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閑話 他所から見た松原女子高校バレーボール部 その1

(我ながら何をやっとるんやろな……)

 

 金豊山を率いる大友監督は1人愚痴っていた。

 

 春高予選は県によって開催時期、内容が微妙に異なる。


 大阪では来週の土日に春高の予選があり、それを勝ち抜くと1月の春高に出場できる。といっても大阪は2校出られるので1位でなくともいいのだが……

 

 試合前の最後の週末。来週の平日は精々コンディションを整えるくらいの練習しかできないし、させない。地獄の練習は流石にさせられないが、それでもある程度負荷の高い練習が出来るのは今日が最後となる。

 あるいは怪我持ちがいないかつぶさに観察するのもよかった。教え子は全員バレーを熱心に取り組んでいるが、熱心過ぎて怪我を隠す者もいる。そうした間違った責任感を持つ教え子を発見するのも自分の役割なのに、なぜここにいるのか。

 

「これで大したことあらへんかったら泣くに泣かれへんで……」

 

 今日、目の前の会場でうわさに聞く立花 優莉という少女がいる松原女子高校が春高の切符をかけて2次予選に挑む。

 

 一地方の県予選であるにもかかわらず、思った以上に人が多い。

 

 おそらく自分と同じく立花 優莉の観察が目的だろう。

 

「徳治、元修院、律楠第一……おぉ!康平学院まで来とるで!あそこからやと新幹線やのうて飛行機やろうなあ」


 地元の有力校だけではない。ジャージやあるいは知った顔から全国の常連校の一部が今日ここに来ていることを察することが出来る。それだけではない。


「なるほど。そらそうやろうなあ」


 関東体育大学、東教大学、桜灘女子大学……

 

 女子バレーの強豪大学も来ている。

 

「この分やと社会人チーム関係者もいてそうやなぁ」


 大友監督は独り言ちた。

 

======


 大友監督は新幹線を使ってまで来て成果無しは許されないと判断し、開場と共に会場入りした。が、同じことを考えている同業他校もあっていい席での観戦とはならなかった。

 

 しかし、高性能デジタルビデオカメラ+三脚で試合は録画する気だ。アングルもズームも問題なし。

 

「隣の男子の試合の閑散ぶりと比べるとなんだかなあ」


 この日、行われる試合は春高県2次予選の1回戦、2回戦が『男女』共に行われる。

 

 バレーコートは4面取れるので丁度半分に割り、2次予選の1回戦の第1、第2試合を午前中、昼休憩をはさんで2回戦の第3試合を午後にやるようだが、アリーナの観客席は女子側はびっしり埋まっているにもかかわらず、男子側はまばらだ。

 

 そして注目の的、松原女子高校が公式ウォームアップのためにコートに現れた。

 

「ふざけとんかいな……」


 まず、彼女達の髪形に大友監督は不満を覚えた。

 

 全員というわけではないが、ほとんどが多分下ろせば肩より下まで届くだろう長髪。

 

(年頃の娘さんや。着飾りたいっちゅう欲求は理解できんねん。けどな。その髪、1日何分かけて手入れしとるんや?金豊山(うち)の子はそんなんも我慢してバレーをやっとんねん。その時間もバレーに使うてるんや。本当に懸命にバレーをやってるんや)

 

 勝たせてやりたい。

 

 バレーに、自分の指導に全力で向き合ってくれる教え子を勝たせてやりたい。

 

 改めてそう決心する。

 

 

 そうして始まる練習は……軽いレシーブ練習から。

 

(そんなんどうでもええねん。あの飛田が脅威やっちゅうてるスパイクかサーブの練習をはよやってや)

 

 願いが通じたわけではないが、練習はスパイク練習に移る。

 

 そして――

 

 

 

 バチーン!!!




 その瞬間、会場全体の時間が止まるのを大友監督は感じた。

 

(な、なんやねん!なんやねん!なんやねん!なんやねん!なんやねん!なんやねん!なんやねん!なんやねん!なんやねん!なんやねん!なんやねん!なんやねん!なんやねん!!!!あれは一体なんやねん???)


 素人は気が付かないかもしれないが、今のは異常である。

 

(あっこのネットが小学生用の2m?なわけあらへん!あのちんまいのが低うて350、なんなら370くらいからスパイクを打ってる??んなアホな……)


 女性どころか人間としての限界を超えているのかと思わせるほどの跳躍力。そしてそこから打ちだされる豪打。

 

(飛田め。なにが男子並みや!あんなんプロの男子でもおらんわ!)


