閑話 西村 沙織
時系列的には松高の文化祭より2週間ほど前のお話
私達姫咲高校女子バレーボール部部員は一丸となって全日本バレーボール高等学校選手権大会、通称春高に向けての練習を行っていた。
練習メニューは県予選であたるであろう松原女子高校と夏のインターハイ、秋の国体を制した金豊山学園高校を見越して
強打をレシーブする練習が増えている。男子バレー部との合同練習もその一環だ。
――来る!
バンッ!
ボールが手のひらに当たった瞬間、女子のバレーでは到底ありえないような轟音を響かせてスパイクが飛んでくる。
けれども――
そのスパイクは速いが遅い。高いが低い。
9月の国体。その時に松原女子高校から来た有村さんは同じ体育館で行われている男子の試合のスパイクを見て「優莉の方が高くて速い」とまで言ってのけた。
私達の練習相手は『県』で上位の実力を持つ姫咲高校の男子バレー部。しかもその2軍だ。必然的に高校男子全国トップクラスが集う国体と比べればレベルは劣る。
一方でそれでも男子のスパイクだ。容易にレシーブできるものではない。
……松原女子高校対策に男子との合同練習をするようになったのは6月から。
当初は私達の心のどこかに「男子のスパイクだからレシーブ出来なくて当然」という気持ちがあって真剣さが欠けていた。
その甘えを粉々に砕いてくれたのが国体で一緒に戦った有村さんだ。
彼女は日頃からこのスパイクより凄いスパイクに立ち向かっている。このスパイクをレシーブできるようにならなければ東京の体育館は見えてこない。
でもやっぱり男子のスパイクだ。簡単にとらせてくれない。怪我の可能性だってある。
なにより……
「あまり無茶をさせ過ぎて負け癖がついては元も子もありませんからねぇ」
赤井監督は時々そうつぶやく。男子との練習は適切量でなければならないと警鐘を鳴らしている。
簡単に取れないという事実。取れないということが当たり前になってしまう恐怖。
私達は本当にこの練習で強くなれるか、強くなれているか、わからない。わからないまま、ついに10月も半ば近くまで過ぎていた。
春高の二次県予選まで後約1ヶ月。
自己紹介をしよう。
私の名前は西村 沙織。
姫咲高校女子バレーボール部の名ばかり主将だ。
=====
「お待たせ」
「いいや。待ってないさ。俺もついさっき来たところだし」
部活から寮までの帰り道。
校門ではさっきまで一緒に練習をした黒田 大輝君が待っていてくれた。大輝君は私の……そういう人。私も大輝君も同じ年に同じバレー推薦で姫咲に入学した。
だから練習が休みの日なんてまずない。校門を出てから男子寮と女子寮の分かれ道に着くまでの約500mが私達唯一のデートコースだ。
話題はいつだってバレーの話題。でもそれは終わりに近づいていた。
「俺のバレー生活も明日でお終いか……」
「えっ?」
「だってそうだろ?明日で春高県2次予選の1ヶ月前。2次予選の選手登録締め切り日だ。そこでユニフォームが貰えなかったら、高校でもうバレーはできない。大学だって、なあ」
……
私も大輝君も超高校級のバレー選手というわけではない。だから強豪大学に入ってもバレーを続けられるほどの選手ではない。
もちろん趣味レベルで続けるのは可能だけど、それに満足できるようならそもそも姫咲に進学していない。
そして大輝君は、今日女子と練習していたことからもわかるように、男子の中でユニフォームを着れるほどの選手ではない。
そもそも、男子にとって『女子の』ルールで練習をするのは大きなハンデを背負うのだ。
第一にネットの高さが違う。女子のネットの高さに慣れてしまうと、男子のネットの高さではバレーが出来なくなるだろう。ボールだって違う。スポンサーの意向なのか何なのかは知らないけど、バレーボールは男女で使用する公式球が異なる。ただメーカーが違うというだけならまだしも、この2つではかかる回転、ボールの飛ぶ軌道が異なる。その軌道に慣れてしまうと反対の公式球の捕球には苦労するだろう。にも拘らず大輝君が私達と一緒に練習しているのは、そういうことなのである。
「沙織はさ、俺の分までバレーをやってくれよ。1月は絶対に東京まで応援に行くよ」
「どうかな?知ってると思うけど、同じポジションのセッターには凄い1年生がいるし」
私は3年になって初めてユニフォームをもらえた。でも試合はいつも1年生セッターとの併用。悔しいけれど、才能の存在を認められない程、子供でもない。
客観的に評価してレシーブ、トス、サーブ、ブロック。全部1年生セッターの方が上だ。私に僅かばかりでも勝っているところがあるとするならば、それは2年間長く姫咲のチームメイトと練習をしてきたこと。
それに伴って(練習とはいえ)チームプレイの経験値が少しだけ上回っていること。
その差はほんの少しだ。先を見越して1年生セッターを正セッターにする未来だって見える。
1年生セッターだけではない。2年生にもいいセッターがいる。
