ついでだと思えば安い」
とわざわざ言い訳までして俺達を9月と10月にそれぞれ練習試合に招待してくれたのだ。
そんな縁もあって松女バレー部員と玉商女子バレー部員は親交を深めていた。
「でも玉木商業と戦うには決勝なんでしょ?」
「そう。玉木商業が勝ち抜いたのはDブロック。Cブロックを勝ち抜いた私達と戦うのはお互いに準決勝を勝ち抜いた後の決勝だけ」
「玉商と春高をかけて戦うのはいいけど、現実的な話なの?」
「多分玉木商業の準決勝の相手は姫咲高校。勝てるかは……」
「そりゃ姫咲だって強いが、玉木商業の連中だって強いさ。散々練習試合をしたアタシ達が一番知ってんだろ?」
と、こんな会話をしつつ、着替えて(どうでもいいが、俺達は試合会場までジャージではなく制服で来ている。だからどうだって話だけど)、そのまま上杉先生の運転するバスで高校まで戻り、試合のために持ち出した用具を片付けてこの日の部活は終わり。そこで解散となった。
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翌日、日曜日の朝。普段は見ないとあるエンタメニュース番組を家族というか一緒に家に住んでいる涼ねえと陽菜と見ていた。
「それで本当に今日、優莉達がこの番組に出るの?」
「昨日はそう言ってたけど……」
「よくよく考えると編集に半日もかけてないんだよね。プロって大変だ」
なんて話していると――
『続いてのコーナーです。輝け!未来のトップアスリート!!』
『今日は日本女子バレーボール界に突如現れた新星を紹介します』
お、さっそく紹介が……
って!いつ撮ったんだよ!TVには俺がスパイクを打つ直前の1コマがドアップで映し出されていた。
『――と、かつてはお家芸と言われていたバレーボールですが、ルールの変更、選手の大型化もあって近年はメダルどころか、そもそもオリンピックに出場すら難しくなっている状況なんです』
『そこを救ってくれるかもしれないのが今日紹介する立花優莉さんです。彼女は高校1年生なんですがバレーボールを始めたのはなんと高校に入学してからなんです』
そうして俺の紹介が始まった。
TVに映る俺は何ともしょっぱい素人らしい受け答えをしているがそこをリポーターが良い感じにフォローしている。
『――彼女の凄いところはなんと言ってもジャンプ力です。実際に飛んでみてもらいましょう』
おぉ!このシーンはジャンプ力を見たいからちょっと飛んで、と言われて試合後の片づけをしているアリーナの片隅でこそこそと飛んだ時の奴だ。
この後、TV局の男性リポーターも俺を真似て飛ぶんだが、背の低い俺の方がずっと高い打点を叩き出す。
そうだよな。バレーなんて普通の日本人にはなじみが薄いからこうやって『何が凄いか』を見せないとわからないよな。だからか、実際には先に試合があってインタビューはその後だったんだが、TVでは先にインタビューを、その後で土曜日の2試合(のダイジェスト)を放送している。
この方が確かにわかりやすいな。さすがプロ。
というか……
あれ?俺ってこんなに可愛かったっけ?
TVの中で飛んだり塩トークをしている俺は……
その、とても可愛く見える。
「?優莉?どうしたの?」
「優ちゃん、顔真っ赤だよ?何かあったの?」
「……」
なんか恥ずかしい……
いや、俺ナルシストじゃないんだけど……
夏の時にTVに出た時はほんのちょい役であまり意識しなかったというか、水着という薄着で自身のまな板ぶりを全国アピールという羞恥プレイゆえにあまり見てなかったが、こうしてまじまじと見ると……
う~む。普段陽菜たちが俺のことを可愛いだのなんだの言うのがわかる気が……
「な、なんていうか、私ってその……こんなに可愛かったの?」
涼ねえ達は「何言ってんだ?こいつ?」的な表情を浮かべた後に
「まあ自分を客観視するのは難しいから……」
「いっつも言ってるでしょ。私が隣を歩くと優ちゃんの引き立て役になっちゃうって」
なんてことを呆れた顔で言った。
そんなことを言われても知らなかったわけだし、なんというか恥ずかしい――
「バレーボールをやったことがなかった立花優莉さんですが、バレーボールをやるきっかけを作ったのが主将の都平明日香さんです」
!!
