閑話 姫咲with雪ん子 VS 大阪代表の面をかぶった金豊山 後編
バレーボールにおいて優れたレシーバーとはどんなレシーバーを指すのだろうか。
例えば難しいボールをスーパーレシーブで拾えるレシーバー
例えば守備範囲が非常に広いレシーバー
例えば派手なプレーをするまでもなく堅実にAパスを積み上げるレシーバー
評価の基準は多々ある。
その数ある評価のうちの1つが『強打への適性』である。
バレーボールは道具を使わず、(原則)直接ボールに触れて行う球技である。そのため、慣れないうちは実は結構痛い。
アンダーで腕が内出血などざら。
オーバーで突き指などは誰もが通る道であろう。
顔面レシーブで鼻血を出した者も大勢いるだろう。
まして競技レベルが上がれば上がるほど、女子の世界でも球速は時速100キロを超える。そんなものを道具もなく生身で受けなければならないのだ。
どうしたって怖い。
怖いはずなのだ。
だが、同時に人は慣れることが出来る。
最初は驚いたビックリ箱も何度も見れば驚かない。
どんなに怖くとも何度も同じお化け屋敷に入ればギミックにもなれ、恐怖は薄れる。
パスッ……
軽い音を立てて雪子はまたも金豊山のスパイクを慌てた様子もなくレシーブする。そこからセンターのブロード攻撃で反撃。これが決まり、3-1。試合は雪子達が優勢に進めていた。
高校バレーの女王、金豊山の特徴は巨躯を活かしたパワーバレー。
そのスパイク速度はプロ並みとさえ言われ、現に他の全国クラスの強豪校と比べてもスパイク速度は時速10キロ以上は速い。普通ならその速度に多少なりとも萎縮するはずなのだが、ここまで雪子にその様子は全くない。
事実、彼女にとってこの程度の球速は見慣れていて、ともすれば『遅い』とすら言えるものだった。
入学以来、雪子はチームメイトの怪物のスパイクを見続けてきた。怪物は入学以来、レシーブの練習そっちのけでスパイクやサーブの練習を行っていた。
その速度は女子プロどころか、男子プロと比べても遜色ないか、もしかしたら上回っているのではないかというほど。
幸か不幸か、リベロの雪子はその練習の殆どに受け手として参加していた。
もちろん、姫咲高校をはじめ、全国の強豪校は金豊山に対抗するために時には男子と練習することもあったが、その練習ではどうしても「やっぱり男子のスパイクだからレシーブ出来なくて当然」という甘えが生じてしまう。
対して、雪子の場合、相手は高校からバレーを始めた同性のド素人。レシーブが出来ないのは先達として情けない。見栄のためにも雪子は怪物の豪打から逃げることをしなかった。
その期間、およそ半年。半年間、ある意味では拷問の様なサーブレシーブ、スパイクレシーブの練習をし続けた結果、雪子は彼女自身が気が付かないうちに強打に対して異常なほど強くなっていた。
赤井監督はその特異性に気が付くことが出来た。
国体が始まる前の合同練習3時間×2回という限られた機会で気が付けたのは日頃から生徒をよく見ていたからこそである。
そして
「勝利のカギを握るのは、有村さん。あなたです」
とまで断言した。それは赤井監督自身としても屈辱の発言である。
自分が手塩にかけて育てたレシーバーより、雪子の方が上だという発言に他ならないからだ。が、私情で勝ちを捨てるほど赤井監督は腐っていない。
「有村さん!ナイスレシーブです。ブロックは有村さんの視界をつぶさないように組んで飛びなさい!」
勝利こそ、自分が周囲から求められている結果。過程を反省するのはまた後。赤井監督は屈辱を飲み込み試合を指揮する。
試合が動きかけたのは9-7で金豊山が2点を追いかける場面。ここで金豊山はサーブが1巡し、再び飛田へ。
(怪我から復帰したばかりで千鶴の調子がいまいちとはいえ、私達が押されているのはひさしぶりね。だからこそ、ここは強気で行く。もうあの小さいリベロは狙わない)
飛田 舞 2巡目のサーブ、1本目は相手コートの左隅をピンポイントで襲撃。
相手はサーブアウトと判断し、見送るもギリギリのところでコートイン。これで9-8。
続けて2本目のサーブは相手選手のちょうど真ん中を射抜き、これまたサービスエース。9-9。
ここで流れを物理的に断ち切るべく赤井監督は1セットのうち2回しか使えないタイムアウトを使用。さらに
「守備のシフトを変えます。有村さん。もう少し広い範囲を守ってもらえますか?」
相手のスパイクは強打に強い雪子がアタックラインより後ろを守り、アタックラインより前に落ちてくるフェイントは雪子でなく専用のフェイント対策要員を設ける。
(無論、アタックラインより後方全てを雪子が守るわけではないが、中心は雪子)
ブロックはこれまで通り、相手スパイクのコースの一部を完全に潰しにかかり、スパイクのコースの誘導を行う。
守備シフト変更が効いたのか、飛田のサーブのターンを終わらせることができ、10-9。
インターハイの時と比べ、姫咲には強打に強いリベロの雪子が加わり、金豊山ではエース宮本が不調で夏と比べジャンプがほんの数cm低い。
このことが、試合をわずかに姫咲優勢に傾けていた。
そして試合は18-15から19-15へ。
((いける!))