 周りもにわかに騒がしくなる。騒いでいるのは高校女子バレーを知る者達だ。バレーをよく知っているからこそ、この異常性がわかる。大友監督も騒ぎたい気持ちをぐっとこらえ、これからはじまる試合の行方を見守ることにした。

 

 

=====


(なるほど。そういうことか。そらぁ全国いけへんわ)


 試合は第1セットを松原女子高校が先取した。

 

(ひっどい守備や。論外の鍋川(10番)。反応と守備範囲は立派やけどきれいにセッターに返されへん立花妹(6番)。それよかなんぼかマシやけど甘う見積もっても県の中位から上位レベル、全国に行くんやったら物足りんレベルの村井(3番)立花姉(4番)都平(7番)前島(11番)。ベンチにおる白鷺(9番)は出ぇへんかったからわからんけど、まあベンチやから程度はしれとる。

 全国レベルのまともなレシーバーはあの小さなリベロだけ。ホンマ、よう頑張っとるで)

 

 自分達を国体で驚かせたリベロはこの試合を見る限り『強打に強い』ではなく『フォローが巧い』で選ばれたのだろうと予想する。

 

(それとは対照的に全国でも止めれる高校はおらんやろうえげつない攻撃力。コートのどっからでもボールさえ高う上がれば豪打スパイクで返す立花妹(6番)

 一遍アタックラインどころかサーブラインからスパイクでボールを返しよった時は会場中の関係者固まっとったで。あんなん反則やん。

 立花妹(6番)のせいで目立てへんけど村井(3番)もバケモンや。間違いなく全国トップクラスのスパイカーや。都平(7番)鍋川(10番)もスパイカーとしてなら全国レベル。セッターやのに立花姉(4番)前島(11番)もええスパイカーや)

 

 自分だったらスパイカーとして鍛えるのは立花妹(6番)と百歩譲って村井(3番)だけを鍛えて、あとは徹底的にレシーブを鍛えさせていただろう、と大友監督は思った。

 常にスパイカーを3枚揃えるツーセッター戦術も絶対的なエース格がいるのならむしろ不要の戦術。あれだけ質のいいスパイカーがいるのだからスパイカーの枚数をそろえる必要なんてない。


 如何にエースへいいボールをあげるか、それだけに特化して練習すればいいものを……


 それが松原女子高校バレー部の最適解だとは思うが、よその教育方針に口を出せるほど自分が立派な人物でないことくらいは承知している。

 

(サーブもええ。予想通りえげつないサーブの立花妹(6番)。収穫は村井(3番)やな。飛田の奴、知ったら驚きよんで。アイツは自分が高校No1サーバーって思うとる節がある。それは間違ってへん。けどここにお前よりすごいのが3番と6番(2人)もおるで。他の4人もそれぞれに凶悪なサーバーや。11番のサーブはおもろいな。高校であえてオーバーハンドドライブサーブをつこうてくるとは。あれは力さえあれば高校でも十分通用するサーブや)

 

 これらの情報から松原女子高校の戦い方は過剰な攻撃力で一気呵成に連続得点(ブレイク)を狙っていくスタイルだと判断した。

 まずサーブで相手を崩す。サービスエースにならずとも軟打で返ってくれば凶悪スパイクで止め。スパイクを仕掛けようにもブロックの高さだけならそれなりにある。

 

 弱点は貧弱すぎる守備力。今回は相手にビッグサーバーがいなかったが、おそらく強力なサーブを打ち込まれれば忽ち姿勢を崩し、失点につながるだろう。インターハイ予選で敗れたのも過剰な攻撃力で攻め切る前に大量に失点を重ねたが故だと推測される。

 

(女子バレーの常識を変えるチームやな。ラリーをせぇへんと試合に勝つっちゅうのは斬新――)


「大友監督!大友監督じゃありませんか!」


 松原女子の戦力分析を行い、さてどうやって戦ったものやらと考えたところで知っている人物から声をかけられた。


「おぉ!天馬の大貫監督やないですか!どないしたんです?こんなところで!」


 女子バレー強豪大学の1つ。天馬大学の大貫監督だ。

 

「ははは。大友監督と同じですよ。妹の立花君を見に来たんですよ。いや、5ヶ月で彼女も随分巧くなった。6月の頃と比べるとすっかりバレーボーラーだ」


「……あれでですか?」


「えぇ。彼女は4月からバレーを始めた本当の素人でしたから。まあ同じく素人から始めた村井……名前を言ってもわかりませんよね?