先週の練習試合では私の出番は全体の1~2割程度で残りは全部後輩達に取られた。
毎日の練習でも自分のやっかみでなければ後輩達のバックアップのような扱いを受けていると思っている。
「私は小学校4年生の頃からずっとバレーをやってたんだよね」
「どうした急に?」
「大輝君がもうバレーが出来なくなるって言うからちょっとバレー生活を振り返ってたの。私、本当にバレーボールが中心の毎日で特に高校に入学してからずっと」
「だよな。俺もそうだし。でさ――」
結局この日もバレーの話をして帰ることになった。
後いったい何日こうして下校が出来るのだろうか。
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朝練から特に3年生がそわそわしている。
春高2次予選の選手登録締め切り日。
今日で何かが決まるわけではなく、今日までの日々で決まるはずだけど、それでもみんな緊張していた。特に3年生は選手として選ばれなければ選手としての高校バレーは今日で終わりを迎える。そして大半以上の3年生はそうなる可能性が高い。
私も昨日大輝君にバレー生活の終わりを言われたこともあって緊張している。
そして――
「これから来月の2次予選の選手を発表します。ポジション別にウィングスパイカーは7名、ミドルブロッカーは3名、セッターは2名、リベロは2名選びました。」
血の気が引いた。
自分のことだけを考えるとセッター枠は2名。3名だったら最悪試合に出れなくともユニフォームだけは貰える算段だったのに。
「まずはウィングスパイカーから。徳本 正美さん。長谷川 茉理さん。千葉――」
有力選手から次々と名前が呼ばれていく。赤井監督はポジション別に選手を呼ぶときは必ず有力選手から名前を呼ぶ。ウィングスパイカーで真っ先に呼ばれたのは1年生ながらもう姫咲のエースにまでなった正美。
一方で―――
「――ウィングスパイカーは以上です。続いてミドルブロッカーは――」
3年生の名前は誰も呼ばれなかった。
明奈、真也子、美理――
他にも3年間、一度もユニフォームを着れなかった仲間がいる。
これは仕方のないことなのだ。
確かに姫咲の谷間の世代と揶揄される私達の代は特に多いけれども、毎年数人は必ず『高校3年間一度も公式戦に選手登録すらされなかった子』が生まれる。
全国屈指の強豪校であり、名伯楽と名高い赤井監督が率いる姫咲高校の女子バレーボール部には毎年近隣から少なくない入部希望者が集まり、バレー推薦で進学してくる子もいる。それをセレクションで多少は選別するが、それでも1学年につき15人前後、3学年あわせると50人近い部員数となる。
一方で公式戦に登録できる選手数は大会規則で異なるけど、大抵12人+リベロ2人か14人+リベロ2人のどちらかだ。
なので半分以上の子は試合に出る資格すらない。
わかっている。3年間1度も出れなかった子を見るのは初めてじゃない。2年生の時も1年生の時も見てきた。
でも、3年生の時は、入学以来ずっと一緒にやってきた仲間なんだ。
一方で選ばれない理由も納得してしまう。下級生だからって練習内容が軽いわけじゃない。技術力で劣るわけじゃない。努力してないわけじゃない。それは一緒に練習をやっている私達がよく知っている。
巧いから、強いから選ばれる。
当然だ。当然のことだ。
……今まではこんなことを真剣に考えなかった。
これでバレーが終わり、という仲間が殆どだ。私もそう。
「――ミドルブロッカーは以上です。続いてセッターは――」
ミドルブロッカーも3年生の名前は呼ばれなかった。3年生で一番背の高い藍子ですら選ばれなかった。
その藍子より背も技術もある1年生と2年生で計3人選ばれただけ。
選ばれなかった子は引退試合すらない。公式戦で負けて泣いて終われる子は恵まれている子だ。ユニフォームを着れない子達にはその権利すらない。私も――
「セッターは西村 沙織さん。2次予選は西村さんを正セッターとして戦います。また、合わせてゲームキャプテンも兼任してもらいます」
……へっ????
「あの。私がですか?」
信じられない。ここ最近の私の扱いを考えると良くて2番手の扱いだと思ったのに……
「言いたいことはわかります。確かにあなたより個人技に優れる選手はいるでしょう」
ぼかさなくてもわかる。私より優れているのは1年の知佳だ。扱いもレギュラーのそれだったのに……
「ですが、チームの最大値を引き出せるのは西村さんだと思っています。誇ってください。あなたはここにいる誰よりも優れたセッターなんです」
……正直なところ、実感はわかない。でも確かなことが1つ。
「はい。わかりました。精一杯頑張ります!」
私は3年生の冬になってようやく姫咲高校のレギュラーを手に入れたのだ。
なんでバレーボールは男女で公式球がミカサとモルテンで分かれてるんですかねえ