((このままだと負ける))
両者の思惑が交差する中、試合を動かす一言が飛び出た。
「とっつぁ~ん!リハビリトスじゃあやる気でえへんわ。いつもの高さで上げてくれへん?」
金豊山ではエース宮本はインターハイの決勝でブロックの横跳びをした際に、着地に失敗。その時に足を痛め、その後1ヶ月近く飛んでいなかった。だからジャンプに高さがないわけだが……
「はぁあ?千鶴正気?あなた1ヶ月間ろくにジャンプ練習してないのよ?そんなので飛べるわけないでしょ?どうやって飛ぶのよ?」
「そらぁ気合?」
「気合で飛べるわけ――」
「飛田!堪忍や。そのアホの言うとおりにしたってや。おい!アホンダラ!自分で言うたんやぞ!飛べへんかったらベンチや!ベンチ!」
司令塔とエースが不毛な争いを始める寸前で大友監督は飛田に折れるよう指示を出す。同時に自身の隣の空いたベンチをバンバン叩き、へましたら引っ込めると宣言。
気合で飛べたら苦労はないと、笛の合図と共にサーブを打ち込む姫咲。
が、宮本ははじめから気合で高く飛ぶつもりなどなかった。
サーブが飛んでくるとレシーブをチームメイトに任せ、そのままレフト側のサイドラインのさらに外へ。助走距離の確保が目的だ。
普段の助走は3歩だが、今回彼女が取った助走は7歩分。
飛んできたサーブをセッターの位置に返し、飛田は本来の高さでレフトに並行パスを出す。
……まず、驚異的なのはスパイカーの能力、体調に合わせてcm単位で高さをコントロールできる精密極まる飛田のトス能力。
その前提あってこそではあるが――
普段より長い助走を取った宮本は宣言通り、いつもの高さまで飛んだ。先ほどまでと比べて確かに高いが、その違いは10cmもない。が、この10cmもない高さが重要だった。
バチーン!!
放ったスパイクは相手ブロッカーの『指の先』にあたり、そのままブロックアウト。
スパイクの打点の高さが変わったことでブロッカーの手にボールが当たる位置も変わった。先ほどまでは手のひらにあたっていたものが、今回は指の先。その差はスパイクがブロックに阻まれるか、それともスパイクがブロックを押し切るかの違いを生んだ。
19-16
「さぁて。どんどん行くでぇ!」
エースが調子を取り戻すことで試合は一転、金豊山優勢へ傾いた。
これまではスパイクコースをブロックで制限し、そのスパイク先には強打に強い雪子を配置。フェイントは別途カバー要員をつけることで金豊山の攻撃を防いでいた。
これが、スパイクでブロックアウトが狙われるようになると、ブロックアウトへの警戒からフロアディフェンス側1人1人の守備の範囲が増え、結果として広すぎる守備範囲は守備の穴を生んだ。
さらにエースに注目が集まると、そのエースを囮とする戦法が活きてくる。
相手コートの飛田はこの動揺を見逃さず、効果的にブロード攻撃やDクイックでライトからの攻撃を披露。さらに相手を攪乱した。
19-17
20-17
20-18
20-19
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23-23
23-24
23-25
ピー!