 松原女子の3番も4月から始めたのですが、もう完全に他のチームメイトと遜色ないレベルまで育っている。いやはや驚きです。

 彼女と比べると確かに立花優莉君の成長速度が物足りなく感じてしまうかもしれませんが、これは村井君の成長速度がむしろ異常と――」


「ちょ、ちょう待ってください。え?松女の3番も4月からバレーを始めたんですか?」


 仮にその情報が本当だとすると――この場で大貫監督が嘘をつく理由がないので真実なのだろうが――松女の3番に関しては評価を大幅に上げなくてはいけない。

 

 バレー暦7ヶ月であそこまでバレーが出来るのはそうはいないだろう。立花妹とてバレー暦7ヶ月であることを考えると十二分に巧いといえるが、それすら霞んでしまうレベルの才能。

 

 身体能力の怪物である6番。センスの塊と思われる3番。

 

(弱点もあるけどツボにはまったらえっぐいで。これ。おまけに経験が浅いちゅうことはちょっとしたきっかけで学習すればどんどん伸びるちゅうことや。 現に6月より巧くなっとるて言うてはるし。うちのことを考えたら赤井の婆さんにこいつらを止めて欲しいもんやけど、バレー界全体を考えると……)

 


「何より楽しそうにバレーをやっているのが特にいい。声を出し合い、助け合い、チーム全員で戦う姿勢。素晴らしい」


「楽しそうにバレーをやることが重要でっか?」


 嫌な質問だが、思わず聞いてしまう。


「えぇ。彼女達には、立花優莉君には特に重要です。彼女は私達が預かっているような『日本一になる』とか『世界の舞台で戦うことが目標』という子と比べるとずっと志が低いんですよ。バレーボールだって『お友達に誘われたからやっている』程度に過ぎないんですよ」


「は?」


 ふざけとんのかい!


 と大友監督は一瞬内心思ったが、それは筋違いだ。


 やりたいスポーツを選ぶのは個人の自由であるし、才能があるからと強要することはできない。彼女がどんなスポーツを選ぼうと、そもそもスポーツを選ばなくともそれは彼女の自由だ。



「だからああやって、楽しくバレーの魅力を知って、バレーにハマって欲しい。下世話な話をするならば、バレーボールより稼げるスポーツはいくらでもある。お金目的ならそっちの世界に行った方がいい。ですが、彼女が他のスポーツに流出してしまうのはバレーボール界の損失ですよ。だからああして楽しそうにバレーをやっているのはいいことなんですよ。贅沢を言わせてもらえば2年以内にバレーの沼にハマって、その先の進路に天馬(うち)を選んでくれれば言うことはないですけどね」


「大貫はん。それはちょっと意地汚いでっせ」


 思わず苦笑する大友監督。だが、一方でこうも思った。


(最近、勝つことばっかで楽しい、っちゅうのを置いてきぼりにしとったなぁ。せや。バレーはしんどうても楽しいスポーツや)


 先ほどの第1セットを思い出す。その戦い方は確かに強さを求める上では最適解ではないのかもしれない。だが、全員が主役となれるようなバレーで確かに全員楽しそうだった。


(あんな戦い方、やり方もあんねん。楽しさはモチベーションになる。モチベーションは向上心につながる。向上心はバレーの上達につながる。わいもまだまだ勉強が足りへんっちゅうこっちゃ)


 その後、松原女子高校の戦いを大貫監督とお互いの意見を交換しながら共に観戦した。

 

 試合後――

 

「おう。博か。わいや。大友や。来週の土日、ちと悪いんやけどこっち来てくれへん?え?金豊山(うち)の試合はどうする?アホ。偵察チーム抜きでも大阪は勝てんねん。

 せやけどな、ここでがっつり松女の情報をおさえとかんと春高がおっかないねん。姫咲が出てきたらどうするて?そん時はそん時や。えぇから、こっちに――」

 

 大友監督は金豊山が誇る偵察チームを当日の公式戦をほったらかしにしてでも松女の試合に派遣することに決めた。

 

 全日本バレーボール高等学校選手権大会

 県2次予選 Cブロック 1回戦

 

 松原女子高校 VS 白山女子高校

       25-15

       25-13

  セットカウント

        2-0

        

 松原女子高校 2次予選 2回戦進出


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― 新着の感想 ―
[良い点] めっちゃ好きです。忙しいのに見ちゃって寝不足ですよ笑
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