『そうですね。普段の彼女は真面目で練習も――』
明日香のインタビューが映し出される。いや、ないだろ!なんだよ、これ……
『そんなバレーボールの天才少女、立花優莉さんですが、私生活はどうなんでしょうか。同じくチームメイトで姉の立花陽菜さんに聞いてみましょう』
おお、もう……
続くのは陽菜。
『妹はいっつもどこか抜けてるんですよ。この前も――』
すいません。一瞬でも自分が美少女なんて思ってしまいました……
TVには明日香、陽菜の順に映し出されるわけだが、2人ともすっげえ可愛い。俺とは違う。普段会うと身近過ぎて気が付きにくいがやっぱりこいつらは美人だわ。TVでは3人とも1年生ってところを強調しているが、マジでやめて欲しい。俺だけ寸胴に見えるが、違うんだって!その2人がおかしいだけで俺も平均よりは凹凸があるんだって!
「……やっぱり陽ねえの方が私より美人で可愛いよね……」
確定だな。よく知っていた事実だが、TV放送という形でまたもや証明された。
「は?優ちゃん何言ってんの?」
「事実確認をしたんだよ。やっぱり陽ねえは私より可愛い。TV越しに見ても陽ねえの方が絶対に私より可愛い」
可愛いは相対評価である。
世の中にはオタサーの姫という言葉があるが、これは女子が極端に少ない環境下では女性というだけで可愛く見えて、モテてしまうために出来た言葉だろう。
では反対に周りが可愛い子だらけであったら?
まさにバレー部にいる時の俺。
先ほど、「あれ?俺って実は美少女なんじゃね?」と勘違いできる程度には容姿が整っている俺だが、松女バレー部の容姿ヒエラルキーでは……
まずトップは陽菜だろう。
シスコンとか言われそうだが、バレー部どころかコイツが松原女子高校で一番可愛いと確信を持って言える。
続いては明日香か未来が手堅い。明日香はそのままでグラビアアイドルが出来るくらい顔も整っていて、体の凹凸も激しい。未来は俺よりでかいが、それでもバレー部の中では下から数えた方がはやい大きさのカップサイズだが、魅惑の脚線美を持つ。
容姿のトップスリーはこいつらで確定。4番以降は人によるだろうが、一般的に背が極端に高い/低いと敬遠される傾向が一部ではあるから幅広く支持を集めそうなのは愛菜か。
玲子や歌織は背が高く、モデルみたいだといつも思っている。
ユキはチビッ子でも巨乳という一部の人にはクリティカルな属性を持っているわけで……
いうまでもなく、全員顔も非常にいい。
……
いままでずっと考えないようにしてたけど、バレー部で一番不細工な奴って実は俺なんじゃ……
「ど、どうしたの優ちゃん!いきなり暗い顔になって……」
「優莉。大丈夫?」
「大丈夫じゃない……。ずるいよ。みんな可愛くて私だけそうじゃないのに、これじゃ全国放送で公開処刑じゃん……」
いかん。マジで泣けてくる。
というかさっき部員から一言で全員喋ったんだが、これ見たお茶の間の人達って
「最初に映ったハーフの子が可愛いって勘違いしたけど、そんなことなかった」
「ハーフの子を除いてみんな可愛いんだな」
「あとから映った子って可愛いよね。最初のハーフの子?前座でしょ(笑)」
とか思われるパターンじゃん!!
しかもこれが日本全土で、だ。
酷すぎる……
この惨劇を目の前にいる2人にも訴えたんだが……
「優莉はどうして自己評価がこんなにも低いのかしら?」
「酷いのは優ちゃんの頭の中だからね……」
俺の訴えはなぜか涼ねえにも陽菜にも届かなかった。
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そんな放送は思いのほか地元で見られた様だ。
特に前もって宣伝とかなかったはずなのにその日の昼に昼食の買い出しに商店街に行けば
「優莉ちゃん!TV見たよ」
とか
「陽菜ちゃん達、バレーやってんだな。次の試合、いつ?おじさんも応援に行くよ」
とかの大盛況ぶりだった。
そしてこの大盛況ぶりが俺達を助けることになると知るのは次週のことである。