第1セットは金豊山が奪取。
続く第2セットも金豊山が終始優勢。
そして……
「あっ……」
レシーブ巧者、雪子が宮本のスパイクをレシーブしきれず、7-15。リードを8点に広げられた。
「すいません」
「ドンマイドンマイ。そもそも有村さん以外まともにレシーブ出来てないんだし!」
カラ元気で励ます姫咲のキャプテン、西村。
雪子は強打に慣れているだけであって100%確実に強打をレシーブできるわけではない。
だが、それでもこの試合初めて強打のレシーブを失敗したことは味方の士気を大きく下げた。
反対に――
「っ!!!よっしゃ!やっとやったったわ!!」
自分は仕事を成し遂げたと言わんばかりに座り込む宮本。
「はぁ……。正面から挑むこと17回。ようやくレシーブに失敗させたけど、1勝16敗なのよ?そんなに喜ばないでよ」
「はぁああ……。とっつぁんはホンマ空気読めへんなあ」
金豊山側は自分達を散々苦しめていたリベロがようやく失敗したことで一つの壁を破った。士気は天にも昇らんばかりの勢いだ。
「……確かに畳みかけるなら今ね。千鶴、行くわよ!」
「あ~それなんやけどな、アカンねん。張り切り過ぎてもうたわ。今日はもう飛べへん」
「アホー!!!!」
飛田の罵声がコートに響いた。
その後、エースがベンチに下がったこともあり、多少は勢いを取り戻すも全体の流れまでも変えることはできず、結果このセットは20-25で大阪代表が取り、ゲームセット。
雪子達の国体は2日目、2試合で終わった。
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試合後、会場を後にする前に雪子はそれにつかまった。
「リベロちゃんみーつけた!」
「きゃぁああ!!」
雪子は思わず悲鳴を上げたが仕方がない。
先ほど試合をした相手とはいえ、碌に話したこともない女性がいきなり両脇に手を入れて高い高いをするのだ。驚かない方が無理である。
が、宮本はそんな悲鳴などなかったかのように振舞った。
「うひゃー。リベロちゃん、ちっちゃいし、軽いなあ。アカンで〜。ちゃんと食べへんと大きく――」
これまではネットを挟んで数mの距離があるところから雪子を見ていた。遠目からは「そうなんじゃないか」程度には思っていた。
が、今は50cmもないところから雪子を見ている。想像以上だった。
雪子は短躯でも特大だった。
「……自分、やるやん」
自身のを4倍しても負けるのではないかという圧倒的質量に恐れおののく宮本。
「いい加減離しなさいよ。変態!」
その頭をどつく飛田。
「っいったぁ!とっつぁん!何すんねん!」
「何すんねんはこっちのセリフよ!いいから下ろしてあげなさい!」
雪子を地面に下ろす宮本をよそに飛田は続ける。
「ごめんなさい。悪気しか感じなかったと思うけど、あれでも悪気はないから」
「いえ、私も突然のことでびっくりしただけですし」
「そう。そう言ってもらえると助かるわ。ところであなた凄いわね。金豊山のスパイクをあそこまで拾える子なんて高校生の世界じゃ見たことないわよ。普段どんな練習をしているの?」
「練習内容自体は普通の練習だと思います。ただ、スパイク練習の相手が金豊山の皆さんより速いスパイクを打ってくるので……」
「なんですって!!」「なんやて!」
大人げなく声を荒げる2人。
「そらぁ聞き捨てならへんな。うちらより速いスパイク打つってなにもんや?」
「多分飛田先輩は知っています。『立花 優莉』って子を覚えていますか?」
「あっちゃー……。納得したわ。そう、あの子のチームメイトなら仕方ない」
「ちょ、ちょう待ちい!この子とうわさの優莉ちゃんがおってなんでインハイ本選に出てへんねん!?よっぽどセッターがポンコツなん?」
「セッターは優莉のお姉さんらしいわ。優莉の話を聞く限りそれなりに出来る子のようだけど……」
「優莉ちゃんとはビーチバレーで会うたんやろ?なんで一緒にビーチバレーやらへんかったんや?」
「……お姉さんは水着だと揺れるからってビーチバレーをやらなかったの。そのお姉さん。少なくともリンゴよりは大きかったわね」
「デカい子はみんなもげたらえぇねん」
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視点変更
立花 優莉 視点
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今日は土曜日。なので体育館を広々使って練習だ。
普段は部員が8人いるんだが、今日はユキが国体出場中につき、不在。
「あ~。ユキ負けちゃった……」
普段は体育館にスマホなんて持ち込まないが、今日は特別に主将の明日香だけ持ち込みを許可されている。
そして練習の合間を縫って速報をチェックしていたんだが、そうか負けたか……
「でもさ、ユキの相手ってインターハイの優勝校なんでしょ?」
「そう。大阪代表はそのまま金豊山の選手が出るから、負けても仕方ないところが……」
ピロリン!
軽快な音が明日香のスマホから響く。
「あ、ユキからだ。国体負けて悔しいとかかな……ってなにこれ?」
「?明日香、何かあったの?」
「ユキに何かがあったのは確実だね。ほらこれ」
そう言って明日香が俺に見せたスマホの画面には――
『友達になりました』
そんなメッセージとユキと舞さんとユニフォームからして舞さんのチームメイトの3人が写った写真が送られてきた。
本当に、何があったんだよ!